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母は、異世界で天下を取る   作者: 松本 蛇
二章 ほのかリベンジ編

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26日 100本の花束


 一歩、また一歩。

 私は操り人形のようにジュリアンに近づいていく。

 思考が停止したように、何も考えられない。

 ただ、この絶対的な王の命令に従うことだけが至上の喜びであり、正義だと信じ込まされていた。


 ジュリアンの手には、細身の剣が握られている。

 彼がそれを振り上げても、私は恐怖を感じなかった。


(そうか……私は今から、あの剣で切られるんだ。)


 狂っている。

 でも、それすら正しいことのように思えた。

 完全に魅了の支配下にある私は、無防備に首を差し出す。


 ジュリアンが優雅な動作で、私に剣を振り下ろした。


 ザシュッ。


 生暖かい液体が顔にかかる。

 けれど、痛くない。

 私の手や顔には、べっとりと赤い血が付着している。

 でも、これは私の血じゃない。


 視線をゆっくりと下に向ける。

 私の足元に、誰かが倒れ込んでいた。

 私を庇うように、ジュリアンの剣を受け止めて。


「……え?」


 停止していた思考の歯車が、ギギギと音を立てて回り始めた。

 見覚えのあるメイド服。

 ついさっき、城下町で私に微笑みかけてくれた、あの女性。

 ユノリアで私の世話をしてくれていた、友達だった彼女が、胸を貫かれて絶命していた。


「あ……あああああ!」


 喉が裂けるほどの悲鳴を上げた。

 魅了が、衝撃というハンマーで粉々に砕け散る。

 その亀裂から、どす黒い感情がマグマのように噴き出した。


 ――コロセ。

 ――アイツヲ、コロセ。


 私の中で、何かが弾けた。

 あふれ出す殺意。渦巻く黒い魔力。


『ユノリアではさぞ楽しい一時だっただろう? 君と歳が近く……性格も似ているこの子を君の専属にしたのは、全て今日この日、この瞬間の為さ』


 ジュリアンは、返り血を浴びた顔で優しく微笑んだ。


『悲しいよ、アルク……。もう君は一人では目覚められないほど弱っていた……。だから、この子をエサにするしかなかったんだよ』


 そう言って、彼は倒れている彼女の頭を、無造作に蹴り飛ばした。


 プチッ。


 私の中で、理性が焼き切れる音がした。

 視界が黒く染まる。

 私の体から、制御不能なほどの黒い魔力が暴発した。


『そうだ! その怒りだ! その絶望だ!』


 ジュリアンは歓喜の声を上げ、私に手をかざした。


『ありがとう……これでようやく悪夢も終わる……。僕は悪夢(予知夢)に打ち勝ち、完全になれる……。礼を言うよ、アルク』


 シュゴォォォォ……!


 私の体から溢れ出た莫大な黒い感情と魔力が、掃除機に吸い込まれるようにジュリアンの掌へと集束していく。

 彼がそれを飲み干す。

 私の怒りが、憎しみが、全て彼に奪われていく。


 スゥッ……。

 霧が晴れたかのように、私の中の怒りが消えた。

 残ったのは、空っぽになった虚無感だけ。


『……ふぅ。素晴らしい味だ』


 ジュリアンが満足げに唇を舐める。

 そして、用済みと言わんばかりに私を突き放した。


『××××、××××』


 ジュリアンが笑いながら何かを言った。

 分からない。

 さっきまで翻訳されて聞こえていた言葉が、今はただの雑音にしか聞こえない。

 力が……無くなった?

 レイおじいさんの魔法まで、彼に吸われたの?


 ジュリアンは勝ち誇った顔で、私に向けてパチンと指を鳴らした。

 私を消し去るための魔法だろう。


 ……。


 何も起こらない。

 私は五体満足で立っている。


 ジュリアンが眉をひそめる。

 もう一度、指を鳴らす。


 パチン。


 何も起こらない。

 風さえ吹かない。


 次は両手を上げ、天を仰ぐような動作をする。

 本来なら、空が割れたり、影が溢れ出たりするはずのアクション。


 シーン……。

 静寂が辺りを支配する。


『×××……?』


 ジュリアンの顔が、初めて焦りの色を帯びた。

 彼は自分の手を見つめ、何度も、何度も、何度も指を鳴らす。

 パチン、パチン、パチン、パチン!

