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母は、異世界で天下を取る   作者: 松本 蛇
二章 ほのか編

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10話 黒百合の花

 目が覚めると、そこは天国だった。


 ……いや、正確には天蓋てんがい付きのベッドの上だった。


 ふかふかの羽毛布団。肌触りの良いシルクのシーツ。


 窓からは柔らかな日差しが差し込み、小鳥のさえずりが聞こえる。


「……ここ、どこ?」


 私は起き上がり、辺りを見回した。

 広くて豪華な部屋だ。フランの屋敷(廃墟)とは比べ物にならないほど、家具も装飾も洗練されている。


 部屋の隅には、見知らぬメイド服の女性が控えていた。

 私が起きたことに気づくと、彼女は深くお辞儀をして、部屋を出て行った。


 しばらくして、ドアがノックされた。

 入ってきたのは、あの時の――森で偽ラノックを消した、金髪の青年だった。


「……!」


 私は反射的に布団を被って身構える。

 怖い。あの時、彼は笑顔で人を殺した。

 言葉は通じない。何をされるか分からない。


 青年は、怯える私を見て苦笑し、両手を上げて「敵意はない」というポーズをとった。


 そして、サイドテーブルに置かれていた『文字盤』を指差した。


 私がフランから借りていた、異世界語の翻訳アイテムだ。私の荷物が、そこにまとめて置かれていたのだ。


 私は恐る恐る文字盤を手に取る。

 青年が何かを話し、指で空中に文字を書くジェスチャーをした。

 私は文字盤を操作し、彼の言葉を日本語に変換する。


『おはよう。気分はどうだい?』


 ……普通だ。

 もっと脅されたり、尋問されたりすると思ったのに。


『……あなたは誰? ここはどこ?』

 私は震える指で文字盤に入力し、彼に見せる。


 彼は優雅に微笑み、答えた。

『僕はジュリアン。この国、ユノリアの第二王子だ。ここは僕の離宮だよ』


 王子様!?

 私は目を見開いた。

 確かに、このキラキラしたオーラと美貌は、タダモノではないと思っていたけれど。


『君を驚かせてすまなかったね。部下の不始末を詫びるよ』


 ジュリアンは胸に手を当て、深々と頭を下げた。


『部下……あの、偽物のラノック先生のこと?』


『そうだ。彼は独断で暴走し、君を誘拐した。僕はそれを止めるために追っていたんだ。……怖い思いをさせてごめんね』


 文字盤に表示された謝罪の言葉。

 けれど、私の奥底で、小さな棘がチクリと刺さった。


(……本当?)


 脳裏に、昨夜の光景がフラッシュバックする。

 偽ラノックは、ジュリアンを見て安堵していた。すがりついていた。


 それを彼は、慈悲もなく――まるでゴミを処理するように消した。


 暴走した部下を止めるにしては、あまりにも口封じめいていなかったか?

 あの冷徹な処刑は、正義の味方のそれだったのか?


(……)


 私が迷っていると、ジュリアンが悲しげに眉を寄せ、私の手をそっと両手で包み込んだ。


 人肌の温もりが、冷え切った指先から伝わってくる。


 彼と目が合った。

 紫水晶のような瞳は、どこまでも澄んでいて、私の不安を吸い込んでいくようだった。


(……考えすぎ、かな)


 ふと、そんな気がした。

 だって、彼は一国の王子様なのだ。

 悪人を処罰するのに、甘い顔なんてしていられないのかもしれない。

 それに何より――彼は私を傷つけなかった。


 あの化け物から、私を救い出してくれた。


 その事実だけで、十分じゃないか。

 彼の手の温かさが、こわばっていた私の心をゆっくりとほどいていく。

 疑うよりも、信じるほうがずっと楽で、温かい。


 私は、胸に湧いた小さな違和感に蓋をした。


 目の前の彼は、こんなにも優しく微笑んでいるのだから。


 あの時、彼が偽ラノックを始末したのは、私を守るためだったの?


『君は、僕の大切な……お客様だ。怪我はないかい?』


 彼は私の手を取り、そっと撫でた。

 その瞬間。

 ドクン。

 胸の奥が、甘く痺れた気がした。

 彼の手は温かくて、大きくて……とても安心する。


(……あれ? 私、なんで警戒してたんだっけ?)


 恐怖心が、お湯に溶ける砂糖みたいに消えていく。

 彼が悪い人なわけがない。

 こんなに綺麗な目をして、こんなに優しく私の心配をしてくれているんだから。


 それからの日々は、夢のようだった。

 ジュリアンは忙しい公務の合間を縫って、毎日私に会いに来てくれた。

 言葉は通じない。

 でも、文字盤を通した会話は、驚くほど弾んだ。


 彼は私の拙い言葉を、すべて拾ってくれる。

 私が地球の話――学校のことや、美味しいご飯のことを話すと、彼は目を輝かせて聞いてくれた。


『君の世界の話は面白いね。もっと聞かせてほしいな』

『君は聡明だね』

『その服、よく似合っているよ』


 彼は私を褒めてくれる。

 肯定してくれる。

 私の存在すべてを、受け入れてくれる。


 食事も豪華だった。

 私が「甘いものが好き」と言えば、翌日には見たこともない宝石のようなスイーツが山のように運ばれてきた。

「花が好き」と言えば、部屋中がバラの花で埋め尽くされた。


(フランやお母さんは、どうしてるかな……)


 ふと、家族のことを思い出す。

 心配しているかもしれない。帰らなきゃ。

 そう思ってジュリアンに伝えると、彼は悲しそうな顔をした。


『もちろん、帰れるよ。でも……もう少しだけ、ここにいてくれないかな?』


 彼は私の手を取り、潤んだ瞳で見つめてくる。


『君といると、心が安らぐんだ。……僕はずっと、孤独だったから』


 孤独。

 その言葉が、私の胸に突き刺さる。

 王子様なのに、寂しいの?

 私なんかで、彼の寂しさが埋まるなら……。


 ズキリ。

 頭の片隅で、小さな警鐘が鳴った気がした。

 ――本当に? 家に帰らなくていいの?

 でも、その痛みはすぐに、甘い熱に塗りつぶされていく。


(もう少しだけなら……いいよね?)


 私はいつの間にか、文字盤を使わなくても、彼の気持ちが分かるような気がしていた。

 彼が微笑むだけで、胸がいっぱいになる。

 彼がそばにいるだけで、世界が輝いて見える。


 ある夜。

 バルコニーで、彼と二人きりで月を見ていた。

 彼は私の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。

 言葉の意味は分からない。

 でも、その響きが何処までも優しかった


 ――それは、どこから来るのだろう。

 いつも突然現れて、人の心を焦がしてゆく。


 私は部屋に戻り、机に向かった。

 ペンを取り、手紙を書く。


 溢れ出しそうなこの気持ちを。

 どうしても、誰かに伝えたかった。


『拝啓 お母さん様』


 ペンが滑るように進む。

 あんなに帰りたかったのに、今はここが一番安全な場所のように思える。


 手紙の最後に、私は震える手で書き記した。


『お母さん。

 私……好きな人ができました』


 窓の外では、ジュリアンが優しく微笑んで、私を見て手を振っている。

  風が吹く‥優しく甘い風が‥

  私の心を変えて甘く塗り替えていく

  ーー まるで「恋」と言う漢字そのままに


 私を見つめる彼の側には

 綺麗な黒い百合の花が咲いていた。

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