その光は、命を削る光
初めて見る首都アスガルドは、世界そのものがひっくり返ったみたいだった。
どこまでも続く石畳。空に届きそうな白い塔。
行き交う人の多さに、思わず息をのむ。
田舎の村では、馬車が一台通るだけで一日が賑わう。
ここでは馬車が何十台も行き交い、露店の声が重なって、祭りの歌みたいに街じゅうに響いていた。
「……すごい……」
上を見上げる。
同じ空のはずなのに、ここでは少し違って見える。
塔の先端で跳ねた太陽の光が、街全体を淡く照らしている気がした。
香辛料の香り。焼きたてのパンの匂い。どこかで鳴る鐘の音。
全部が新しく、全部がまぶしい。
「ずっと口が開いているぞ」
隣でコールが笑う。
「どうだ? すごいだろう。人も物も、だいたいここに集まる。――それがアスガルド王国だ」
私はただ、こくりと頷いた。
「おう! コール、帰ったのかぁぁ!!」
地鳴りみたいな声。
陽光を背に、巨体の男がドドドッと走ってくる。
「団長……また上半身裸で……」
コールがため息をつく。
「細けぇことは気にすんな! 日光は男の栄養だっ!」
カイン団長は豪快に笑い、私の前に仁王立ちした。
「この小さいのが例の魔力持ちか? ちいせぇな!」
「声が大きいです、団長!」
そう言いつつ、カインは私の頭をぽんぽんと叩く。
「だ、団長っ! 力加減っ!」
「ははは! 丈夫そうでいいじゃねぇか!」
「団長!」
コールが慌てて止めに入る。
(この人が団長? 大丈夫かな、私……)
――――
「さて……どこから話すか……」
会議室みたいな部屋で、カインが腕を組んだ。
「単刀直入に言うぞ。お前は今日から“王命騎士団”の一員だ!」
「えっ!?」
唐突すぎて、頭が真っ白になる。
「王を守り、王の命に従い、悪を――」
「団長……エマが迷子になってます」
コールが小声で耳打ちする。
カインは私の前で手をひらひら。反応がないと見るや、ほっぺをむにっと広げた。
「だめです、団長……」
「……話はあとだ。まずは魔力量の計測だな」
コールが頷く。
私は促され、部屋を出た。
「私、騎士になるの?」
廊下で尋ねると、コールは少し苦笑して首を振る。
「団長は、人に伝えるのが苦手なんだ。……まあ、バカなんだよ」
「わかった」
なぜか、すとんと腑に落ちた。
「正確には騎士見習い。表向きは騎士団に籍を置くけど、目的は君を貴族から守るためのカモフラージュだ。王直属の騎士団なら、あいつらも手を出しにくい」
「わかった」
――――
計測の施設は、王都の外れにひっそりと建っていた。
古くから神聖な場所とされ、貴族の子どもや大人まで、力を測りに来るという。
人はそれを神殿と呼んでいた。
「お待ちしておりました、コール様」
白い小袖の女性が、風に揺れる袖を揃えて頭を下げる。
「準備はできています。――本日の件は、ごく一部しか知りません」
「助かります」
コールと女性は短く礼を交わし、私に手を差し伸べた。
「さあ……こちらへ」
――――
それは、天から落ちた欠片みたいに堂々とそこにあった。
巨大で、透明で、でも奥では淡い光がゆらめいている。
静かに――脈を打っている。
「これがクリスタル。魔力量を測るための大きな結晶だ。触れてごらん」
私は足を止めた。
少し、怖い。
「大丈夫。ただ光るだけだ」
コールはやさしく言い、自分の手でクリスタルに触れてみせる。
……何も起きない。
「ほら、大丈夫だろ? まあ、私が触っても反応はしないんだけどね」
自嘲気味に笑ってから、私の肩に手を置く。
「昔の私は、空に向かって呪文を唱える子どもだった。家は貴族の端に連なっていたけど、祖父の代で魔力の血が途切れた。……だから、余計に憧れた。
押しつける気はない。嫌なら、やめていい。君の人生だ」
「違うんです……」
声が震えた。
「ただ、自信がなかった。光らなかったらどうしようって……でも、もう大丈夫」
胸の迷いが、ひとつずつほどけていく。
「私の夢も、コールさんと同じ。魔法使いになること。だから進まなきゃ。何も始まらない」
私はコールの手を離し、クリスタルの前に立った。
深く息を吸い、目を閉じる。
――怖くない。
右手を伸ばし、そっと触れる。
ひんやりとした冷たさが、指先を包んだ。
……何も起きない。
ゆっくり振り向く。
「……だめ、なの?」
コールはやさしく微笑む。
「帰ろうか」
その声には、やさしさと、どこか安堵が混じっていた。
まるで――これでよかった、と言うみたいに。
「すいません……私……」
言いかけた瞬間。
クリスタルが、眩い光を放った。部屋が七彩に染まる。
「な……なに!?」
手を離そうとする。――離れない。
「エマ!」
コールが駆け寄る。だが光が強すぎて近づけない。
(離れない……!)
必死に引いても、手が何かに掴まれたみたいに動かない。
「離れて! 離れてぇ!」
どくん、どくん。
体の内側から淡い光があふれて、クリスタルへ吸い込まれていく。
(魔力? 違う……これは――わたしの命?)
意識が遠のく中で、声がした。
懐かしい、友の声に似ていた。
『意識を保て! 飲み込まれるな!』
――アルクの声? アルクなの?
「アルク……? だめだよ……手が……離れない……」
光はさらに強く、世界は白く塗りつぶされる。
アルクの声も、どんどん小さくなっていく。
怖い。助けて。
死にたくない。まだ死ねない。
なるって決めたんだ、魔法使いに――!
お願い。誰か――!
私は左手を伸ばした。
誰かが、その手を掴んだ気がした。
やさしくて、あたたかい手。
プツン。
何かが切れた音とともに、私の意識は闇に沈んだ。
次回:第7話「匂いでつながる記憶」/更新:金曜20:30
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