 滑稽なほど必死に。

 だが、火花一つ散らない。


 ジュリアンが叫び声を上げ、再度強く指を鳴らした瞬間。


 ボコッ。


 彼の手の甲から、異物が突き出した。

 皮膚を破って芽吹いたのは――花だった。


 可憐な、紫色の勿忘草。


『××××!?』


 ジュリアンが悲鳴を上げるのと同時に、彼の腕、肩、首筋から、次々と勿忘草が咲き乱れた。

 最初は鮮やかな紫色だった花弁が、見る見るうちにドス黒く変色していく。

 まるで、彼の魔力と生き血を吸い上げているかのように。


 慌てて花を振り払おうとするが、むしり取った跡から、さらに倍の花が咲く。


「その力は……お前自身が取るに足らないとあざ笑い、摘み取った……今にも消えそうな弱い光だ」


 誰かが言った。

 私の口が勝手に動いている。私の意思とは無関係に、レイおじいさんの、いや、アルクの意志が言葉となって紡がれる。


『×××××!!』ジュリアンが怒りに任せて、私に突進してきた。

 魔法が使えないなら物理で、という野獣のような突撃。


 速い――はずなのに、止まって見える。

 私の体は、風に舞う木の葉のようにひらりと身をかわし、すれ違いざまにジュリアンの足に自分の足を引っかけた。


 ズザァッ!


 派手に転ぶジュリアン。

 地面に這いつくばる無様な姿。

 なおも彼の体からは、黒い花が寄生植物のように咲き誇っていく。


「異世界の花で、名前は勿忘草ワスレナグサ


 私は冷徹に見下ろして告げる。


 ジュリアンはガン、ガンと地面に拳を叩きつけ、ゾンビのようにゆっくりと立ち上がった。

 その顔の半分はすでに花に覆われ、美しい王子の原型を留めていない。


「花言葉は……咲く花の数で意味が変わる。一本なら『私を忘れないで』だが……」


 私は彼を指差す。

 すでに百本、いや千本の黒い花が彼を埋め尽くそうとしていた。


「勿忘草、100本の意味……それは『忘却』だよ、ジュリアン」


『××××……××……』


 ジュリアンは狂ったように高笑いをして、天を仰いだ。

 自分が集めた莫大な魔力が、全て「忘却」の彼方へ吸われていくのを感じているのだろうか。


「君に贈る言葉がある……」


 急に、体の主導権が私に戻った。

 同時に、頭の中から懐かしい声――レイの声が響いた。


『――さあ…』


 私はニヤリと笑った。

 そうだ。最後はこれだ。

 ヒカルとの約束。


 私は右手を突き出し、中指を高く立てた。


「誰に喧嘩売ったか教えてやる! 地獄に落ちろ、クソ野郎!!」


 私の宣告と同時に、ジュリアンの絶叫が響き渡った。


『ウグァァァァァァァァ!!』


 黒い花が、爆発的に加速して成長する。

 ジュリアンの肉体を芯にして、茎が太くなり、蕾が膨らみ、花が開く。

 人の形が崩れ、巨大な花弁に飲み込まれていく。


 数秒後。

 そこには、もう誰もいなかった。


 ただ、一輪の巨大な花があるだけ。

 大地に根を張り、空に向かって咲き誇る、禍々しくも美しい花。


 その色は、鮮烈な『赤』だった。

 ジュリアンの血をすべて吸い尽くし、染め上げられた赤。


 それはまるで――かつて若き日のレイが涙を流しながら見た、あの血塗られた花の絵そのものだった。


【作者からのお知らせ】

次回2章のEpisodeで一旦休載します。

3章の構想はありますがモチベーションが保てないのが休載の理由です。

ここまで読んでいただき‥本当に感謝です。

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