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母は、異世界で天下を取る   作者: 松本 蛇
二章 エマ「ダンジョンと手紙」編

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11日 拝啓 お母さん様

 騎士団本部の一室は、鉛のように重苦しい空気に支配されていた。

 私は落ち着きなく部屋を行ったり来たりしていた。

 じっとしていられない。今この瞬間も、ほのかがどこかで怯えているかもしれないと思うと、心臓が早鐘を打って痛いのだ。


「……ほのかの事は、一旦団長に任せよう」


 フランが、私の焦燥を見透かしたように静かに言った。


「任せる? どうやって! 現状、ほのかが何処にいるのか場所もわからない、罠かもしれないんだぞ! それに……」

「それに?」

「相手はあのグリム(偽ラノック)だ。手段を選ばない卑劣な手を使う」


「だとしても……団長は強いよ。エマ君よりもね」


 フランは淡々と言い放った。

「君は見たことがないかもしれないけれど、団長の強さは規格外だ。対戦した僕が一番よく知っている」


「だけど……!」


 私が反論しようとした時、大きな手が、私の肩に優しく置かれた。

 コールだった。

 彼は松葉杖をつきながら、私に視線を合わせるように身を屈めた。


「フランの言う通りだ。……心配するなとは言わない。でもお願いだエマ、私たちを少し信用して欲しい」


 コールの表情は穏やかだったが、その瞳の奥には深く沈殿した悔しさがあった。

 本来ならば、彼こそが最前線で指揮を執り、民を、そしてほのかを守るべき立場だった。

 それが怪我で動けず、誰かに頼ることしかできない。その歯痒さが、痛いほど伝わってくる。


「それよりもエマ……今は他に、する事があるんじゃないのか?」


 コールは視線を私から移し、テーブルの上を指し示した。

 そこには、魔術学院のダンジョン最下層――氷漬けの『ヌシ』の足元から持ち帰った一通の手紙が置かれている。


 フランが深く頷く。

「エマ……この手紙が今この場所にあるのは、きっと理由があるはずだよ。『今』読まないとダメなんだ……そんな気がする」


 私は一度大きく深呼吸をして、心を落ち着かせた。

 二人の言う通りだ。パニックになっていても事態は好転しない。

 厳重に施されていた封印は、先ほどフランの手によって解かれたばかりだ。


「……読むよ」


 私は意を決して手紙を広げた。

 指先が震える。この紙の質感、そしてインクの匂い。間違いない。これが地球の紙である事が、触れただけで分かる。


『拝啓 お母さん様』


 冒頭の一行目。

 胸が締め付けられる。見慣れた、少し丸くて癖のある筆跡。

 紛れもなく、私の娘――ほのかの字だった。


「『そちらでは、元気にしていますか?

 こちらは相変わらず、洗濯物が山盛りで、父はネクタイを見つけられずに毎朝大騒ぎです。

 ……あの人、たぶん一生あのままだと思います。

 お母さんがいなくなってから、家の中は火が消えたみたいに静かで……』」


 読み上げながら、視界が滲む。

 何気ない日本の日常風景。

 これは、ほのかが異世界に来る前――夏休みが始まる前に、仏壇の私(遺影)に向かって書いた手紙のようだ。


 だが、手紙の後半で、文面は急に色を変える。


「『でもね、最近少しだけ楽しいこともあったの。

 私、初めて友達ができたよ。

 それとね……お母さん。

 私……好きな人ができました』」


「――は?」


 思わず、私の口から素っ頓狂な声が漏れた。

 好きな人?

 ほのかに?

 あの色気より食い気、恋愛偏差値ゼロの娘に?


