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母は、異世界で天下を取る   作者: 松本 蛇
二章 ほのかリベンジ編

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第二章 Episode

 

 あの日、ジュリアンという一人の王族が引き起こした事件を境に、異世界の世界情勢は激変した。


 事の発端は、ユノリア王国第2王子による他国への侵略と、魔力保持者(虹)への一方的な狩り。  

本来であれば、ユノリアは国際社会からの激しい怒りを買い、報復戦争によって滅ぼされてもおかしくない状況だった。  しかし、世界はそれどころではなかった。


 魔法が、消えたのだ。


 ジュリアンが大樹へと姿を変えたあの日、世界中の大気からマナが消失した。  貴族や王族のみが特権として振るっていた絶対的な力。


 その象徴が、文字通り消滅したのだ。


 各国の貴族社会は大混乱に陥った。  彼らの価値は「魔力量」で決まる。  

 魔力があるからこそ貴族であり、支配者であり、平民を見下すことができた。  それが無くなり、彼らは一夜にして、今まで蔑んできた「ただの人」になったのだ。  


 アイデンティティの崩壊。

 権威の失墜。  


 世界は戦争よりも、内側からの社会構造の変化という大波に飲み込まれていった。


 そして――。  私の母、千尋もまた、深い眠りについたまま目覚めることはなかった。  

 もう一人のアスガルドの虹

 フランもまた、母と同じく目覚める事は無かった。


 ジュリアンとの戦いで力を使い果たしたのか、それとも別の理由か。


「帰る準備は出来た? ほのか」


唯一の例外は彼女だった


 愛らしい瞳をした少女が、私に問いかける。  

見た目は母さん(千尋)と同じ。

 でも、その纏う雰囲気はもっと幼く、柔らかい。  

 彼女こそが、この体の本来の持ち主


――エマだ。  


 母さんの意識が眠ると同時に、入れ替わるようにエマの意識だけが戻ったのだ。


 記憶は断片的らしいけれど、母さんと意識を共有していたからか、事情は全て把握していた。


「……うん。だいたい終わったよ」


 私は荷物をまとめ、エマの近くまで歩み寄る。  

 ふと、ずっと気になっていた疑問が口をついて出た。


「ねぇ、エマ。一つだけ聞いてもいい?」


「なに?」


「どうして……どうして、私だったの?」


 私は自分の手を見る。

 魔法も使えない、剣も振れない、ただの女子高生。  


そんな私に、母さんも、フランさんも、全ての運命を託した。


「私じゃなくても……もっと強い人が、確実な方法があったんじゃないの?」


「ううん。ほのかじゃなきゃダメだったんだよ」


 エマは首を横に振った。


「ジュリアンの固有魔法『予知夢』の正体……それは、単に未来を見る力じゃない。世界の『魔力の流れ』を読み取り、計算して、その先の変化を予測する力だったの」


「魔力の流れ……?」


「そう。だから、強い魔力を持つフランや千尋の行動は、彼には筒抜けだった。でも、ほのかは違う」


 エマが私の手を握る。


「ほのかには、魔力が無い。だからジュリアンの予知夢には、ほのかの行動だけが『ノイズ』になって映らなかった。予測不能なイレギュラー……それが、あなただったの」


 それが、未来のフランおばあちゃんが導き出した答えだったのだ。


「そもそも、作戦は一つじゃなかったんだよ」


「えっ?」


「プラン1は、ほのかの誘拐を未然に阻止すること。プラン2は、誘拐の途中で奪還してジュリアンと会わせないこと。でも、どれも失敗して、ほのかはユノリアに囚われてしまった」


 エマは少し寂しげに笑う。


「だから……プラン3。最終手段『トロイの木馬』作戦」


「トロイの木馬……」


「そう。花の導きにいち早く気付いたフランが、過去を調べてレイおじいさんにたどり着いたの。そして、レイの魔法とアルクの魔法が、形は違えど同じ血筋の力だと気付いた」


 エマの指先が、私の胸元のネックレスに触れる。


「未来のほのかからの手紙には、こう書いてあった。『母を殺され、固有魔法を吸収され、異世界と地球が繋がれてしまった』って」


「……そんな未来が」


「うん。その最悪の未来では、レイの力の秘密に気付いた時にはもう手遅れだった。母さんの力、つまりアルクの力の全てを吸収したジュリアンには、もう誰も勝てなかった」


 エマの話を聞いて、背筋が寒くなった。  紙一重だったのだ。


「唯一、まだ吸収されていなかったのがフランの固有魔法。でも、フランの魔法とレイの魔法は質が違う。だから、フラン自身がジュリアンの中に『勿忘草』という爆弾を仕込むことは不可能だった」


「だから……私?」


「そう。レイの魔力のほとんどは、千尋アルクへ渡っている。だから、最後の一輪の花……『勿忘草』をジュリアンに植え付けられるのは、アルクの魂を持つ者だけ」


「……」


「そして、それを起爆できるのは、レイの血を引き、かつジュリアンに予測されない『魔力なき者』……ほのかだけだったんだよ」


 千尋の魔力と、レイの最後の仕掛け。  その二つがジュリアンの中で合わさった時、初めて「忘却」の花が咲く。  これはフランだけでなく、レイが数十年の時を超えて仕組んだ、壮大なカウンターだったのだ。


