お針子ちゃんと舞踏会
正統派の甘め王子様が書きたかったのです。
ヒロインはギャル言葉なので苦手でしたらお戻りください。
王城の大広間では、絢爛たる音楽が響いていた。はじける笑顔、磨きあげられた靴、宝石の光が無数に揺れる。今日のために特別に設えた一張羅を身にまとい、みな生涯の伴侶探しのステップを踏む。あまりにも眩く、燦然と星がきらめく夜空でさえも嫉妬しそうなほどの舞踏会。王の治世30周年を祝う、贅を尽くした祭りの日だった。
――の、裏側。
「あ――もう! やってられっかっ!」
アインハルトは気づいたら走り出していた。廊下の隅をひとり、息を切らしながら進む。金色のボタンがきらめく礼装をはためかせ、機敏に角を曲がる。殿下! お待ちくださいませっ! という追手の声も、今はもう遠く聞こえない。
「あとは、この道を飛び越えて、ショートカットっ!」
――の、はずだった。
ひらひらとした服の裾が引っ掛かり、飾りボタンがはじけた。ついでに袖も裂けている。
最悪の気分だった。
父の祭りにかこつけた、婚約者候補令嬢たちの売り込み。
酔って気が大きく成った取り巻き貴族たちの説教。
胡散臭い商人たちの武勇伝――。
もうたくさんだった。5分でいいから、自由に息がしたい。
そう思って抜け出してきた矢先にこれだ。――途方に暮れ、その場に座りこみ、空を仰ぐ。
そこへ、大きな籠を抱えた少女が通りかかる。籠の中には、衣服であろうか、煌びやかな布が複数みえる。
アインハルトは気づかれないように、気配を消したが遅かった。
「誰か……いるの?」
ビクッと、身体が反射的に距離をとる。
見ると小柄な少女だった。腕まくりをした作業着で、腰には仕事に使うのであろうか、ポーチに細かな道具がぶら下がっている。まさにお仕事中、という出で立ちだった。
少女はアインハルトの姿を見て、眉をよせる。
「なにその服。――いや、服というか、惨事? 何があったし」
「……」
アインハルトは万事休すか、と再び空を仰いだ。
少女はそんなことなど気にせず、ぐいっと距離を詰める。
「あちゃー、袖、これ裂けてんじゃん。ほつれじゃないね、ひっかけた?」
「ちょ、なにを」
「何って、応急処置。ほっといたら広がるじゃん」
少女はアインハルトの言葉など気にも留めず、腰のポーチから針と糸を取り出した。手慣れた様子で、あっという間に裂けた裾を縫い合わせる。ものの数分で、裂けていたことなどわからなくなっていた。少女は反対側の袖と見比べ、仕上がりを確認する。
「つか、ボタンついてんじゃん。外れたやつ、ある?」
「……ない。というか割れた。もう使えない」
「まあ、見た目重視の飾りって感じ? 実用には耐えんわな。 あーしのストックに似たようなやつあるかも」
そういうと、少女は服の袖をつかんだまま、ずんずんと歩いていく。
「あ、ちょ、どこへ」
「どこって、あーしの作業場。ストックそこにおいてっから」
少女はスタスタと迷いなく歩いていく。自分の袖を掴まれているアインハルトは、引きはがすこともできず、仕方なくついていく。丁寧な説明付きの道案内、背後についてくる護衛の気配。そんなものが一切なく、前を行く誰かに、ただただ引っ張られながら歩くのは新鮮だった。少女の軽やかな背中をみていると、不思議と息苦しさも和らいでいく。彼女の飾らない言葉づかいも、妙に心地が良かった。
作業場につくと、少女は手際よく籠を下ろし、棚の引き出しをガサゴソとあさり始めた。
「あー、これとかいんじゃね?」
少女は引き出しから取り出してきたボタンをアインハルトの袖口に合わせて見比べる。
「んー、結構お気にのやつだったんだけど、アンタのと比べるとちょっと安っぽく見えるかも」
作業場の明かりの元では、暗がりではわからなかったアインハルトの装飾の絢爛さが目立つ。
「つか、いくら似ててもやっぱビミョーだよな。左右で揃ってないと……」
少女はブツブツとアインハルトの左右の袖口を見比べる。無傷の左側は金ボタンが5つついている。少女の直した右側は裂け目こそ目立たなくなってはいるが、ボタンは丸ごと喪失している。
