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母は、異世界で天下を取る   作者: 松本 蛇
二章 ほのか編

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9日 悪夢と白銀の剣

「ごちそうさまでした!」


 私は、路地裏にある隠れ家的なカフェ『黒猫のしっぽ亭』を出て、満足げにお腹をさすりながら帰路についた。


 いやぁ、凄かった。

 今日食べた『ボムボム岩・プリン・アラモード』は、まさに衝撃的だった。

 見た目は、プルプルと揺れる黄金色のカスタードプリン。その周りを彩るフルーツと生クリーム。

 でも、スプーンですくって口に入れた瞬間――。


 ボォン!!


 と、口の中で小規模な爆発が起きたのだ。

 比喩ではない。本当に爆発した。

 「痛っ!?」と涙目になった直後、焦げたカラメルの香ばしさと、濃厚で滑らかな卵の甘みが、爆風と共に口内全域を制圧するのだ。

 まさに、アメとムチ。暴力的なまでの美味しさ。

 舌の上でとろけるカスタードの余韻は、さっきの爆発の痛みさえも快感に変えてしまうほど。

 あれは、魔性のスイーツだ。日本に持ち帰ったら、絶対に行列ができるに違いない。


「はぁ……幸せ。次はどのお店に行こうかなぁ」


 今日の夕焼けは一段と綺麗だ。

 口の中に残る甘い余韻に浸りながら、人気ひとけのない路地を歩く。

 フランの屋敷への近道だ。


 その時だった。


 グラリ。

 急に、視界が大きく歪んだ。


「……あれ?」


 立ちくらみ?

 糖分を摂りすぎたから?

 いや、違う。地面がぐにゃりと曲がって、足に力が入らない。


「な、に……これ……」


 私はバランスを崩し、近くの家の石壁にドサリと肩を預けた。

 ザラザラとした壁の感触が背中を擦る。

 立っていられない。ズルズルと体が沈んでいき、そのまま冷たい石畳に座り込んだ。


 強烈な睡魔が襲ってくる。

 まぶたが、鉛のように重い。

 視界の端から、世界の色が失われていく。鮮やかだった夕焼けの赤が、くすんだ灰色に塗りつぶされていく。


(だめ……寝ちゃ、だめ……)


 本能が警鐘を鳴らしているのに、指一本動かせない。

 

 カシャン、カシャン。

 金属が触れ合うような、硬い音が聞こえた。

 誰かが近づいてくる?

 一人じゃない。二人……いや、もっと?


 誰かが、私を呼んでいる気がする。

 低い声。異世界の言葉。

 何を言っているのか分からない。


 ビチャッ。


 突然、顔に冷たい液体がかかった。

 雨?

 ううん、違う。

 生暖かいような、鉄の臭いがするような……。


 薄れゆく視界の中で、頬を伝う雫を見る。

 

 ――赤い。


(血……?)


 なんで?

 どうして血が?

 誰の血?


 思考が、泥沼に沈むように止まっていく。

 恐怖を感じる暇さえなかった。

 最後に見たのは、私を覗き込む誰かの影と、視界を完全に覆い尽くす深い闇だけだった。

 揺れている

 ガタガタ、ゴトゴトと。

 硬い木の板が背中に当たって痛い。


(……ここは、どこ?)


 目を開けようとするけれど、まぶた が鉛のように重い。

 頭の中には濃い霧がかかっていて、思考がうまく繋がらない。

 さっきまで、私は何をしていたんだっけ?

 そうだ、フランの家のお金で、街へご飯を食べに行って……。

 美味しいお肉の匂いがして、お店に入って……。


 そこから先が、思い出せない。


「ギ、ガァッ……ルガ!」


 突然、怒鳴り声が聞こえた。

 耳をつんざくような鋭い音。

 日本語じゃない。英語でもない。

 この世界に来てから何度も聞いた、喉を鳴らすような独特の響き。

 何を言っているのか、さっぱり分からない。


 ガクン! と身体が大きく跳ねた。

 馬車……だろうか。それが急停止したようだ。

 私は床に投げ出された。

 手足を動かそうとしたけれど、何かに縛られているみたいに動かない。

 痺れているような、力が入らないような、奇妙な感覚。


「……うぅ」


 必死に薄目を開ける。

 視界がぼやけている。

 夕暮れ……いや、夜だろうか。薄暗い森の中にいるみたいだ。


 目の前に、誰かが立っていた。

 優男風のシルエット。眼鏡をかけている。


 見覚えがある。

 この人は……ラノック先生?


