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母は、異世界で天下を取る   作者: 松本 蛇
二章 ほのか地球編

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17日 記憶


 京都の街並みを抜け、少し小高い丘の上へ。

 タクシーが停まったのは、立派な日本家屋の前だった。

 高い塀に囲まれ、門構えからして歴史を感じさせる。

 表札には『新道』の文字。


「……ここ?」

「おう。無駄にデカいだけやけどな」


 新道家は、この地域では有名な旧家らしい。

 ヒカルは「めんどくさい、めんどくさい」とブツブツ言いながら、立派な正門を素通りした。


「正面から行くと捕まる。裏の勝手口から入るで」

「捕まるって……自分の家でしょ?」

「色々あるんや、大人の事情が」


 彼は忍び足で家の裏手へと回り込む。

 私もそれに続く。まるで泥棒みたいだ。

 勝手口の引き戸に手をかけ、そっと開けようとした――その時だった。


「――あんた、そこで何コソコソしとんの?」


 背後から、ドスの効いた声が降ってきた。

 ビクリとして振り返ると、両手にスーパーの買い物袋を提げた女性が立っていた。

 ジャージ姿にサンダル。年齢はヒカルより少し上だろうか。


「げっ……姉貴」

「『げっ』とはなんや! 久しぶりに帰ってきて……って、あんた」


 お姉さんの視線が、ヒカルの後ろにいる私に突き刺さる。

 女子高生の制服。そして、無精髭の弟。


 数秒の沈黙の後。

 買い物袋がドサリと地面に落ちた。


「おかーーさーーん!! おかーーさーーん!!」


 近所迷惑レベルの絶叫が響き渡る。


「ヒカルが! ヒカルが帰ってきたと思ったら、女つれ込んできたーーッ!!」

「ちょっ、待て! 声デカいねんアホ!」


 ヒカルが頭を抱える。

「一番会いたくない奴におーてしもた……」


 ドタドタドタッ!

 家の中から、さらに激しい足音が近づいてくる。

 勝手口が勢いよく開かれ、裸足のまま飛び出してきたのは、エプロン姿の女性――ヒカルのお母さんだった。


 彼女は私の顔と制服を一瞬で確認すると、迷いなくヒカルの後頭部をスパーン! とはたいた。


「あんたは! ええ歳こいて人様の娘さんにに何をしとん!」

「痛っ!何すんねん!」

「黙り! 未成年やんか! 姉ちゃん、警察や! お父さんには内緒で自首させるえ!」

「ほんまや、よー見たら制服やん! ヒカル、これ犯罪やで! ウチの家名に泥塗る気か!」


 マシンガンのように浴びせられる関西弁の集中砲火。

 ヒカルは涙目で叫んだ。


「ちゃうわ! アホ! 俺の女やない! 爺さんの知り合いや!」


 ピタリ。

 お母さんとお姉さんの動きが止まった。


「……お爺ちゃんの? あんた、嘘つくならもう少しましな嘘つきよし」


「ほんまや。お爺ちゃん死んでもう何年経つと思てんの」


「あーもう、あかん! 話にならん! とりあえず上がるわ! お邪魔すんで!」


 ヒカルは強引に靴を脱ぎ、家の中へ逃げ込んだ。

 私も慌てて続く。

「お、お邪魔します……」


「ちょっ、待ち! 何処行くんや! 彼女放ったらかしにして!」


「やから、爺さんの知り合いや言うてるやろが! 書斎見たいらしいから連れて来てん!」


「あんな汚い部屋見せてどうするんや? カビ臭いだけやで!」


「それは見てから考えるわ! あんた等はお茶でも淹れて待っとけ!」


 ヒカルは家族の怒号を背に受けながら、廊下の突き当たりにある離れへと私を案内した。


†==================†

         


