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母は、異世界で天下を取る   作者: 松本 蛇
二章 エマ「ダンジョンと手紙」編

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12日 アセビ(馬酔木)の花

 フランとコールが旅立った後の屋敷は、耳が痛くなるほど静かだった。

 私は居ても立っても居られず、ほのかが使っていた部屋へと足を向けた。


 ガチャリ、と扉を開ける。


「……あの子らしいな」


 部屋の中は、見事なまでに散らかっていた。

 脱ぎ散らかした制服、読みかけの参考書、半分開いたままの鞄。

 まるで夜逃げでもしたかのような有様だ。


「全く……帰ってきたら説教だ」


 私はため息をつきながら、散らばった教科書を拾い上げた。

 数学のドリル、英単語帳。

 異世界に来てまで勉強しようとしていた痕跡がいじらしくて、説教をするつもりだった胸の奥が、きゅっと痛んだ。


 ふと、机の下に落ちていた一枚の紙が目に入った。

 さっき騎士団本部で読んだ、あの一通目の手紙だ。

 フランが「何かの役に立つかも」と私に持たせてくれたものだ。


 私はベッドの端に腰を下ろし、再びその手紙を広げた。


『拝啓 お母さん様

 そちらでは、元気にしていますか?』


 のんきな文字。

 まだ平和だった頃の、ほのかが書いた言葉。

 二枚目の、あの血塗れの悲痛な手紙を見た後だと、この何気ない日常報告が、かえって残酷に思える。


(……ん?)


 西日が差し込む窓際で、ふと違和感を覚えた。

 紙を透かすように光が当たった瞬間、文字が二重に見えたのだ。

 表に書かれたインクの文字の下に、うっすらと別の文字が浮かび上がっている。


「裏に……何か書いてある?」


 私は手紙を裏返した。

 一見すると、ただの裏紙だ。何も書かれていない。


 ドクン。


 その時、私の胸元でアルクのネックレスが微かに熱を持った。

 それに呼応するように、手紙の裏面にこびりついていた汚れ――血痕が、じわりと滲み出し、文字の形へと変わっていく。


「これは……魔法による隠蔽?」


 浮かび上がった文字は、ほのかの筆跡だった。

 だが、表の手紙のような幼い文字ではない。

 鋭く、走り書きのような、切迫した大人の筆跡。

 ……未来のほのかが書いたものだ。


『貴方にこんな事を頼むのは、間違っているかも知れません』


 冒頭の一文。

 これは、私(母)に宛てたものではない。

 だとしたら、誰に?


『でも、貴方以外に頼れる人がいない。

 私とフランはもう直ぐ死にます……この手紙と貴方が、最後の希望』


 私は息を呑んで読み進める。


『あいつの狙いは、貴方の力なの。

 貴方の力で繋げようとしてるの。地球と、この世界を。

 だから渡したらダメ。奪われたらダメ。

 地球もこの世界も、ぐちゃぐちゃになる』


(私の力……? アルクの白魔法のことか?)


『科学の力も、巨大なアイツの力には遠く及ばない。

 私が馬鹿だったから……奪われた。

 貴方の力が……母とエマを繋いでいると知らずに』


 文字が乱れている。後悔と懺悔が滲み出ている。


『今ならまだ……アイツの力は完成してないから。

 勝機はある。

 でもそれでも、今のアイツは4つの固有魔法を持っている』


「4つ……だと?」


 虹色魔法使いは、世界に7人しかいないはずだ。

 現在確認されているのは、フランと私……あとオルバ。そしてユノリア国の虹ジュリアン。

 奴は既に、他国の虹狩りを終えているということか?


『魅了だけじゃない。

 私が知っているだけでも3つ。

 未来予知。

 そして――吸収。

 アイツに触れたらダメ。

 固有魔法が奪われる……アイツは私を使って、全力で奪いに来るわ』


 背筋が寒くなった。

「私を使って」。

 つまり、ほのかを人質にするだけでなく、ほのか自身を武器として、あるいは罠として使うということか。


『私とフランが考えたプランがある。

 この手紙が届いたら……そのプランに従って。

 ごめんなさい。

 貴方が一番辛いのに……。

 でも、貴方の友達を……守るために。

 憎しみを忘れて協力して欲しい』


 そして、最後の一文に、宛名が記されていた。


『どうか……皆を。

 私の母を……エマを守って。


 ――アルク』


「……アルク」


 私は胸元のネックレスを握りしめた。

 そうか。この手紙は、私の中の「エマ」と、ネックレスに眠る「アルク」に宛てたものだったんだ。

 未来のほのかは知っていたのだ。

 今、私の中に彼がいることを。


 手紙の下部には、詳細な作戦内容が記されていた。


「なるほど……」


 私は震える手で、ほのかの勉強机にあったノートを破り、その作戦内容を一言一句書き写した。

 最後の一文字を書き終えた瞬間。


 ボッ。


 手紙が、青白い炎に包まれた。

 熱さはなく、ただ静かに燃え上がり、灰も残さずに消滅した。

 役割を終えたと言わんばかりに。


「託されたんだな……」


 私は書き写したメモをポケットにしまい、強く拳を握った。

 未来の娘の覚悟。そして、それを過去へ送り出した未来のフランの執念。


 その時。

 屋敷の玄関の方で、騒がしい音がした。


 誰かが来た?

 フランたちが戻ってきたのか? いや、早すぎる。


 部屋のドアがゆっくり開かれた。

 立っていたのは、屋敷を管理している老婆のメイドだった。

 いつになく慌てている。


「エマ様! 大変です!」

「どうした?」

 私は冷静を装って尋ねた。


「ほ、ほのか様が……帰って来ました!」

「えっ!?」


 予想外の言葉に、思考が停止する。

 帰ってきた? 自力で?

 フランたちはすれ違いになったのか?


「無事なのか!?」

「はい、お怪我はないようですが……」

 老婆は、真っ青な顔で続けた。


「……連れが、おります」

「連れ?」

「はい。ユノリア国より、ほのか様を送り届けてくださった方が……」


 嫌な予感が、背中を駆け上がった。

 さっき読んだ手紙の警告が、脳内で警鐘を鳴らす。


「貴方に会いたいと、申しております」

「誰だ?」


 老婆は震える唇で、その名を告げた。


「ユノリア国第2王子……ジュリアン様です」


 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。


 最悪のタイミングだ。

 奴が来た。

「吸収」と――「未来予知」を持つ化け物が、堂々と正面玄関から入ってきたのだ。


 ーージュリアンがここに来たって事は、フランたちは‥どうなった?

まさか⋯


(落ち着いて)

 ――エマは、私に言い聞かせる。

 パニックになっちゃだめ。

フラン達はきっと大丈夫だから

 それに相手は、私たちが「手紙(未来の情報)」を持っていることには気づいていない⋯だから


ーーまだ、手札はある。



「……通して」


 私は覚悟を決めて、部屋を出た。

 胸元のアルクのネックレスが、私の鼓動に合わせて熱いほどに脈打っていた。


 ふと、廊下の隅に目をやると異世界には有り得ない花が小さく咲いていた

 小さな白い壺のような花が、房になって垂れ下がっている。

 季節の訪れを告げる、可憐な花。

 私はその花を知っていた


 ――アセビ(馬酔木)


 見た目は可愛らしいが、葉にも花にも神経を麻痺させる毒がある。

 そして花言葉は、たしか。


「……『犠牲』」



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