 以前、フランや母には内緒でこっそり行った『異世界グルメ・食材探し』の時だ。


 変質者カインさんと三人で、あの『餅みたいな白うさぎ』を狩りに行った時の、即席パーティメンバー。


 あの時、先生は運動不足なのに必死で山を登ってついてきてくれた。

 私がマッチで火種を作ったときも、拍手して笑顔で褒めてくれた。

 知的で、優しくて、素敵な先生だったはず。


(あの時……一緒にミートパイを食べたかったな)


 そんな場違いな感傷がよぎるほど、私の中の彼は「善人」だった。


(助けに来てくれたの……?)


 安堵しかけた、その時だった。

 ラノック先生が、私を見て笑った。

 その笑顔が、あまりにも歪んでいたから。

 背筋が凍りついた。


 彼は何かを短く喋ると、自分の顔に手をやった。

 グニャリ。

 粘土細工のように、彼の顔が崩れた。

 眼鏡が落ち、鼻が伸び、目が細くなる。

 一瞬で、全く知らない男の顔に変わった。


(ヒッ……!)


 悲鳴を上げようとしたけれど、喉が張り付いて声が出ない。

 誰? 化け物?


(嘘……だよね?)


 頭の中で、あの日の記憶がフラッシュバックする。


 山道で息を切らしていた先生。

 魔法で援護してくれた先生。

 笑顔で別れた先生。


 あの時も……あの時から、ずっと?

 私は、笑顔で肉を焼いてくれたこの


「化け物」と一緒に、白うさぎ討伐をしていたの?


 胃の奥から酸っぱいものがせり上がってくる。


 恐怖よりも生理的な嫌悪感が、私の思考を白く染めた。

 男は私を見下ろして、また何かを言った。嘲笑うような響き。


 その時。

 ドォォォォォォン!!

 鼓膜が破れそうな爆音が響き、男の背後の木々が吹き飛んだ。


 何? 何が起きたの?


 土煙の中から、一人の男が歩いてきた。

 巨大な……あまりにも巨大な「鉄の塊」を背負った男。

 身長は二メートル近いだろうか。

 全身から放たれる威圧感が凄すぎて、見ているだけで肌がピリピリと痛む。


(あの人は……!)


 その人にも会った事がある。

 食材探しの時、前衛をしてくれた上半身裸の人。確か……カインさん?

 巨大な剣で、白うさぎを狩ってくれた人だ。


 カインさんは少し語尾を荒げて、顔の変わったラノック先生――偽物に何かを叫んでいる。

 会話の内容はわからない。

 でも、カインさんの表情は、今まで見たことがないほどの怒りに満ちていた。鬼のような形相だ。


 偽物が、鼻で笑った。

 両手に持った二本の短剣を、ジャグリングのように弄ぶ。

 次の瞬間、姿が消えた。


 キンッ! キキキンッ!

 火花が散る。

 速い。目で追えない。

 偽物がカインさんの周りを飛び回りながら、短剣を突き出している。

 でも、カインさんは動かない。

 背負っていた大剣を盾のように構え、全ての攻撃を弾いている。


「グガァァッ!」

 偽物が叫び、短剣を振り下ろした。

 刃の先から、激流のような水が噴き出した。

 鉄をも断ち切りそうな高圧の水流が、カインさんに直撃する。


(危ない!)


 私は思わず目を瞑りかけた。

 けれど――。


 ジュウウウウウウ……!

 カインさんの大剣が、うなりを上げた。

 水が……消えた?

 違う、吸い込まれている。

 あの無骨な鉄の塊が、スポンジのように水を飲み込んでいく。


 偽物の目が、驚愕で見開かれた。

 何かを叫んでいる。「バカな」とか「ありえない」とか言っているのかもしれない。顔を真っ赤にして、激しく喚いている。


 カインさんは無言のまま、大剣を横に薙いだ。

 ブォン!

