13日 堕ちていく断罪の王女
私は馬車に揺られていた。
いったいこの馬車はどこへ向かっているのだろう……。
隣に座るジュリアンの肩に頭を預けながら、私は昨日の出来事を思い出していた。
思い出してはいけないと、本能が警告しているのに。
だって、それを考えるとジュリアンが悲しそうな顔をするから。
でも、心の何処にある違和感が拭えない。
頭に浮かぶのは――昨日の、あの少年のこと。
†==================†
美しい庭園だった。
色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが風に乗って漂ってくる。
私は、ジュリアンの隣に座り、優雅なティータイムを楽しんでいた。
彼は今日も素敵だった。
黄金の髪が陽の光を浴びて輝いている。
言葉は通じないけれど、彼が私に向ける眼差しの優しさだけで、胸がいっぱいになる。
ここには怖いものなんて何もない。
あの恐ろしい偽教師も、言葉が通じない不安も、全て彼が消してくれた。
……はずだった。
ガシャーン!!
突然、庭園の鉄柵が弾け飛び、静寂が破られた。
土煙とともに現れたのは、二人の侵入者。
一人は、赤毛の美少年。まだあどけなさが残るけれど、その目は燃えるように怒っている。
もう一人は、優しそうな男性。腕や足に包帯を巻いている、よく見ると顔にも無数の傷があった。
(……誰?)
私はジュリアンの腕にしがみついた。
見覚えがあるような気がする。
胸の奥がチクリと痛む。
でも、思い出せない。頭の中に白い霧がかかっているみたいに、彼らの顔と名前が結びつかない。
赤毛の少年が、ジュリアンに向かって何かを叫んだ。
激しい口調。糾弾しているようだ。
ジュリアンは、私の肩を抱いたまま、困ったように微笑んで何かを返した。
まるで、聞き分けのない子供を諭すような、穏やかな声で。
すると、少年が私を見た。
その瞳が揺れている。
「ホノカ!!」
え?
日本語?
片言の、でも力強い叫び。
「ホノカ! コッチ!」
ドクン。
心臓が跳ねた。
その声を聞いた瞬間、霧が一瞬だけ晴れた。
私の中から記憶が溢れ出る。
一緒に食べたパンケーキ。
私が不安で泣いている時、優しく「ダイジョウブ」と言って励ましてくれた笑顔……。
――フラン?
そうだ、フランだ。私の友達。私を助けに来てくれたの?
「フラ……ン……?」
私がふらりと立ち上がりかけた、その時。
肩を抱いていたジュリアンの手が、少しだけ強まった。
彼が私を見下ろす。
その紫水晶のような瞳が、私の視線を絡め取る。
『大丈夫だよ』
言葉は分からないはずなのに、意味が脳に直接溶け込んでくる。
甘い、甘い毒のように。
(……あ、れ?)
そうだ。何をしているんだろう、私。
ジュリアンから離れちゃダメだ。
あそこにいるのは、武器を持った野蛮な人たち。
私を連れ去ろうとする悪い人たち。
私は怯えて、ジュリアンの背中に隠れた。
「チガウ! ホノカ!」
フラ――少年が悲痛な声を上げて駆け出そうとする。
その瞬間、彼の前に立ちはだかったのは――一緒に来た包帯の男性。
男性はジュリアンを見据え、何かを言っている。その口調は冷静で落ち着いていた。
ジュリアンも優しい口調で彼に話す。
優しく……とろけるように甘い声で。
突然、男性が少年に剣を向けた。
(え……?)
仲間割れ?