「……そっか。全部、繋がってたんだね」


 私は深く息を吐いた。

 おじいちゃん、お母さん、フランさん、そしてヒカル。

  みんなの想いが、私という点に集まって、あの勝利になったんだ。


「そう……じゃあ、お別れだね」


 エマは少し悲しそうに眉を下げた。


「やっぱり……私、残る。お母さんの事も気になるし……」


「だめだよ。帰らないと! ほのかの戦場はここじゃないでしょ? って、千尋なら言うよ……きっと」


 エマの首には、あのネックレスがかけられている。


 世界から魔力が消えた今、唯一の例外として残ったのがこのネックレスと、エマ自身だった。  


 正確には、エマに残されたのは「半分の魔力」。  


 もう半分は、恐らく眠り続ける母が持っている。


「でも……」


「大丈夫。私とアルクが、必ず千尋さんとフランを目覚めさせる! だから……お願い、戻って。地球へ」


 エマは私を真っ直ぐに見つめ、にっこりと笑った。


「学生は学生らしくあれ! これも多分、千尋さんなら言うね」


「……うん。言うと思う」


 母の口癖を真似するエマに、私は思わず笑ってしまった。  


 そうだ。私はこっちの世界の人間じゃない。  


 私の居場所は、あの散らかった部屋にある。


「定期的に連絡はするから……」


 エマは私に手を差し出す。  私はその小さな手を取り、強く握り返した。


「……またね」


「うん、またね!」


 エマの胸元のネックレスが淡く光る。  アルクの力が、次元の壁を越える。


 プツン。


 テレビの電源を消したように、視界がブラックアウトした。

 浮遊感。

 そして、お尻に硬い感触。


「……あ」


 目を開けると、そこは私の部屋だった。  

 学習机の椅子に座っている。

 窓から差し込む西日。

 脱ぎ散らかした服。  


 そして、微かに香る金木犀の香り……。


「帰ってきた……」


 レイおじいさんの魔法の香りが、優しく私を迎えてくれている気がした。  


 異世界での激闘が、まるで嘘のような静寂。  


 夢だったんじゃないか。


 そう疑いたくなるほど平和な光景。


 しかし。  


 机の上を見て、私は現実に引き戻された。  


 そこに鎮座するのは、ほとんど手付かずの――山積みの夏休みの宿題タワー。


「……あ」


 異世界で天下を取るよりも難しい、現実の強敵。  


 カレンダーを見る。


 始業式は明日。


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 私の絶叫が部屋に響く。


   眠れない日々は、まだまだ続きそうだ。


 †==================†


 それから半年の月日が流れた。


 私は、京都府立植物園のベンチに腰掛けていた。  


 隣には、缶コーヒーを片手にしたヒカルがいる。  

 周囲は四季折々の花々が咲き乱れ、観光客の穏やかな話し声が聞こえる。


 ここには、魔獣も、狂った王子もいない。  


 私は、エマから聞いた「作戦の全貌」と「未来からの手紙」について、ヒカルにすべて話した。


 私は飲み干した空き缶を揺らしながら、話を結んだ。


「なるほどなぁ……。魔力がない『凡人』やからこそ、天才の予測を超えられたっちゅうわけか。爺さんもやるなぁ」


 ヒカルは感心したように頷き、ベンチから立ち上がった。  彼も、自分の祖父が世界を救う鍵だったと知って、どこか誇らしげだ。


 それから、季節は巡った。  


 私は高校2年生になった。  


 平和な日常。宿題にも追われる、普通の生活。  


 でも、私の心には小さな穴が空いたままだ。


「ただ……」


「ん?」


「あれから半年……。エマからの連絡が、一回も無いの」


 そう。  


「定期的に連絡する」と言った彼女からの連絡は、半年が過ぎた今も一向に来ない。  


 あちらの世界で何かあったのか。  


 それとも、次元の壁が完全に閉じてしまったのか。


「……便りがないのは無事な証拠、とも言うけどな」


 ヒカルが気休めを言うが、その表情も少し曇っている。


 彼も感じているのだ。  


 この平和が、仮初めのものである可能性を。


 ふと、ヒカルが足元に咲いている花に目を留めた。


「お、こんな所に……珍しい花が咲いとる」


 植物園の植え込み。


 そこに、剣のように鋭い葉を持ち、凛とした姿で咲く一輪の花があった。  


 ピンク色の、華やかだがどこか攻撃的な美しさを持つ花。


「グラジオラス、やな」


「グラジオラス……」


 ヒカルがスマホを取り出し、慣れた手つきで検索する。  

 そして、画面を見てニヤリと……いや、少しだけ戦意を含んだ笑みを浮かべた。


「おい、こりゃまだ、終わりやなさそうやで」


「え? どういう意味?」


 ヒカルがスマホの画面を私に見せる。  そこには、グラジオラスの花言葉が記されていた。


 『勝利』  『密会』


 そして――


 『――戦いの準備』


 風が吹き抜け、植物園の木々がザワザワと騒めいた。


 それはまるで、新たな冒険の幕開けを告げているかの様に思えた。

「母は異世界で天下をとる」をここまで読み進めていただき、本当にありがとうございました。

唐突なご報告となり恐縮ですが、この第2章の最後をもちまして、本作を一時休載させていただくことにいたしました。


これまで温かい感想や応援を寄せてくださった皆様には、心から感謝しています。皆様の反応が何よりの支えでした。しかし、物語を完結まで描き切るためのモチベーションを維持することが難しくなり、今の自分の力不足を痛感しております。


中途半端な状態で更新を続けるよりも、一度立ち止まって自分自身と向き合う時間が必要だと判断しました。今までお付き合いいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました。

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