 祖父の書斎。

 重厚なふすまの前で、ヒカルは息を整えた。

「すまんな、騒がしくて」

「ううん、賑やかで……いい家族だね」


 ヒカルが襖を開ける。


 フワッ。

 埃っぽい空気を想像していたのに、漂ってきたのは甘く、どこか切ない香りだった。

 私は思わず息を吸い込む。

 知っている匂い。

 懐かしくて、胸が締め付けられる香り。


「なんや……この匂いは……?」

 ヒカルも鼻をひくつかせた。


金木犀キンモクセイ……」

「金木犀? 庭にはあるけど、今は時期やないで。芳香剤かなんかか?」


 私は首を振る。

「ううん、これは……お母さんが好きだった花」


 母は秋になると、いつも庭の金木犀を切って、小瓶に生けていた。

 笑う母の顔が蘇る。


「なるほど……『花が教えてくれる』か。なんかヒントありそうやな」


 私たちは匂いの元を探した。

 部屋は足の踏み場もないほど散らかっていた。

 壁一面の本棚。床には山積みの段ボール。

 その中の一つから、濃厚な香りが漂っていた。


 ヒカルが段ボールの蓋を開ける。


「……マジか」


 そこには、一枝の金木犀が置かれていた。

 ドライフラワーではない。

 鮮やかな橙色の小花。艶やかな緑の葉。

 まるで、たった今庭から摘んできたばかりのように瑞々しく、強い香りを放っている。


「なぁ……花言葉わかるか?」

 ヒカルが真剣な顔で聞いた。

「金木犀の?」

「そうや」


 私は記憶をたぐる。母が教えてくれた言葉。


「……『真実』」


「真実、か……。この中に真実があるんやな。面白なってきた! 爺さん、何を隠しとったんや」


 ヒカルは金木犀を丁寧に退かすと、段ボールの中身を取り出し始めた。

 出てくるのは、難解な学術書ばかり。

 植物学、天文学、量子力学。

 分野がバラバラだ。


 その一番底に、明らかに異質な一冊があった。

 革張りの分厚い手帳。

 『DIARY』と箔押しされている。


「日記帳だ……」

 手に取るとずっしりと重い。

 表紙には金属製のダイヤル錠がついていた。4桁の数字を合わせるタイプだ。


「数字のダイヤルやな……」

 ヒカルが適当に回すが、カチカチと虚しい音がするだけで開かない。

「誕生日やないか……爺さんの」

 彼はスマホで調べながら数字を入れるが、開かない。

「没年か? それとも俺の親父の……いや、あかん」


 色々な数字を試すが、鍵は微動だにしない。


「八方塞がりやな……」


 ヒカルは腕を組み、しばらく日記帳を見つめた。

 そして、ふっと口元を緩め、迷いのない手つきでダイヤルを回した。


 ゼロ、ゴ、イチ、ニ。

 0512。


 カチャ。

 小気味良い音がして、ロックが外れた。


「爺さん……粋な事するやん」

「今の数字……なんか意味があったの?」

「0512や……5月12日。俺の誕生日や」


 ヒカルは少し照れくさそうに、でも嬉しそうに言った。

 「迷惑だった」なんて言っていたけれど、おじいさんにとってヒカルは、特別な孫だったんだ。


 ヒカルがゆっくりと表紙をめくる。

 黄ばんだページに、びっしりと書き込まれた文字。


「なんやこれは」


 日本語じゃない。英語でもない。

 ミミズがのたうったような、奇妙な記号の羅列。

 でも、私には見覚えがあった。


「これ……異世界の文字」

 フランが持っていた本と同じ文字だ。

「マジか……。読めるか?」

 私は首を横に振る。

「ううん、アイテムがないと読めない」


「悔しいなぁ……ここまで来て……」

 ヒカルは悔しそうにページをパラパラとめくる。


 その時だった。


 シュウウウ……。

 テーブルに置かれていた金木犀が、急速に色を失い始めた。

 鮮やかだった橙色が茶色く変色し、瑞々しかった葉がカサカサに乾いていく。

 まるで、日記が開かれるその時まで、魔法で時間を止められていたかのように。

 そして、パラパラと崩れ、ただの枯れ枝になった。


「……役目は終わった、ってことか?」

 ヒカルが呟く。


 同時に、ドクン。

 私の胸元で、心臓が跳ねた。

 いいえ、違う。心臓じゃない。


 ポケットに入れたままの、アルクのネックレスだ。

 まるで生き物のように激しく脈打ち、熱を帯びている。

 取り出すと、銀色の石が淡く点滅を繰り返していた。


 共鳴している?

 この日記に。


 私は震える手でネックレスを日記のページの上に置いた。

「効果あるんかいな……」

 ヒカルが不思議そうに覗き込み、ネックレスに手を伸ばす。


 彼の手が、ネックレスに触れた瞬間。


 バチッ!!

 青白い電撃が走り、視界が真っ白に染まった。


「うわっ!?」

「きゃっ!」


 頭の中に、ノイズ交じりの男性の声が響く。


『9月12日。主治医から言われた。ワシは……記憶が無くなる病気らしい』


「爺さん……?」

 ヒカルが呻く。「爺さんの声や……」


『ワシの記憶が無くなる前に、全てを記録したいと思う。

 誰かに、届くことを祈って』


 声は、静かに、しかし重々しく告げた。


『ワシの本当の名前は、新道しんどう れいでは無い。

 ……レイと言う。

 出身は、ルナフィール』


 その言葉と共に、白い光が晴れた。

 空気が変わる。

 カビ臭い書斎の匂いが消え、澄み渡るような清涼な風が頬を撫でた。


「なんや……ここは? CGか?」

 ヒカルが目を丸くして周囲を見回す。


 目の前に広がっていたのは、絶景だった。

 空に浮かぶ無数の島々。

 水晶のように透き通った巨大な塔。

 街全体を包み込むように流れる、虹色の光の帯。

 空はどこまでも高く、青く、二つの月が淡く輝いている。


 私は、この場所を知っている。

 エマの記憶の中にあった景色。

 でも、私の知る廃墟の街じゃない。

 崩壊する前の、最も美しく、栄えていた頃の――。


「ルナフィール……」


 私たちの目の前に、一人の青年が立っていた。

 白衣を纏い、片眼鏡をかけた知的な青年。

 彼が、若き日の新道ヒカルのおじいさん――レイなのだろうか。


 彼は遠くを見つめ、寂しげに呟いた。


『ワシには、歳の離れた弟がいた……。

 名前を、アルクと言う』


 ――アルク。

 その名前を聞いた瞬間、私のネックレスが悲鳴を上げるように、強く、熱く輝いた。


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