少年が驚愕して足を止める。
男性は無表情だ。
ジュリアンが、クスクスと楽しそうに笑いながら、歌うように何かを呟いている。
男性の剣先が、ガチガチと小刻みに震えていた。
まるで、見えない鎖に縛られている自分自身と戦っているかのように。
額から脂汗が流れ落ち、苦悶の表情を浮かべている。
でも。
ジュリアンがもう一言、何かを囁くと。
ピタリ。
剣の震えが止まった。
男性の瞳から迷いが消え、ただの精巧な人形のように静止した。
少年が孤立した。
信じていた仲間に刃を向けられ、彼は唇を噛み締めた。
赤い血が滲む。
「……ッ!!」
少年が静かに目を閉じた。
次の瞬間、彼の全身から爆発的な光が溢れ出した。
虹色の光。
風が荒れ狂い、庭園の花々が散る。
空気がビリビリと震え、肌が痛いほどの魔力の奔流。
凄い。今まで見たこともないような、圧倒的な力。
でも、その魔力は悲鳴を上げていた。
悲しい……まるで子供が泣き叫んでいるかのように感じた。
その圧倒的な魔力を前にしても、ジュリアンは動じなかった。
台風の中にいるのに、彼の髪一本乱れない。
彼は退屈そうに指を鳴らした。
ズズズ……。
少年の足元の地面から、黒い染みが広がった。
インクのような闇が盛り上がり、人の形を作る。
それは、酷く歪な人形だった。
体中が傷だらけで、継ぎ接ぎだらけ。
影のような、亡霊のような。
でも、少年にはそれが「誰」だか分かったようだった。
「……ニ……ラニ……」
さっきまでの怒気が、一瞬で消し飛んだ。
少年の顔が、恐怖で白く染まる。
ガタガタと膝が震え、杖を取り落とした。
黒い影が、よろよろと少年に近づく。
壊れたおもちゃのような歩き方。
影がゆっくり口を開き、一言だけ……でもしっかりと少年の名前を呼んだ。
「……フラン……」
フランは「ヒッ」と息を呑み、ズリズリと後退りしながら影に何かを叫んでいる。
その声は、助けを求めるような、許しを請うような、絶望的な恐怖に満ちていた。
ズズズ……。
少年の足元の地面から、更に大きな黒い染みが広がった。
インクのような闇が盛り上がり、無数の人の形を作る。
その影は、綺麗なドレスを着た女性と、威厳のありそうな男性。
更にはメイド服の女性や、鎧を纏っている男性など……様々だ。
その全てが、赤黒い傷を負い、少年を見下ろしている。
かつて少年が愛し、そして失った人々が、泥人形となって蘇る。
少年が頭を抱え、耳を塞いだ。
「アァァァァァッ!!」
絶叫。
言葉にならない悲鳴。
子供が、一番恐ろしいお化けに出会った時のような、原初的な恐怖の声。
私は見ていられなくて目を背けた。
何が起きているのか分からない。
でも、あんなに強かった少年が、今はただ泣き叫び、許しを請うように地面に頭を擦り付けている。
壊れていく。心が、音を立てて。
ジュリアンが、優雅に少年へ歩み寄った。
影に怯え、震える少年の頬に、優しく手を添える。
まるで慈愛に満ちた聖人のように。
次の瞬間。
シュゥゥゥ……。
少年の体から、虹色の光が抜けていく。
綺麗な光が、ジュリアンの手のひらへと吸い込まれていく。
少年の瞳から色が失われ、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
終わった。
静寂が戻る。
ジュリアンがパンパン、と手を叩くと、どこからともなく兵士たちが現れた。
倒れている少年と、棒立ちになっている男性に、重そうな手錠をかけていく。
その光景を見ても、私の心は不思議と凪いでいた。
悲しいはずなのに。
大切な誰かが捕まったのに。
涙が出ない。
馬車に乗る際、ふと庭園の隅に目が留まった。
戦いの余波で荒れた地面。
そこに、いつの間にか無数の花が咲いていた。
真黒な百合。
まるで酸化した血を吸って咲いたかのようなその漆黒が、私の視界いっぱいに焼き付いた。
†==================†
馬車が速度を緩める。
目的地に着いたようだ。
ジュリアンが先に降り、優しく私をエスコートしてくれる。
馬車を降りると、その場所には見覚えがあった。
古びた屋敷……まるでお化け屋敷のような洋館。
私の、仮の家だった場所。
その入り口に、一人の少女が立っていた。
こちらを静かに見つめている。
ズキン。
頭が痛い。
私は知っている……その少女を。
少女は、とても美しく、そしてどこか悲しげだった。
「おかえり」
――"いつもと変わらない"優しい笑みで私に言った。
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