 剣から、目映いばかりの白い光が放たれた。

 衝撃波だ。

 偽物が紙切れのように吹き飛ばされ、木に激突する。


「……す、すごい」


 でも、偽物はすぐに立ち上がった。

 怒り狂っている。髪を振り乱し、全身から殺気を撒き散らしている。

 彼はカインさんを指差し、唾を飛ばして何かを罵った。

 カインさんの戦い方が気に入らない……そんな雰囲気だ。


 カインさんは、静かに大剣を構え直した。

 今度は、剣の刀身が赤熱し始めた。

 ボッ!

 剣が炎を纏う。

 魔法使いじゃないはずのカインさんが、炎の剣を持っている。


 偽物の顔が、恐怖と、それ以上の屈辱で歪んだ。

 カインさんが踏み込む。

 地面が割れる。

 速い。あの巨体からは信じられないスピード。


 ゴォォォッ!

 炎の一撃。

 偽物は短剣で受けようとしたけれど、重さと熱量に耐えきれず、武器ごと弾き飛ばされた。


「ガハッ……!」

 偽物が地面を転がる。

 勝った。カインさんの勝ちだ。


 カインさんが、私の方へ歩み寄ってくる。

 助かったんだ。

 私は安堵で涙が滲んだ。


 でも――。


 倒れていた偽物が、ニヤリと笑った気がした。

 彼の体が、フワリと白く解けた。

 水蒸気? 霧?


 視界が真っ白に染まる。

 冷たい湿気が、私を包み込んだ。


「!? オ、オォォォッ!」

 カインさんの怒号が聞こえる。

 でも、その声は遠い。

 身体が浮遊する感覚。

 私は霧の中に飲み込まれ、カインさんの手が届かない場所へと連れ去られていった。


          *


 ドサッ。

 硬い地面に落とされた。

 全身が痛い。

 霧が晴れると、そこはまた別の森の中だった。月明かりだけが頼りだ。


「ゼェ……ゼェ……」

 私の横で、霧から人の姿に戻った偽物が、血を吐いてうずくまっていた。

 カインさんの最後の一撃が効いているのか、左腕が不自然に曲がっている。

 彼は懐から通信機のような石を取り出し、必死に誰かを呼んでいる。


 その時。

 森の奥から、複数の足音が近づいてきた。

 カシャ、カシャという金属音。鎧の音だ。


 現れたのは、整列した兵士たち。

 そしてその中心に、一人の青年がいた。

 金色の髪に、透き通るような白い肌。

 夜なのに、彼だけが発光しているみたいに美しい人。

 でも――怖い。

 その微笑みは、作り物みたいに冷たかった。


 偽物が、救われたという顔で青年に這い寄っていく。

 何かを必死に訴えている。

 「任務完了です」とか「助けてください」とか言っているのだろうか。


 青年は優しく微笑み、偽物の頭に手を置いた。


 次の瞬間。

 バシュッ。

 嫌な音がした。

 偽物の頭が、割れたスイカのように潰された。


 偽物の体から力が抜け、動かなくなる。


(え……?)


 私は理解が追いつかない。

 仲間じゃなかったの?

 青年は、汚れた手をハンカチで拭きながら、私の方を向いた。

 美しい顔で、私を見下ろす。

 その瞳が、妖しく光った気がした。


「……」


 彼は私に手を差し伸べ、何かを囁いた。

 言葉は分からない。

 なのに、なぜだろう。

 彼の声を聞いた瞬間、頭の中の霧が、甘い色に染まっていくような……。

 抗えない眠気が、私を襲った。


(お母……さん……)


 私の意識は、そこでプツリと途絶えた。


【作者より】

今回登場したラノック先生やカイン団長との「幻のグルメ旅」は、別連載のスピンオフ**『ほのかの孤高の異世界グルメ』**で描かれています。

「あんなに優しかった先生が……」という落差を楽しみたい方は、ぜひそちらも読んでみてください。(※飯テロ注意)


スピンオフ作品

『ほのかの孤高の異世界グルメ 』も合わせて読んでいただけたら幸いです、

https://ncode.syosetu.com/n3966ln/


XやInstagramも初めました。

小説の挿絵や裏話など呟いてますのでお時間があれば是非!


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