虹色に光る石
魔法。
それはこの世界に“確かに存在する”力。
──けれど、それは貴族や王族だけが扱える、遠い遠い力だった。
庶民にとっては、祭りのときにヨボヨボのおじいちゃん魔法使いが火の玉を打ち上げて「おお〜」って拍手するくらいの、ただの見世物。
だから、私が「魔法を使いたい!」なんて言ったとき、父は笑い転げ、幼なじみのアルクはゲラゲラ笑いながら真似をしてきた。
……そう、誰もが「ありえない」って決めつけていた。
でも──私はあの日、氷の魔法に魅せられた。
空いっぱいに散った氷の結晶が、雪を知らない私にとっての初めての“奇跡”だった。
「私も、魔法が使いたい」
その願いは笑われ、バカにされ……
けれど、消えることなく胸の奥に灯り続けていた。
これは──とある田舎娘が、魔法という“届かない夢”を追いかけた物語。
そしてやがて、母と娘、二つの視点で紡がれる、異世界の運命譚。
嫌な予感は、いつも当たる。
その日は父の畑仕事を手伝った帰りだった。
家に戻ると、アルクの両親がいた。
その顔を見た瞬間、話を聞く前から胸の奥がざわついて、吐き気が込み上げてきた。
アルクの父が静かに告げる。
「……アルクが、死んだ」
その言葉と同時に、世界が音を立てて崩れていくような感覚に襲われた。
アルクは首都で貴族見習いをしていたが、貴族同士の戦争に巻き込まれたのだという。
この世界では珍しくないこと。だが犠牲になるのは、いつだって罪のない一般人や子供たちだった。
差し出された遺品。
肌身離さずつけていたネックレス。
半分焼け焦げ、血に染まった衣服。
その痛々しい姿が、戦場の現実を突きつけてきた。
数日後、街で葬儀が行われた。
「この街で初めての、貴族以外の魔力持ちの死」。
その特別さもあって、街中の人々が集まっていた。
すすり泣く声に包まれる会場で、私は──泣けなかった。
胸が張り裂けそうに苦しいのに、涙が出てこない。
「本当に悲しいとき、人は泣けなくなる」
誰かがそう言っていたのを、ふと思い出す。
葬儀のあとから、私の体は変わっていった。
最初は微熱。ずっと火照っているだけだった。
けれどそれは日ごとに悪化し、やがて高熱に。
立ち上がることもできず、歩くのにさえ支えが必要になった。
最初、皆は「アルクを失ったショックだ」と考えた。
でも一ヶ月経っても良くならない。二ヶ月、半年経っても──。
父は何人もの医者に診せてくれた。けれど誰ひとり原因がわからなかった。
日に日に弱っていく自分の体。
私は、死がすぐ背後にいることを、肌で感じていた。
そんなとき、年に一度の祭りが近づいた。
私は「行きたい」と頼んだ。
両親はもちろん反対した。
けれど私は、どうしても譲れなかった。
父が「駄目だ」と言い張る中、私は小さく呟いた。
「……来年は、行けないかもしれないから」
母は泣き崩れ、父も言葉を詰まらせた。
そしてしばらく黙り込んだあと……「わかった」と言ってくれた。
祭り当日。
父に抱えられ、魔法使いたちが技を披露する広場に連れて行ってもらった。
去年はアルクと笑い合って見ていた場所。
でも、もう隣にアルクはいない。
立って歩くことさえできない自分が情けなくて、胸が苦しくなる。
会場に現れたのは、例年通りのヨボヨボの魔法使いだった。
だが、私を見るなり、目を細めて声をかけてきた。
「……いつも来ていた子じゃな。どうしたんだ、こんなに痩せて……」
父が事情を説明すると、魔法使いはしばらく考え込み、ぶつぶつと呟いた。
「十一歳で……原因不明の熱……」
そして、黒い石を取り出した。
「どれ、この石を持ってみなさい」
恐る恐る手に取った瞬間──
黒かった石が、虹色にまばゆく輝いた。
「なっ……!」
魔法使いの目が大きく見開かれる。
私は驚いて石を落としてしまった。
それを拾い上げた魔法使いは、低く静かな声で告げる。
「……間違いない。この子には、魔力がある」
アルクを失った悲しみと、止まらない体調不良。
その先に待っていたのは「魔力」という新しい運命でした。
次回、エマの運命が大きく動き出します。