「そのボタンはいくつある?」
「えー、2つしかない。ほかの色ならもっとあるけど」
「じゃあ、その2つをつけてくれ」
「んー右側に2つだけ? ……それだとかっこ悪くね?」
「いや、左のを2つ外して、右につけなおしてくれ。そうすれば君のとあわせて、左右3つずつにできるだろう?」
少女は少し考える。左右で3つずつにするのであれば真ん中だけ違うボタンでも、左右ともその並びであれば、デザインとして成立するだろうか。外した部分の生地が少しダメージを受ける可能性はあるが、いや、この質の高い素材ならそれも問題ないか。ボタンの数が変わることで袖口、ひいては服全体のイメージが変わる可能性はあるが――。
「ボタンの数が5個から減ると、デザイン変わるかもだけど?」
「かまわない。3つ以上ついていれば、私の服として差し支えない」
「まあ、アンタがそれでいいなら」
方向性が決まると、少女はすぐに作業に取り掛かる。手早く、なめらかな針さばきで生地をすくっていく。ひと針ひと針に迷いがなく、美しい。アインハルトはその鮮やかな指先に思わず見とれていた。
「見事なものだな」
「お褒めに与り光栄です。まあ、これで飯食ってるかんね。趣味と実益」
「ほぉ」
「好きなんよ。きれいな服とか。いまは言われた通り仕立てるだけだけど、将来的には自分でデザインしたドレスをさ、お妃さまたちが競って舞踏会で――ってヤバー! 考えただけで超テンション上がんじゃん!」
少女は自分の頬を手のひらで包み込み、目を閉じる。恍惚とした表情で小刻みに首を振り、何とも忙しい。
「ふぅ」
そうこうしている間に、あっという間に作業は終わったらしく、少女は満足気に息をつく。
「これで、今日一晩くらいはモツんじゃね? ほんとはちゃんと裏返して、裂けたところとかも直したいけど、今時間ないし」
「急いでいるのか?」
「はっ……」
少女は思わず口を滑らせてしまったらしく、バツが悪そうに俯く。その姿を不思議そうにアインハルトは眺める。
「いやさ、舞踏会やってんじゃん、いま。それをさ、ちょっと覗きに行きたくて」
少女は恥ずかしそうに、ブツブツと口を開く。
「ほら、舞踏会のドレス、めっちゃ綺麗じゃん? クルクル回るたびに裾が広がって、キラキラ光って……。あれ見るのがさ、あーしの楽しみっつか、生き甲斐っつうか――そのために仕事はやめに片づけて抜け出してきたっていうか……」
ゴニョゴニョと、そう語る少女の瞳は、アインハルトには舞踏会よりも輝いてみえた。
アインハルトは思わず笑ってしまった。自分が逃げ出してきた場所を、そんな風に話す人間が目の前にいるのだから。
「――よかったら、ご一緒しても?」
気づいたら、声になっていた。――もう少し一緒にいたい。この子の見ている世界を知りたい。そう思ったからだ。
少女に手を差し出し、エスコートを申し出る。
「君の好きを教えてほしい」
***
「しかし、こんな道があったのだな……」
幼いころに、かくれんぼや探検などと称してひと通り遊びつくしたつもりでいたが、我が居城にもまだ知らない場所があったようだ。
「まぁ、使用人が掃除とかで使う道だかんね。尊き身分のお方は知らないんじゃね。てか、こことか用水路? 人が通る道ですらないし」
スタスタと慣れた足取りで、少女は裏道を進む。ひとつ、またひとつ、と扉を開くたびに、道はさらに狭くなっていく。そんな胡乱な道ではあるが、存外きちんと管理されているらしく、掃除も行き届いているようであった。ガタ、と排気扉のような格子を外すと、風が流れ込んでくる。
「あー、めっちゃいい匂い。今日のパイ、絶対当たりっしょ。料理長、彼女から手紙きたってまじテンション高かったし」
――ここは、どこであろうか。厨房の近く? もしくは会場の? アインハルトが不思議そうにしていることに気づいたのか、少女はすかさず答える。
「ここ開けたら、北塔の一番上。ほら、厳つい肖像画いっぱいの廊下んとこ」