(大輔が読んだら発狂する内容だな)


 さっきまでの湿っぽい空気が、一瞬で吹き飛んだ。


「どうしたの? エマ」

 フランが不思議そうに顔を覗き込む。

「い、いや……なんでもない。続きがあるみたいだ」


 私は動揺を隠し、手紙を裏返した。

 そこにはもう一枚、便箋が重なっていた。


「……っ」


 私の息が止まった。

 一枚目ののほほんとした内容とは似ても似つかない。

 乱れた筆跡。走り書き。

 所々に、涙の跡のような滲みがある。


「『ごめん。

 私が間違っていた……。

 私がもっと大人だったら……。

 もっとしっかりしていたら。


 あの時……お母さんを信じていれば。

 あんな奴の言葉を、信じなければ。


 お母さんは死ななかったのに……』」


「……え?」


 私が死ぬ?

 私は今、ここに生きている。死んだのは地球での肉体だけだ。

 どういうことだ?

 それに「あんな奴」とは……?


「『私が……私が……』」


 文字はそこで一度途切れ、黒いインクの染みが広がっている。

 そして、その下には、鬼気迫る筆圧で続きが書かれていた。

 文字のひとつひとつが、震えている。

 まるで、書いている手が悲しみと恐怖で痙攣していたかのように。


「『今、私とフランは最後の力で、過去のお母さんに届くように、この手紙を書いてます。

 もし、この手紙がお母さんに届いたなら、まだ間に合う。

 お願い……お母さん。

 私がまだ私でいる前に。

 お母さん、全ての元凶。

 全ての黒幕は……ユノリア第2王子……

 ――ジュリアン』」


 その名前が出た瞬間、室内の空気が凍りついた。

 ユノリア王国第2王子、ジュリアン。


「『あんな奴に……。

 騙される前に……。

 馬鹿な私を……止めて……』」


 手紙はそこで終わっていた。

 最後の行には、一言だけ。


「『大好きだよ』」


 その文字は、赤黒く変色した血で書かれており、滲んでいて最後までは読めなかった。


 沈黙。

 誰も言葉を発することができない。

 未来からの手紙。私が死に、ほのかが何か取り返しのつかないことになる未来。

 そして、さっきの「好きな人ができました」という言葉が、不気味な意味を持って脳裏に蘇る。

 あれは、ただの恋の報告じゃない。

 騙されている――洗脳されている過程の報告だったのか?


