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母は、異世界で天下を取る   作者: 松本 蛇
二章 ほのか地球編

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21日 花の代償

 日記の文字は、乱れながらも力強く続いていた。

 それは、老いた肉体に鞭打ち、残された時間の全てを捧げた男の記録だった。


 記憶を取り戻したワシは、何かに取り憑かれたように、この身に宿る『魔力』について調べた。

 この力の根源は何か。

 なぜ、貴族しか使えなかったはずの力が、凡人のワシに宿っているのか。


 しかし、ここは地球だ。

 魔導書もなければ、魔法使いもいない。あるのは科学と現実だけ。

 鏡に映る自分を見る。

 シワシワになった両手、年老いてシミだらけの顔。

 残された時間は少ない。焦りだけが募る日々だった。


 そんなある日。

 書斎で古い文献を漁っていたワシは、不意に紙で指先を切ってしまった。

 誰にでもよくある、些細な怪我だ。


 ポタリ。

 指から滲んだ血が、机の上に一滴落ちた。


 シュワッ。

 奇妙な音がした。

 血が染み込むのではない。血が泡立ち、そこから緑色の芽が急速に伸びたのだ。


「……なんだ、これは」


 土もない、ただの木の机の上。

 そこに、小さな『クローバー』が咲いていた。

 それも、四葉のクローバーだ。


 ワシは震える手で、もう一滴、血を絞り出して垂らしてみた。

 やはり、同じように四葉のクローバーが咲く。


 記憶の扉が開く。

 かつてルナフィールで、アルクもジュリアンも、血を媒体にして強力な魔法を行使していた光景が蘇る。


「なるほど……。ワシの魔法は『血』を喰らうのか」


 四葉のクローバー。花言葉は『幸運』。

 アルクから分け与えられたこの微力な魔力は、攻撃や破壊のためのものではない。

 ワシに幸運をもたらし、導くための力。


 血を使わずとも、魔力を意識するだけで身体強化が可能であることも知った。

 杖をついていたワシの足取りは軽くなり、みるみる生気を取り戻していった。


 だが、世の中に都合の良い話などない。


 ワシはある日、医師から宣告を受けた。

 脳の萎縮。認知機能の低下。

 いわゆる、認知症の初期症状だ。


「この力は……所詮は借り物か」


 力の適合者ではないワシが魔力を使えば、その代償として脳に負荷がかかる。

 代償は『記憶』だった。

 魔法を使えば使うほど、ワシはワシでなくなっていく。

 最後には、自分が誰かも、愛するアルクのことさえも忘れてしまうだろう。


 だから、ワシは決意した。

 この力が尽き、記憶が消える前に――この力をあるべき場所に返そうと。


 ワシは『松本 千尋』について調べた。

 現代の情報網を使えば、特定は難しくなかった。

 彼女は滋賀県のローカル雑誌に載っていたり、ネットの地域ニュース記事にもなっていた。

 主婦バレーボールの選手として活躍し、既に結婚して子供もいるらしい。


 写真に写る彼女の勇ましい姿に、遠い日の弟を重ねる。

 あいつも、守るべきものの前ではこんな顔をしていた。


 ワシは滋賀に向かった。

 彼女の試合があるという体育館へ。


 観客席から見る彼女は、すっかり大人の女性に成長していた。

 スパイクを打つ瞬間、彼女から漂う魔力の波長が、ワシの魔力と共鳴してビリビリと震える。

 この力も、あるべき場所に帰りたがっている。


 その時だった。

 不思議な事が起こった。


 血も使っていないのに、ワシの視界に幻の花が咲いた。

 コートに立つ彼女の足元に、ゆらりと揺れる赤い花。


 ――彼岸花ヒガンバナ


 不吉な赤色。

 あの日の惨劇を思い出させる赤。

 ワシの魔法(花)は告げていた。彼女の未来に、暗い影が落ちていることを。


(……やはり、逃げられんのか)


 ジュリアンの呪いか、それとも運命か。

 ワシは決意した。

 彼女の未来が暗いものならば、ワシがこの命と記憶を削ってでも、光の方へ導こう。


 試合後、彼女に会うことができた。

 彼女はワシの顔を見ると、驚いたように目を見開き、そして微笑んだ。

 彼女はワシを覚えていたのだ。


「あの時の……」


 今度は、彼女の方からワシに右手を差し出した。

 その瞳は、やはり弟と重なる。優しくて、強い光。


『花を、贈ろう』


 ワシは唐突にそう言った。


「え?」


『君の未来が暗いものにならない様に……ワシが、花束を君に贈る』


 ワシの言葉に、彼女はキョトンとした顔をした。

 変な老人だと思っただろう。

 けれど、彼女はすぐに「ありがとう」と深く会釈し、仲間の方へ走っていった。


 その背中を見送りながら、ワシはそっと呟いた。


『そしていつか……会いに来てくれ、アルク』


 †==================†


 日記の文章は、そこで途切れていた。

 最後の日付は、祖父が亡くなる数ヶ月前だった。


 プツ、プツ……。


 突然、日記のページに浮かんでいた赤い文字――レイの血で書かれた文字が、生き物のようにうごメき始めた。

 文字が一箇所に集まり、立体的に盛り上がっていく。


「なっ……!?」


 ヒカルが息を呑む。

 血の塊は形を変え、鮮やかな青色に染まり――一輪の小さな花となって、紙の上に咲いた。


 可憐で、儚げな、青い小花。


「……勿忘草ワスレナグサ


 ヒカルが、震える声で花の名を呼んだ。

 祖父が残した魔法。

 記憶を失い、命を削ってでも残したかった、たった一つの想い。


「爺さん……。そんな形になっても、弟を守りたかったんかいな……」


ヒカルの目から、涙が溢れる。


「ほんま、アホやな……。かっこつけすぎや……」


 私は、震える指でスマホを取り出し、「勿忘草」を検索した。

 画面に表示された花言葉を見て、胸が締め付けられた。


 『私を忘れないで』


 レイは、アルクに忘れてほしくなかったのだ。

 遠い異国の地で、記憶を無くしてもなお、兄は弟を愛し続けていたことを。


 そして、この花がここに咲いたということは――。

 レイの導き(花)は、まだ終わっていないということだ。


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