北部を山に囲まれた王城は、その天然の要塞に背中を預ける形で、南方を見下ろすように設計されている。この北塔は一番高い建築物で、王城はもちろん、広く城下まで見下ろすことができる。天に近い場所で、安らかに街を見守ってほしい。そんな願いからか、北塔には歴代王とその家族の記念品が多く納められている。
ガタリ、と最後の扉をあけ階段を登りきると、件の廊下の銅像の後ろにでた。隠し扉か。なるほど緊急時の退避経路にもなっているのかもしれない。
「この肖像画の王様、超イケメンよな。こっちの王妃様もさ、首ほそくてめちゃくちゃキレイじゃね? ティアラとか載せたらまじ折れそうだし」
「まあ、ある程度の誇張表現はあるかもしれないな」
ぺらぺらと話す少女に、アインハルトはクスクスと笑いが止まらない。三代前の王とその王妃。つまり自分にとっては祖父の祖父母? にあたるわけだが、自分や自分の血縁の顔を思い返しても、あまり面影がない。あきらかに絵師がやりすぎたのだろう。にやける口元を手で隠すので精一杯だった。
「ここ。――ここがいっちゃん見えるの。マジすごくね?」
少女の案内でたどり着いたバルコニーは、確かに大広間がよく見える。少し距離があるので、ひとりひとりの顔までははっきりわからないが、クルクルと広がるドレスは、舞踏会場に咲き誇る花のようだった。漏れ聞こえる音楽に合わせて、人影も揺れる。おいしそうな料理の匂いもここまで漂ってきている。
「はぁ……めっちゃキレイ――」
うっとりと会場を眺める少女に、目を奪われた。
夢中になれるものがある人間に眩しさを覚えたからだ。
「きれいなドレスがね、揺れるじゃない。ターンする、ステップする、そのたびに花びらが舞うようで。マジで胸がドキドキする」
「あー。あの子、転んじゃった。あれは、靴職人のミスかな。ターンの時ちょっとサイズあってなさそうだったし」
「あの赤いドレスの人、この曲どーすんだろ。あの重さじゃ回転できなくね」
「……あぁ、あの緑のドレス、リーシャの新作じゃん。あの裾の揺れ方、まじ天才――」
アインハルトは、キラキラと笑う少女をただ黙って見つめる。
好きなものを前に、素直に好きと言える。その真っ直ぐな瞳に、吸い込まれてしまいそうだった。
だけど、それと同時に、胸が苦しくなる。
目の前にいる少女は、その煌びやかな舞踏会の中央には逆立ちしても立てないだろう。
そうだというのに、こんなにも恋焦がれ、そして誰よりも純粋に舞踏会をみつめている。
「やっぱ、踊ってるときに映えるデザインが、一番勝ちよなー。あれどうやって体動いてんだろ。柔らかい素材がいいのかな。いや、それだと崩れる? 踊ったことないからマジわかんね」
ふと、少女が呟いたのを、アインハルトは聞き逃さなかった。
「じゃあ、試しに踊ってみるか?」
ちょうど曲が切れ、つぎのパートナーをさがしたり、中座する者が出るタイミングになっていた。おそらく次の曲は少しゆっくりめの、初心者でも踊りやすい曲だ。
アインハルトは膝をつき、少女の前に手を差し出す。自分でも驚くほど自然で、無理なく力が抜けた、お手本のような所作だった。これまでの厳しいレッスンは今、この瞬間のためにあったのではないかと、神に感謝した。
「私と、踊っていただけないだろうか」
自分の指先に注がれる少女の視線が、アインハルトの心拍数を上げる。
高鳴る鼓動を悟られないように、なるべく穏やかな顔で、少女の顔をのぞき込む。
「ごめん、まじビビった。……えと、こういう時は手を、とればいいの――?」
はにかみながら視線をおとす少女が、手に触れた瞬間、ゾクっと心臓がわしづかみにされたような心地がした。
アインハルトは少女の手をしっかりと握り返し、スッと立ち上がって少女を引き寄せる。
「え、えと……お手柔らかに? つか、え、まじどうするん?」
「私に任せて。君の知りたいを叶えたい」
アインハルトは耳元で低く囁き、迷いのない動きでホールドを組む。
