14日 託された希望
馬車が止まり、重い扉が開かれた。
ジュリアンにエスコートされて地面に降り立つ。
そこは、どこかの森の中の開けた場所のようだった。
ふと、前方を見る。
一人の少女が立っていた。
金色の髪に、意志の強そうな青い瞳。
私よりもずっと小柄で、可愛らしい女の子。
ネイビーの制服のような服を着て、真っ直ぐにこちらを睨みつけている。
(……誰?)
見覚えがあるような、ないような。
彼女の顔を見ようとすると、こめかみの奥がズキズキと痛む。
まるで脳が「思い出すな」と拒絶しているみたいに。
少女が口を開いた。
「狙いは私だろう……ほのかを解放しろ」
え……?
日本語?
この世界に来てから、ずっと聞き取れなかった言葉。
それが、あまりにも自然に彼女の口から紡がれたことに、私は混乱した。
どうして、この子は私の国の言葉を話せるの?
ジュリアンが、ふっと冷たく笑った気がした。
次の瞬間。
背後にいた彼の手が伸びてきて、私の首に何かが当てられた。
ヒヤリとした、冷たい鉄の感触。
短剣だ。
「ジュリアン……どうして?」
彼が私の首に刃を突きつけている。
普通なら、悲鳴を上げるところだ。恐怖で足がすくむところだ。
頭の片隅に「殺されるかも」という疑問が浮かぶ。
でも、彼の美しい紫色の瞳と目が合った瞬間。
思考が、甘い蜜に塗り替えられていく。
(あぁ……彼のためなら)
彼がそうしたいなら、私は死んでもいい。
私の命で彼が助かるなら、それは至上の喜びなんじゃないか。
恐怖心なんて、これっぽっちも湧いてこない。
ただ、彼に役に立てることが嬉しいとさえ思ってしまう。
そんな私を見て、目の前の少女が眉を潜めた。
静かに、怒りを極限まで抑え込んだ声で、ジュリアンに言う。
「エサ……? 何を言っても無駄か……なら」
バチチッ!
少女の全身から、眩いばかりの白色のオーラが溢れ出した。
光が弾ける。
瞬間、彼女の姿が消えた。
私の視界が、一瞬真っ暗になる。
衝撃も、風圧もない。ただ世界がコマ送りになったような浮遊感。
気がつくと、私はジュリアンの腕の中から消えていた。
数メートル離れた場所。
私を抱きかかえていたのは、あの少女だった。
私よりも小さな手。小さな身体。
なのに、鋼鉄のように硬く、温かい腕。
ジュリアンが、目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。
自分の腕の中にいたはずの人質が、瞬きする間に奪還されたのだから。
少女は私をそっと地面に降ろし、背中で庇うように立った。
そして、ジュリアンを見据えて言い放つ。
「強い力ばかり集め、下を見ようとしないから……そうやって足元をすくわれるんだ」
まるで、聞き分けのない子供を叱る母親のような口調だった。
ジュリアンが、肩を震わせて笑い出した。
楽しそうに。狂ったように。
彼は何かを少女に言った。言葉は分からないけれど、嘲笑っているのは分かる。
ズズズッ……。
ジュリアンの足元の地面から、黒い円が広がった。
庭園で見た時と同じ、あの気味の悪い闇だ。
(あ……)
泥のような不定形の影が、人の形をとる。
それは、一人の少女の影だった。
魔術学院の制服を着ているけれど、身体の半分がドロドロに崩れている。
私はその子を知らない。
けれど、私を助けてくれた少女は、その影を見て息を呑んだ。
影が、虚ろな目(のような穴)で少女を見つめ、よろよろと近づいてくる。
「……………………」
「………」
影が呻く。
それは、嫉妬と羨望が入り混じった、呪詛のような声だった。
少女の肩が、一瞬だけ震えた。
けれど、彼女はすぐに顔を上げ、悲しげに目を細めた。
その手に握られた短剣は、微塵も揺れなかった。
「ごめん。……もう、眠ってていいよ」
少女が地面を蹴る。
速い。目にも止まらぬ速さだ。
銀色の閃光が走り、すれ違いざまに影の首が宙を舞った。
影は悲鳴を上げることもなく、黒い霧となって霧散し、消滅した。
あまりにも鮮やかな、そして慈悲深い一撃だった。
「他人のトラウマを土足で踏み荒らす……。命を、何だと思っている?」
少女が静かに問う。
その言葉には、煮えたぎるような怒りと、深い悲しみが混ざっていた。
ジュリアンがパチパチと拍手をした。
彼は優雅な仕草で、少女に何かを語りかける。
少女が答える。
「なら、何の為にこんな事をする?」
ジュリアンが答える。長い、長い演説のように。
「………」
「啓示? 一体なにを言っている?」
ジュリアンが空を指差し、陶酔したように語る。
「…⋯⋯⋯⋯…」
「7つの固有魔法を一つに?」
少女の声が強まる。
ジュリアンは首を振り、哀れむような目をした。
「…⋯⋯…」
「なるほど……。しかし、その未来は来ない」
少女がきっぱりと否定する。
ジュリアンが眉をひそめ、「なぜ分かる?」といった風に問いかける。
「……」
「私にも……未来が見えるよ、ジュリアン」
その言葉を聞いた瞬間、ジュリアンが狂ったように笑い出した。
腹を抱え、空を仰ぎ、高笑いをする。
ひとしきり笑い終わると、彼はスッと真顔に戻り、右手を掲げた。
ブワッ。
空間が歪んだ。
世界の色が変わる。
周りの時間が……止まる?
違う⋯
風に舞う木の葉が、空中で静止画のようにゆっくりと動いている。
私たちの時間だけが、極限まで遅くされているのだ。
(身体が……動かない……)
指一本動かすのに、何分もかかるような感覚。
思考すらも泥の中にいるように鈍い。
その中で、ジュリアンだけが普通の速度で歩いてくる。
彼は勝ち誇った顔で、少女に近づいていく。
少女もまた、金縛りにあったように動けない……ように見えた。
ジュリアンの手が、少女の頭に伸びる。
あの時、赤毛の少年の力を奪ったのと同じ仕草。
ーー逃げて。
そう叫びたいのに、声にならない。
ジュリアンの手が、少女の額に触れる。
身体が動く‥時間の速度が戻ってる?
同時に、少女の手が背中に隠していた私の手に触れた。
温かい光が流れ込んでくる。
少女はジュリアンを見据えたまま、ゆっくりと口を動かした。
「お前の見た未来を壊すのは、私じゃないよ」
少女が私の方を向き、優しく微笑んだ気がした。
口の動きだけで、私に告げる。
『あとは……頼んだ』
プツン。
唐突に。
まるでテレビの電源を引き抜いたみたいに、視界が闇になった。
音も、光も、感覚も、全てが消失する。
(え……?)
無重力の暗闇を漂うような感覚。
それが一瞬なのか、永遠なのか分からないまま。
パチッ。
急に視界が開けた。
白い天井。
見慣れた照明。
聴き慣れた、車の走る音と、遠くから聞こえる選挙カーのアナウンス。
私は、ソファの上で呆然と座っていた。
目の前には、見慣れたテレビと、散らかったローテーブル。
「……ここ……」
空気の匂いが違う。
土と緑の匂いじゃない。排気ガスと生活臭の混じった匂い。
そこは、私がよく知っている景色。
地球。
私の家の、リビングだった。
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