その光は、命を削る虹
王都アスガルドにやってきたエマたち。
アルクの葬儀を終え、悲しみを胸に抱えながらも、エマは「自分の力で前に進む」と決意する。
しかし、待ち受けていたのは王直属の騎士団――そして、彼らが守る“神殿のクリスタル”。
それに触れた者は、真の魔力を呼び覚ますという。
不安と希望を胸に、エマは自分の運命と向き合う。
失ったもののために。これから出会う誰かのために。
初めて見る首都アスガルドは、まるで世界そのものがひっくり返ったような場所だった。
どこまでも続く石畳の道、空に届きそうな白い塔。行き交う人々の数に、思わず息をのむ。
田舎の小さな村では、馬車が通るだけで一日が賑わうのに――ここでは、馬車が何十台も行き交い、露店の声が重なり合って、まるで祭りの歌のように響いていた。
「……すごい……」
気づけば、声が漏れていた。
見上げた空は同じはずなのに、ここでは少し違って見える。
太陽の光が塔の先端で反射して、街全体が淡く輝いているようだった。
香辛料の香り、焼きたてのパンの匂い、どこかで鳴る鐘の音――すべてが新しく、すべてが眩しい。
そんな場所に、エマは立っていた。
「ずっと口が開いているぞ」
隣を歩くコールが笑う。
「どうだ?すごいだろう。この世界にある物は大抵ここに集まる。人も物も全て――それがアスガルド王国だ」
誇らしげに言うコール。
エマはただ頷くしかなかった。
「おう!コール、帰ったのかぁぁ!!」
遠くから、地鳴りのような声が響いた。
陽光を背に、巨体の男がドドドッと走ってくる。
「団長……また上半身裸で……」
コールがため息をつく。
「細けぇことは気にすんな!日光は男の栄養だっ!」
カイン団長は豪快に笑い、エマの前に仁王立ちした。
「この小さいのが例の魔力持ちのガキか?ちいせぇな!」
「声が大きいです、団長!」
そう言いながら、カインはエマの頭をポンポン──いや、バンバンと叩いた。
「だ、団長っ!力加減っ!」
「ははは!丈夫そうでいいじゃねぇか!」
「団長!」
コールが慌てて止めに入る。
「なんだよ、ただのスキンシップだ!」
「それで泣かせた子供の数、何人目です?」
「……数えてねぇ!」
この人が団長?大丈夫かな?私…
エマは心の中でそう思った。
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「さて……どこから話すか……」
会議室のような部屋で、カインが腕を組む。
「単刀直入に言うぞ。お前は今日から“王命騎士団”の一員だ!」
「えっ!?」
あまりにも唐突で、エマの頭が真っ白になる。
「王を守り、王の命令に従い、悪を罰する──それが王命騎士団だ!」
カインは勢いよく言い放つ。
「近年、力を持った貴族共が王を暗殺し王国の転覆を図る不届き者が増えた。そいつらをバッサバッサと薙ぎ払い──」
さらに続けるカインに、
「団長……エマが団長の話について行けず迷子になってます」
コールがそっと耳打ちした。
「あん?」
カインは放心状態のエマを見る。
手をエマの目の前でパタパタ振るが反応がない。
次に両手でエマのほっぺを掴み、横に広げる。
「だめです団長……」と注意するコール。
「まぁ……話は後にして、魔力を測ってくるか……」
「そうしましょう……」
コールはエマを抱えて部屋を後にする。
「私、騎士になるの?」
コールに抱えられながらエマは言う。
「団長は人に伝えるのが苦手なんだ……まぁなんだ、バカなんだよ」
上司に暴言を吐くコール。
「わかった」
なぜか納得するエマ。
「正確には騎士見習いで、騎士団に入る必要もない。あくまで騎士団入りはカモフラージュで、君を貴族から守るためだと理解して欲しい。王直属の騎士団だから、あいつら(貴族)も手を出しにくいはずだ」
そう伝えて、コールはエマをそっと下ろす。
「わかった」
エマはコールを見上げて答えた。
クリスタルがある場所は、首都から少し離れた静かな場所にあった。
コール曰く、古くから神聖な地として扱われており、貴族の子供や時には大人までもが魔力量を測るために訪れる。
各都市にも同様の施設があり、皆この施設を「神殿」と呼んでいた。
「お待ちしておりました、コール様」
神殿の入り口で女性がコールに声をかける。
白い小袖は、まるで春の陽だまりのようにやさしく。
長い袖が風に揺れる姿はどこか儚くて、でも不思議とあたたかい。
ただ立っているだけなのに、まるで神様に選ばれた存在みたいにエマには見えた。
「準備はできています」
そう言って女性はコールに頭を下げる。
「有難う。確認だけど、私たち以外は誰もいないよね?」
「カイン様より“誰も入れるな”と聞いています。本日のことは貴族様並びに神殿の者でもごく一部しか知りません」
