余命一年って言われたけど‥私は、魔法使いになる!
アルクを失ったばかりの家族に、再び訪れる試練。
倒れるエマを前に、父アランはただ「また大切なものを失うのか」と胸を締めつけられていた。
けれども、その原因は病気ではなく――彼女の中に眠る「魔力」だった。
アルクに続いて、同じ村からもう一人。
常識ではありえないはずの出来事が、エマと家族を新たな運命へと巻き込んでいく。
「この子には……魔力がある」
村の魔法使いの老人の言葉に、アランは思わず息をのんだ。
(私が? アルクじゃなくて?)
放心するエマに代わり、父アランが老人から説明を受ける。
「病ではない。十八歳未満で魔力を持つ者によく見られる症状じゃ。多すぎる魔力に体が耐えられず、嘔吐や高熱が続くのじゃよ」
「じゃあ……どうすれば」
「溜めずに、使うことじゃ」
そう言って魔法使いは、先ほどの魔光石を三、四個袋に入れてアランに渡した。
さらに自らの首から下げていたネックレスをエマにかける。
「それはマテリアルと呼ばれる結晶じゃ。魔力を吸い、蓄える。貴族の子供は皆、こうした石を持っておる。だがのう、いずれ限界が来る。……その時は、自らの魔力を制御せねばならん」
エマが覚えているのは――その日から、再び立ち上がれるようになったことだけだった。
だが数日後。
王都から使者が訪れる。目的はただ一つ、エマをスカウトするためだった。
父は険しい表情で彼らを睨みつける。
「帰れ」
ぶっきらぼうに放たれた言葉に、一人の使者が思わず剣を抜く。
しかしもう一人がそれを制し、剣を床に置いて深々と頭を下げた。
「私たちは戦いに来たわけではありません。娘さんを誘拐しに来たわけでも。……どうか話だけでも」
その誠実な態度に、アランはしばし沈黙し、渋々口を開く。
「……好きにしろ」
「感謝します」
と名乗りを上げたのは、アリシア王国直属騎士団の副団長、コールという男だった。
彼は真剣な眼差しで告げる。
「エマさんの命は、このままでは一年と持ちません」
あまりに直截な言葉に、室内の空気が凍りついた。
コールは続ける。
「魔力が体を蝕み、やがて壊死します。それを抑えるにはマテリアルが必要ですが……一般人には手に入りません。貴族が独占しているからです。今エマさんが身につけているマテリアルも古く、そう遠くないうちに尽きるでしょう」
更にコールは話を続ける。
「そうなる前に、私たちと共に首都アスガルドに行き魔力をコントロールする術を学ぶ必要があります」
エマはかすれた声で問う。
「そこには……アルクもいたの?」
「アルク?」
アランが答える。
「一年前、首都へ行った同い年の子だ」
「……その子も魔力を?」
「ああ。だが死んだと聞かされた。貴族見習いになると言って、あんたらと似た格好の連中と一緒に首都へ行ったんだ」
沈黙の後、もう一人の使者が小声で呟く。
「……二人も魔力持ちが現れるなんて」
コールは頷き、語り始めた。
――伝説に近い話だが、この世界には元々魔法はなかった。
人間は脆弱で、魔族の奴隷に過ぎなかった。
しかし、ある時「勇者」と呼ばれる存在が現れた。
彼は圧倒的な力と、誰も持ち得なかった「魔力」を宿していた。
自らの魔力を分け与え、七人の仲間を集め、魔族を討ち滅ぼし、人間の時代を築いた。
今の王族は勇者の末裔、貴族は七人の仲間の末裔とされている。
だからこそ、王族や貴族以外から魔力持ちが生まれるのは、あり得ないはずなのだ。
それが、同じ村から二人も――。
「そんな話は聞いたこともない」アランが低く言う。
「おとぎ話に近いものです。ただし、実例が全く無いわけでもない」
コールは話題を変え、アルクを連れて行った一族について尋ねた。
アランは記憶をたどり「胸に鳥の紋章があった」と告げる。
コールは険しい顔で呟いた。
「……おそらく、クリケット一族でしょう」
クリケット家。子に恵まれず、魔力を持つ者を一族に取り込もうとした。
アルクは彼らに利用され、そして――消されたのかもしれない。
「それが今の貴族社会の現実です。魔力が無い者は追放、力を持つ者は取り込み、バランスを壊す者は抹殺される」
沈黙が落ちる。
アランは机を叩きつけ、唸るように言った。
「……そんな理不尽で、アルクは」
コールは静かに、しかし強く告げた。
「だからこそ、エマさんを守らなければならないんです」
アランの瞳が揺れる。
その時、ずっと黙っていたエマが口を開いた。
「……パパ。私、行くね」
「お前……!」
「どうせこのままだと死ぬんでしょ? だったらやるだけやって、悔いが残らないようにしたいの」
言いながら、胸の奥で恐怖が渦巻いていた。
本当に大丈夫なのか。
自分のような病弱な子に、耐えられるのか。
それでも――ここで逃げたら、一生後悔する。
コールはそんな彼女を見据え、問いかけた。
「君が進む道は険しく、苦しい。それでも行く覚悟はあるのか?」
エマは――答えられなかった。
自信が持てなかった。
沈黙の中で、胸の奥で(怖い、でも進みたい)という矛盾がせめぎ合う。
そんなエマの肩を、コールが力強く掴む。
「魔法使いになるんじゃないのか?」
その一言が、胸の奥を突き破った。
エマは大きく息を吸い、叫ぶように答える。
「なりたい……! 魔法使いに!」
こうして十一歳のエマは決意した。
――世界一の魔法使いになる、と。
アルクの葬儀から繋がるエマの体調不良、そして彼女の「魔力」の覚醒。
同じ村から二人も魔力持ちが現れるという異常事態は、勇者伝説にまで結びつく伏線となりました。
エマは恐怖に震えながらも、最後には「魔法使いになりたい」と決意します。
病弱な少女が選んだのは、苦難の道。
その一歩が、彼女をどこへ導いていくのか。
次回は、いよいよ王都編へ。
エマの前に立ちはだかる現実と、彼女を待つ人たちとの出会いにご期待ください。