「これは……本当に未来から? 君の娘が?」

 コールが、信じられないという顔で呻くように言った。

「にわかには信じられないが……」


「いや、本当だと思うよ」

 フランが断言した。彼の手が微かに震えている。


「何故だ?」

「魔法は確かに僕の魔法だった……自分自身の魔法だからわかる。そして……固有魔法もだ」


 フランは自分の手を見つめ、苦しげに言った。


「フランの固有魔法は『速度』だろう? 時間を操れるのか?」

 私の問いに、フランは首を振る。


「通常なら無理だ。でも……恐らく、未来の僕は限界値を超えて固有魔法を使ったんだと思う」

「限界値を……?」

「ああ。エマもやったじゃないか。あの黒い魔法だよ」


 オルバとの戦闘の記憶が蘇る。

 怒り、憎しみ、そして悲しみ。負の感情を燃料にして爆発させた、あの禍々しい力。


「速度を遅くする……その概念を極限まで拡張して、時間を『巻き戻す』どころか、過去に干渉する領域まで踏み込んだんだ。ダンジョンごと飛ばしたんだと思う」

「そんなことが……」


「でも、代償は大きかったはずだ」

 フランは悲痛な面持ちで、手紙の血痕を見つめた。

「本人は? ダンジョンごと飛ばせるなら、手紙じゃなくて自分が来たほうが早いだろう?」

 コールのもっともな指摘に、フランは静かに答えた。


「なにか……行けない理由があったかもね。それか……」

「それか?」

「途中で、僕が死んだか……」


 ……。

 重苦しい沈黙が、部屋を支配する。

 未来のフランは死んだ。

 そして、未来のほのかも、恐らく無事では済んでいない。


 その時。

 コンコン、と控えめなノックの音が響いた。

 入ってきたのは、一人の騎士団員だった。


「失礼します。……ユノリア国より、早馬で伝令が届きました」


「ユノリアから?」

 コールが眉を跳ね上げ、書状を受け取る。

 中身を一読した彼の表情が、みるみるうちに険しくなった。


「……『ほのか様を保護している。返還を望むなら、ユノリア国へ来られよ』……だと」

「誰からだ?」

「ユノリア第2王子、ジュリアン」


 その名前に、私とフランの身体が強張る。

 手紙に書かれていた黒幕の名。


「続けて、指名がある。『アスガルド第2の虹色魔法使い……エマ様』」


「私を指名か……」


「行ったらダメだよ」

 フランが即座に否定した。


 続けてコールが言う。

「ジュリアンは知っている。ユノリア国の虹だ」

「相手は虹だ。しかも固有魔法は相手を洗脳する『魅了』だよ。エマが行けば、思う壺だ」

「しかし……ほのかが人質だ」


「――なら、僕が一人で行く」

 フランが立ち上がった。


「なっ……私を置いていく気か!?」

 私は食い下がったが、フランの瞳は揺るがなかった。


「エマ、君はここで待っていて欲しい。相手の狙いが君なら、君が動かないことが最大の防御になる。それに……この手紙にはまだ何かある気がするんだ」


 フランの視線が、私の手の中にある手紙に落ちる。


「未来の僕らが、ただ『危ない』と伝えるだけで終わるはずがない。……もっと、何か具体的な『策』を残しているはずだ。エマ、それを探してくれ」


「策……」

 コールも頷き、フランの肩に手を置いた。

「なら私が同行しよう」

「無理だね、傷が治っていない。まともに歩けない状態では足手まといだよ」

 とフランが即答する。


「戦いに行く訳ではない。君は戦争でもしに行くつもりか? 君は騎士団の総長だ。アスガルド国の代表として行くんだぞ」

「……」

「君の発言一つで、すぐに国家間の戦争になる……君にその責任が取れるのかい?」


 コールの言葉は強く、そして重かった。

 フランは押し黙る。


「申し訳ないが、君は最強の虹かもしれないが……交渉や対話の部分ではまだ子供だ。だから私が同行すると言っている」

 コールはニヤリと笑い、続けた。

「なぁに、戦闘になればこの身体だ。盾にでも使えばいい」


「……わかったよ。本当に盾に使うからね」

「構わない」

「ちぇっ……食えない人だな、副団長は」

「お互い様だな」


 二人の間に、不器用な信頼のようなものが生まれたのを感じた。

 (この二人、仲良くならないものだろうか……)と千尋は心の中でため息をつく。


「これはプレゼント」

 フランはコールの肩に手を乗せた。

 淡い光が、コールの全身を包み込む。


「副団長の自己治癒速度を速くしたよ。あのクソオルバの再生まではいかないけど……明日の朝には、杖なしで歩けるぐらいにはなってると思うよ」

「なるほど……有難う」

「ふんっ」


 少し距離が縮まったか……と千尋は思った。


 翌日。

 フランとコールは、ユノリア国へと旅立っていった。


 広い部屋に、私一人が残された。

 窓の外を見る。

 アスガルドの空は晴れているのに、ユノリアの方角には、重苦しい入道雲が立ち込めているように見えた。


 フランとコール。最強の二人だ。

 けれど、私の胸のざわめきは消えない。

 むしろ、どんどん大きくなっていく。


 ――お母さん、騙される前に止めて。


 手紙の文字が、脳裏に焼き付いて離れない。

 未来の私が死に、フランが命を賭して過去を変えようとした相手。

 そんな怪物の元へ、大切な家族たちが向かってしまった。


(嫌な予感がする……)


 私は無意識に、自分の胸元――アルクのネックレスを強く握りしめた。

 冷たい金属の感触だけが、今の私を繋ぎ止めていた。


 歯車はもう、狂い始めているのかもしれない。

 取り返しのつかない方向へ。


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