「そうか……有難う」
コールと女性は互いの両手を合わせ、深く頭を下げた。
そして女性はエマに手を差し伸べる。
「さぁ……こちらへ」
クリスタル。
それはまるで天から落ちてきたかのように、堂々とそこに佇んでいた。
透明なのに、奥底では淡い光がゆらめいていて、見ているだけで吸い込まれそうになる。
近づけば冷たさが肌を撫で、でも同時に胸の奥がざわつくような、不思議な温もりも感じた。
ただの石じゃない──まるで心臓を持った生き物のように、脈動している。
女性はこのクリスタルに触れて欲しいとエマに言った。
少し怖くなり、エマは躊躇した。
「怖いかい……大丈夫だよ。ただ光るだけだ」
コールは優しい口調でそう言い、自らクリスタルに触れてみせる。
……何も反応しない。
「ほら、大丈夫だろ?まぁ、私が触ったところで何も反応しないけどね」
少し悲しそうな表情で笑うコール。
(……昔、私も憧れてたんだ)
空に浮かぶ月を眺めながら魔法使いになりたいと思っていた少年時代。
本を読み漁り、手を振って呪文を唱え──何も起こらないたびに泣いた。
「実はね、私の家系も昔は貴族だったんだ。祖父の代で、魔力を持った子が生まれなくなってね……」
淡く笑いながら話す声が少し震える。
もしも自分に魔力があれば──きっとあの時、何かを変えられたかもしれない。
だけど、もうそれは叶わない。
(だからこそ……この子を見守りたい)
今度こそ、自分の無力を言い訳にしないために。
この小さな背中を、最後まで守るために。
「私は……ひょっとしたら君に自分の夢を重ねてるのかもしれない」
エマの肩にそっと手を置く。
「僕の小さい頃の夢はね、“魔法使いになりたい”だったんだ」
その瞳は、静かに、けれど確かに光っていた。
エマは黙ってうつむき何も答える事が出来なかった。
コールはエマの手を握る。
「エマ……すまない。重みになることを言って。君の人生なのに……君は君のやりたいようにしたらいい。嫌ならやめてもいい」
「違うんです……」
エマは震える声で言った。
「ただ、自信がなかった……光らなかったらどうしようって……でも、もう大丈夫」
その小さな瞳に、迷いが消える。
「私の夢も、コールさんと同じ。魔法使いになること……だから進まなきゃ。何も始まらない」
エマはゆっくりと歩き出す。
コールの手を優しく離し、クリスタルの前に立った。
巨大な透明の石は、まるで呼吸をしているかのように、静かに脈打っている。
淡い光が内部で揺れ、空気そのものが震えていた。
エマは深く息を吸い、目を閉じた。
──怖くない。
右手を伸ばし、クリスタルに触れる。
ひんやりとした冷たさが指先を包む。
……何も起きない。
エマはゆっくりと振り向く。
「……だめ、なの?」
コールは優しく微笑んだ。
「帰ろうか」
その言葉には、優しさと、そしてどこかほっとしたような安堵があった。
まるで──これでよかったのだと言うように。
「すいません……私……」
エマが小さく呟いた瞬間。
クリスタルが眩いほどの光を放ち、部屋全体が虹色に包まれた。
「な……なに!?」
エマが叫ぶ。
手を離そうとするが──離れない。
「エマ!」
コールが駆け寄るが、光が強すぎて近づけない。
(離れない……!)
必死に引いても、手がまるで何かに掴まれているように動かない。
「離れて! 離れてぇ!」
必死に叫ぶが、手は離れない。
ドクン──ドクン──
エマの体から淡い光があふれ、クリスタルへと吸い込まれていく。
まるで命そのものを奪われているように。
(魔力? 違う……これは──わたしの命?)
意識が遠のいていく中で、聞こえた。
それは‥懐かしい‥友の声に似ていた
『意識を保て! 飲み込まれるな!』
──アルクの声?アルクなの?
「アルク……? だめだよ……手が……離れない……」
光が強まり、世界が白く染まっていく。
アルクの声もどんどん小さくなっていく。
怖い……怖いよ……助けて。
死にたくない……まだ死ねない。
なるって決めたんだ、魔法使いに……!
お願い……誰か……!
エマは左手を伸ばした。
──誰かがその手を掴んだ気がした。
優しくて、あたたかい手。
プツン。
何かが切れたように、エマの意識は闇の中に消えた。
今回の章では、エマがついに“運命と向き合う瞬間”を描きました。
アルクを失った悲しみの中でも前を向こうとする彼女の姿は、幼くても確かな「覚悟」を感じさせます。
そして、コールの内にある“夢を託す想い”。
彼の静かな優しさが、物語を支える影の光のように描けたと思います。
次回は――
クリスタルの光の中で、エマに何が起きたのか。
彼女の物語が急展開し運命が一気に動きます。