虹色に光る石
嫌な予感は、いつも当たる。
その日は、父の畑仕事を手伝った帰りだった。
夕暮れの土の匂い。汗と風。
――いつも通りの、静かな日だったはずなのに。
家に戻ると、アルクの両親がいた。
その顔を見た瞬間、話を聞く前から胸の奥がざわついて、吐き気が込み上げてきた。
アルクの父が、震える声で言った。
「……アルクが、死んだ」
世界が、音を立てて崩れていくような気がした。
アルクは首都で貴族見習いをしていた。
けれど、貴族同士の戦争に巻き込まれたという。
この世界では珍しくないこと。
でも犠牲になるのは、いつだって“関係のない人たち”だった。
差し出されたのは、アルクの遺品。
肌身離さずつけていたネックレス。
半分焼け焦げ、血に染まった衣服。
その痛々しい残骸が、戦場の現実を突きつけてきた。
数日後、街で葬儀が行われた。
「この街で初めての、貴族以外の魔力持ちの死」。
その特別さもあって、街中の人々が集まっていた。
すすり泣く声に包まれる会場で、私は――泣けなかった。
胸が張り裂けそうに苦しいのに、涙が出てこない。
「本当に悲しいとき、人は泣けなくなる」
誰かが言っていた言葉を、ふと思い出す。
葬儀のあとから、私の体はおかしくなった。
最初は微熱。
けれどそれは日ごとに悪化し、やがて高熱に変わった。
立ち上がることもできず、歩くのにさえ支えが必要になった。
最初、みんなは「アルクを失ったショックだ」と言った。
でも一ヶ月経っても良くならない。二ヶ月、半年経っても――。
父は何人もの医者に診せてくれた。
けれど誰ひとり、原因を見つけられなかった。
日に日に弱っていく自分の体。
私は、死がすぐ背後にいることを、肌で感じていた。
そんなとき、年に一度の祭りが近づいた。
「行きたい」
私はそう頼んだ。
両親はもちろん反対した。
けれど――どうしても譲れなかった。
父が「駄目だ」と言い張る中、私は小さく呟いた。
「……来年は、行けないかもしれないから」
母は泣き崩れ、父も言葉を詰まらせた。
しばらく黙ったあと、父はうつむいて言った。
「……わかった」
祭り当日。
父に抱えられ、魔法使いたちが技を披露する広場へ連れていってもらった。
去年は笑い合って見ていた場所。
でも、もう隣には誰もいない。
立って歩くことすらできない自分が情けなくて、胸が苦しかった。
やがて、会場に例年通りのヨボヨボの魔法使いが現れた。
だが、私を見るなり、目を細めて声をかけてきた。
「……いつも来ていた子じゃな。どうしたんだ、こんなに痩せて……」
父が事情を説明すると、魔法使いはしばらく考え込み、ぶつぶつと呟いた。
「十一歳で……原因不明の熱……」
そして、黒い石を取り出した。
「どれ、この石を持ってみなさい」
恐る恐る手に取った瞬間――
黒かった石が、虹色にまばゆく輝いた。
「なっ……!」
魔法使いの目が見開かれる。
私は驚いて、思わず石を落としてしまった。
それを拾い上げた魔法使いは、静かな声で言った。
「……間違いない。この子には、魔力がある」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥で“何か”が震えた。
熱が、少しだけ引いた気がした。
でも同時に、胸の奥に冷たいものが芽生える。
風が、頬を撫でた。
琥珀色の空の下、祭りの鐘が鳴り響く。
その音の向こうから、かすかに誰かの声が聞こえた。
「――まだ、終わってないよ」
私は振り返った。
けれど、そこには誰もいなかった。
次回:第5話「決意」/更新:金曜20:30
アルクを失った悲しみと、止まらない体調不良。
その先に待っていたのは「魔力」という新しい運命でした。
**ブクマ&☆**が制作の後押しになります。
次回、エマの運命が大きく動き出します。




