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母は、異世界で天下を取る   作者: 松本 蛇
二章 ほのかリベンジ編

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23日 開戦の狼煙


 光の渦を抜け、足が地面に着く感触があった。

 目を開けると、そこは見覚えのある景色だった。

 石造りの建物、独特な形状の屋根。

 私が初めて異世界に来た場所――ルナフィールだ。


 しかし、様子がおかしい。

 前に私がいた時は、復興作業で大勢の人が行き交っていたはずだ。

 今はまだ昼間だと言うのに、街全体が死んだように静まり返っている。

 辺りを捜索しても、人っ子一人いない。

 風の音だけが、虚しく響いている。


『誰もいないぜ』


 背後から、低い声がした。

 ハッとして振り向く。

 そこに立っていたのは、上半身裸に短パン姿、野性味あふれる風貌の男。

 見間違えるはずがない。


「カイン……さん?」


 以前、ラノックの偽物に攫われた私を助けようとしてくれた、あのカインさんだ。

 どうしてここに? いや、それよりも――。


『皆、アスガルドに行った。女や子供、全てな』


 カインがいつになく神妙な顔で私に話す。

 ……え?

 今、私は彼の言葉を「理解」した?


 聞き間違いじゃない。

 脳に直接意味が流れ込んでくるような感覚。


「言葉が……」

『ん? どうした?』


 そう、今まで異世界の言葉は分からなかった。フランの翻訳魔法がないと、ただの雑音にしか聞こえなかったはずだ。

 なのに今は、はっきりと日本語のように理解できる。


『そう言えば……嬢ちゃん、前は喋らなかったな。今は話してくれるのか?』


 不思議な感覚だった。

 彼の発音はどう聞いても日本語ではない。独特のイントネーションがある異世界語だ。

 でも、私の脳内で自動的に変換され、意味が通じる。

 そして、私が発しようとする言葉もまた、自然と彼らに通じる言葉に変換されていく気がした。


「正確には……話せなかったんです」

『ん? よくわからんが……まぁ細かい事は別にいい』


 カインは頭をガシガシとかくと、表情を険しくした。


『それより嬢ちゃん、状況は最悪だ』

「何があったんですか?」

『戦争だ』

「え?」

『アスガルドとユノリアの、全面戦争だ』


 彼の放った言葉に、私の心臓がギュッと締め付けられた。


 †==================†


 私たちはカインが用意していた魔獣――巨大な狼のような生き物の背に乗り、ユノリアへと向かった。

 風を切って走る道中、カインが語る真実は衝撃的だった。


『ユノリアがアスガルドに対して、一方的に休戦協定を破棄した』

「理由は……?」

『ユノリア第2王子、ジュリアン様への暗殺未遂だ』


 カインが忌々しそうに吐き捨てる。


『アスガルドの“虹”二人を使い、和平の席で王子の暗殺を企てた……というのが、奴らの言い分だ』

「そんな……!」

『ああ、嘘だ。これは重大な協定違反をでっち上げ、虹二人を失って戦力が低下したアスガルドを一気に叩き潰すための侵略戦争だ』


 ジュリアン。

 あの男ならやりかねない。

 自分の目的のために、国同士の戦争さえも道具にする。


 カインは、私の背中でボソッと言った。


『3日後に、捕らえたアスガルドの虹……あのガキと母親の、公開処刑が決定した』


 私は驚きと悔しさで、手綱を握る拳を強く震わせた。

 処刑……。

 フランとお母さんを、見世物にして殺す気なの?


『俺達の役目は、処刑前に敵のジュリアンを討つ事だ』

「カインさんが……?」

『違うぞ。俺と、嬢ちゃんだ』

「……」

『俺があの廃墟にいたのは、フランのところのババア……メイド長が、俺に手紙を持って来たからだ』


 フランの屋敷に住む、あの厳格なメイド長のことだ。

 でも、どうしてカインさんに?


「ひょっとして……お母さんが……?」

『ああ。手紙は、あんたの母親が書いたものだった。「ルナフィールで娘を待つように」とな』

「それと?」

『「敵は必ずほのかが討つから、サポートを頼む」……とな』


 私は息を呑んだ。

 お母さん……。

 どうして、お母さんはそこまで私を信じられるの?

 何もできない、守られるだけだった私を。

 「自分の仇は自分で討て」。その言葉の本気度を、改めて突きつけられた気がした。


 †==================†


 魔獣に揺られること数時間。

 景色が変わる。ユノリアの国境を越えたはずだ。


『おかしい……』

 カインが呟く。

「え?」

『もうユノリアの領土に入ってるのに、誰もいない。検問も、護衛も』


 確かに。森を抜けて街に続く街道に入ったのに、兵士どころか鳥の鳴き声さえしない。

 不気味な静寂。


『まるで……俺らが来るのが分かってたみたいだな』

「……」


 更に進むと、街道の真ん中にポツンと人影が見えた。

 魔獣の足を止める。


 そこに立っていたのは、メイド服を着た女性だった。

 見覚えがある。

 私がユノリアの城に軟禁されていた時、身の回りの世話をしてくれていた専属メイドだ。


 彼女は私たちを見ると、逃げることも騒ぐこともなく、静かに頭を下げた。


『お待ちしていました……カイン様。そして、ほのか様』


 彼女はそう言うと、私に向けて一枚の紙を広げて見せた。

 そこには、達筆な文字で何かが書かれている。


 異世界の文字だ。

 本来なら読めないはずの記号の羅列。

 だが、今の私には、その上に日本語のテロップがダブって見えていた。


 『お待ちしてました』


 文字が、薄っすらと紫色に発光している。

 やっぱり、この力は……ヒカルのおじいさん、レイさんの魔法。

 紫の勿忘草がくれた、「言葉の壁を超える」力。


 彼女はニッコリと私に微笑む。

『さぁ……こちらへ。ジュリアン様がお待ちです』


 罠だ。

 あまりにも分かりやすい罠。

 けれど、避けては通れない。


 私が魔獣から降りて歩き出すと、彼女はもう一度、深々とお辞儀をした。

 そして、すれ違いざま、誰にも聞こえないほどの声で囁いた。


『どうか……ご無事で』


 ハッとして彼女を見る。

 顔を上げた彼女の瞳は、敵意ではなく、純粋に私を案じてくれていた。


 ユノリアにいた時は短い時間だった。

 でも、一緒に街に買い物に行ったり、私のワガママで城内を冒険したり。

 口数は少なかったけど、私は彼女を友達だと思っていた。

 彼女も、そう思ってくれていたんだ。


 私は立ち止まり、彼女に向かって真っ直ぐに言った。

「ありがとう」


 深々と礼をする。

 彼女の肩が小さく震えたのが見えた。


 再び前を向く。

 城へと続く大通り。

 その両脇には、以前来たときは不気味なほど真っ黒だった百合の花が植えられていた。


 けれど、今は違う。


 風に揺れる無数の百合は、すべて真っ白に変わっていた。

 力強く、清廉に咲き誇る白い百合。

 それはまるで、これから始まる戦いが、ただの復讐ではなく、「浄化」のための戦いであることを告げているようだった。


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