決意
「この子には……魔力がある」
老人魔法使いの言葉に、父が小さく息をのんだ。
(私が? アルクじゃなくて……?)
私は頭が真っ白で、口が動かなかった。代わりに父が問いかける。
「娘の熱は……病気じゃないのか?」
「病ではない。魔力過多症じゃ」
老人は静かに言った。
「十八に満たぬ身には魔力が重い。溜まった魔力に体が耐えられず、嘔吐や高熱が続く」
「じゃあ、どうすれば」
「溜めず、使うことじゃな」
そう言って老人は、小袋に入った黒い欠片を三つ四つ、父に手渡した。さらに、自分の首から外した結晶のネックレスを、私の首にそっと掛ける。
「それはマテリアルと呼ばれる結晶――**通称“彩晶”**じゃ。魔力を吸い、蓄える。貴族の子は皆これを持つ。じゃが、いつか満ちる。いずれは自ら制御せねばならん」
私はこくりとうなずいた。
その日から、私はもう一度立ち上がれるようになった。
――――
数日後、家に王都アスガルドからの使者が来た。
「帰れ」
父は短く言い放った。
思わず剣の柄に手を伸ばした若い使者を、もう一人が制し、深々と頭を下げる。
「戦いに来たわけではありません。娘さんを奪いに来たのでも。……話だけでも」
名をコールと名乗った男――王国直属騎士団の副団長――は、まっすぐ私たちを見た。
「エマさんの命は、このままでは一年と持ちません」
部屋の空気が固まる。
「魔力が体を蝕み、やがて壊死します。抑えるにはマテリアルが要る。しかし、一般人には手に入りません。……貴族が独占しているからです。今、彼女が身につけている彩晶も古い。長くはもちません」
父の拳が震えた。
「……そんな理不尽で、アルクは」
コールは目を伏せ、そして静かに頷く。
「だからこそ、エマさんを守らなければならない。そのためにも、首都で“制御”を学ぶ必要があります」
私は、ずっと胸の奥にあった問いを口にした。
「そこには……アルクもいたの?」
父が代わりに答える。
「一年前、同い年の子が首都へ行った。胸に鳥の紋章をつけた連中と一緒にな。それから――死んだと聞かされた」
後ろにいた若い使者が小さく呟く。「二人も……」
コールは険しい顔になり、低く言った。
「おそらくクリケット家です。子に恵まれず、魔力を持つ者を一族に取り込む。合わない者は――壊す」
父が机を叩く音がした。私は肩を震わせる。
コールは話題を変えるように、短く付け足した。
「……伝承に近い話ですが、この世界に“魔力”が現れたのは古の勇者以後だとされます。王族は勇者の末裔、貴族はその七人の仲間の末裔。ゆえに、庶民の魔力持ちは“あり得ない”。――それでも、あなたはここにいる」
私は唇を噛んだ。怖い。怖いに決まってる。
でも、逃げたくない。
「……パパ。私、行くね」
「お前……!」
「このままだと死ぬんでしょ? だったら、やるだけやって……悔いを残したくない」
声が震える。胸の奥で、怖さと前に進みたい気持ちがぶつかり合った。
コールが一歩近づき、私の肩に手を置く。目は優しいけれど、言葉は鋭かった。
「魔法使いになるんじゃないのか?」
胸のどこかで、固まっていた氷が割れた気がした。
「なりたい……! 魔法使いに!」
私は大きく息を吸い込んだ。
十一歳の私が、初めて自分で選んだ。
――世界一の魔法使いになる。
その瞬間、マテリアルが、心臓の鼓動と同じ速さで一度だけ光った。
次回:第6話「その光は、命を削る光」/更新:金曜20:30