「右手を出して。私の親指につける……そう、上手いじゃないか」
「こ、こう?」
「ああ。そのまま。力は入れなくていい、肩の力も抜いておく。物を持ち上げる時のような感じかな――そうだ。なかなか筋がいいな」
言葉に合わせて少女の肩の緊張が抜けていくのを感じながら、アインハルトはそっと背中に手を添えた。さっきよりグッと身体が寄る。吐息さえ触れそうな間合いだ。
「左手は私の右腕あたりに添える……どうした?」
ふと、俯いたまま無言の少女に気づいたアインハルトは、彼女の顔を覗き込むように訊ねる。
「……え、えと、めっちゃ距離近い。やばっ」
少女は目を固く瞑ったまま、首を振り、口をハクハクさせている。気取った婚約者候補連中は絶対にしないだろう、あまりに素直な反応にアインハルトも思わず笑みが溢れる。
「焦らなくてもいい。そのうち慣れる」
アインハルトは少女の頭をポンポンと撫で、落ち着かせる。少女は息を詰めるように震え、小さく頷いた。
「歩けそうか?……そろそろ曲が始まる」
少女は目を固く閉じたまま、何度もコクコクと頷く。その様子にアインハルトは優しげに目尻を垂らす。
「最初は前だ、そのまま横にスライド、足を合わせる……そうだ。互いの臍がまっすぐ向き合うように意識して――」
アインハルトはリードを取る。少女の足元を確認しながら、曲に合わせてゆっくりと。少女は飲み込みが早く、数回繰り返すだけで、自然について来られるようになっていた。
「え、すごい、あーし踊れてるんだけど!」
「君は、センスがあるな。きちんと音もつかめている」
「なんかわからんけど! めっちゃ楽しい!」
大広間の喧騒も今は遠く、柔らかな夜風が静かに2人の髪を揺らすのみ。そこはもう、二人だけの小さな舞踏会だった。
雲間から差す月明かりが、少女の横顔にこぼれ落ちる。淡い光に照らされた頬は、踊って血流が良くなったのか、はたまた別の理由か――ほんのりと熱を帯びたように色づいている。
アインハルトは目が離せなかった。
わずかに揺れる睫毛も、光を受けて柔らかく輝く髪も、そのすべてが胸を締めつける。彼女の纏う作業着でさえ、どんなドレスも敵わない程魅力的だった。
この時間、この瞬間を永遠に閉じ込めておくことができるのなら――。
やがて曲が終わる。最後のステップを踏みきったばかりの二人は、流石に少し呼吸が乱れていた。艶のある唇の隙間から漏れる吐息が、辺りを白く染める。楽しそうに弾む少女の瞳には、まだ先ほどの余韻が残っている。
アインハルトは、そっと彼女の手を握ったまま微笑む。
この真っ直ぐな笑顔を、胸の奥にしまっておきたい。――瞼の裏に刻みつけるようにゆっくりと瞳を閉じた。
「私はこれで失礼するよ。今日は楽しい時間をありがとう。また、必ず――」
夢のような時間だった。実際夢だったのかもしれない。
未だ惚けるような顔で中空をみつめる少女の手を揺り、アインハルトは語り掛ける。
「これ、君に。――お気に入りをわけてくれてありがとう。代わりになるかはわからないれど」
アインハルトはそういうと、先刻の修理の際に外した金ボタンを少女に手渡した。デザインを左右で揃えるために不要となったひとつだ。帰ってからの修理に必要だと少女に言われるがまま、ポケットに入れていたのだった。
だが、この服は今日の思い出に、このままにしておくつもりだ。
ボタンを握らせた少女の手の甲に軽く口づけると、アインハルトはジャケットを翻し、舞踏会場へと歩く。
足取りは思ったほど、重くない。
「パイの味を確かめに行かないといけないからね」
そうつぶやく声は、鼻歌混じりで軽やかだった。
少女はただその背中を見送ることしかできなかった。
嵐のように現れて、嵐のように去っていく――夢だったのか、現実なのか。
確かめるように掌の中のボタンをぎゅっと握りしめた。彼に触れた手の甲はまだほんのりと熱かった。
お読みくださりありがとうございました。
この後シンデレラみたいに金ボタン所持者を探したり探さなかったりするのかもしれません。




