6日 疑惑の対策委員会
魔術学院ルミナリアの長い歴史において、前代未聞の事態が起きた。
年に一度の祭典『銀星祭』の無期限中止。
理由は明白だ。予選で起きた生徒の暴走、そして学院内に蔓延する違法魔道具『黒い指輪』の存在。
神聖な学び舎が汚されたとして、激しい糾弾の声が上がっている。
重苦しい空気が漂う大会議室。
長机の中央に座る魔法史担当のラノックが、悲痛な面持ちで口を開いた。
「……非常に残念だ。生徒たちの晴れ舞台が、このような形で失われるとは」
彼は眼鏡の位置を直し、深くため息をついた。その姿は、生徒を想う善良な教師そのものに見える。
ここに集められたのは、緊急に発足した『黒い指輪対策委員会』のメンバーだ。
委員長はラノック。生徒代表としてフラン。そして、その補佐として私――エマが選ばれた。
「早急に指輪の流通ルートを特定し、首謀者を見つけ出さなければならない。これは学院の存亡に関わる問題だ」
ラノックの声には熱がこもっていた。
フランは退屈そうにペンを回し、私は黙って手元の資料に目を落とす。資料には、指輪を使用し暴走した生徒たちのリストや、目撃情報が記されている。
「そこでだが……」
ラノックが声を潜めた。
「実は、ある人物に嫌な噂があってね」
「噂?」
フランが手を止める。
「ああ。最近、夜な夜な校舎裏を徘徊し、生徒と密会している教師がいるというんだ。しかもその教師は……金のためなら何でもすると評判が悪い」
ラノックの視線が、会議室の隅に向けられた。
そこに立っていたのは、腕を組み、仁王立ちで会議を見守っていた巨漢の教師――ゾーグ先生だった。
生活指導担当。顔には古傷があり、強面で生徒からは恐れられているが、根は真面目な武骨者だ。
「ゾーグ。昨夜、お前が女子寮の近くで生徒に何かを手渡しているのを見た者がいる」
ラノックが静かに、しかし親しげに問いかけた。
会議室の空気が凍る。
ゾーグは太い眉を顰め、困惑したようにラノックを見た。
「……おい、ラノック。冗談はよせ。俺は昨夜、お前と一緒に資料整理をしていたはずだろう?」
ゾーグの声は、旧友に向けられた気安いものだった。
二人は同期で、長く苦楽を共にしてきた友人同士だ。だからこそ、ゾーグはラノックの言葉を「たちの悪い冗談」だと受け取ったのだろう。
「資料整理? 何を言っているんだ。私は昨夜、一人で図書室にいたよ」
ラノックはきょとんとした顔で首を傾げた。
その自然な演技に、ゾーグの表情が強張る。
「は……? 何を言って……おい、笑えないぞ。俺たちは酒を飲みながら、この対策について話していただろうが」
「酒? 私は酒は飲まない主義だ。お前も知っているはずだが?」
「な……」
ゾーグが絶句する。
周囲の教師たちが、疑いの目でゾーグを見始めた。
「おい、ゾーグ。まさか本当なのか?」
「アリバイ工作までして……見損なったぞ」
「違う! 待て! 俺じゃない!」
ゾーグが叫ぶ。その声には怒りよりも、焦りと混乱が混じっていた。
「ラノック、お前どうしたんだよ。昨日のことだぞ? 俺に『生徒を守るために協力してくれ』って頼んできたのはお前じゃないか!」
「そんな覚えはないな。……残念だよ、ゾーグ。友人だと思っていたのに、まさか裏でそんなことをしていたとは」
ラノックの目は、氷のように冷たかった。
ゾーグはその目に射抜かれ、後ずさる。
信じていた友からの拒絶。そして、身に覚えのない罪。
巨漢の男が、まるで迷子のような顔で立ち尽くしていた。
(……どう思う?)
フランは私に問いかける。
(ーーゾーグ先生の反応は、嘘をついているようには見えない。本気で混乱している)
その時、ラノックが立ち上がった。
「ゾーグ先生。身の潔白を証明するために、持ち物検査にご協力願えるかな?」
「こ、断る! これはプライバシーの侵害だ!」
「やましいことがなければ見せられるはずだ。それとも……やはり?」
ラノックが合図をすると、控えていた警備員たちがゾーグを取り囲んだ。
一触即発の空気。
ゾーグの手が、腰の剣に伸びかける。だが、彼はラノックの顔を見て、思い留まったように手を下ろした。
まだ信じているのだ。友人が、何かの間違いで自分を疑っているだけだと。
「……分かった。好きにしろ。だがラノック、後で謝っても知らんぞ」
ゾーグは観念したように鞄を差し出した。
警備員が中を改める。
そして――。
「あ、ありました! これです!」
警備員の一人が、鞄の底から小袋を取り出した。
中から出てきたのは、数個の『黒い指輪』。
「なっ……!?」
ゾーグが目を見開く。
「馬鹿な! 俺は知らん! それは俺の鞄じゃない、いつの間に!」
「証拠は挙がったな」
ラノックは悲しげに首を振った。
「同僚として、友人として信じたくはなかったが……残念だ、ゾーグ」
「嘘だろ……ラノック、お前……まさか……」
ゾーグの視線が、ラノックの「左手」に吸い寄せられた。
そこに嵌められている銀色の指輪。
昨夜、酒を酌み交わした時、ラノックが「妻への贈り物だ」と言って見せてくれた指輪だ。
「嵌めたのか……? 俺を……?」
ゾーグの問いに、ラノックは答えなかった。ただ、薄く笑ったように見えた。
警備員たちがゾーグを拘束し、会議室から引きずり出していく。
「離せ! 俺じゃない! ラノック、答えろ! なんでだーっ!」
友の名前を呼ぶ悲痛な叫び声が、廊下に響き渡り、やがて消えた。
会議室に静寂が戻る。
事件は解決した。
誰もがそう思った。
だが、私とフランだけは違っていた。
フランはつまらなそうに頬杖をつき、ラノックを見つめている。
私もまた、ラノックの横顔から目が離せなかった。
ゾーグが連行された瞬間。
ラノックの口元が、ほんの一瞬だけ――三日月のように吊り上がったのを、私は見逃さなかったからだ。
「……エマ」
(うん。決定打はない。だけど……)
ゾーグ先生からは、微かに土と汗、そして安酒の匂いがした。
けれど、目の前のラノック先生からは――。
香水の香りでもない。
ごく微量だが、鼻の奥を刺激する鉄錆の臭い。
――血の臭いがする。
対策委員会は解散となった。
廊下に出ると、フランが私の隣に並んだ。
「どう思う? エマ」
「……出来すぎているよ。特にあの鞄」
「だよねえ。あんな分かりやすい場所に証拠を入れておくなんて、三流の悪党か、嵌められたマヌケのどっちかだ」
フランは冷たい目で会議室の扉を振り返る。
ゾーグ先生の必死な顔。そして、友人に裏切られた絶望。
あれが演技だとしたら、彼は今年の名役者だ。
そして何より、ラノック先生のあの笑顔。
「調べよう、フラン。ゾーグ先生はクロじゃないよ」
「うん。それに――」
フランの瞳が、冷たく光った。
「僕の友達をあんな目にあわせた真犯人が、のうのうと笑っているのは……許せないから」
夕闇が迫る学院に、不穏な風が吹き始めていた。
次回「騎士の忠義」
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スピンオフ作品
『ほのかの孤高の異世界グルメ 』も合わせて読んでいただけたら幸いです、
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