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母は、異世界で天下を取る   作者: 松本 蛇
二章 エマ 「魔術学院と黒い指輪」編

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4日 柔よく剛を制す

(エマ)は控室へ続く薄暗い通路で、深く息を吐いた。

 歓声が、石壁を震わせている。

 あの熱気の中心に、十一歳の身体ひとつで放り込まれる――それだけで胃が重い。

 できるなら出たくない。目立ちたくない。だけど‥出場する。

 理由はひとつ。


 お金だ。


 ルナフィール領の復興には、莫大な資金が必要になる。

父も母も復興の為に昼夜惜しんで働いている。

そしてここは地球ではない。

日本の行政のような手厚い支援があるわけでもない。

自分の事は自分たちでするしかないのだ。


今の私に出来る事は、この力を使って

する金銭的な援助ぐらいだ

 だったら、あのふざけた貴族――確か、ナルシスとかいう名前だったか――から賭けの対象として金を巻き上げ、さらに優勝賞金をいただくのが最も効率的な資金調達手段だ。


 問題は、今の私にはまともな攻撃魔法が使えないことだ。


 自身の固有魔法も、あのオルバ戦以降、コントロールが不安定になっている。

 そんな中でどう戦うか。それが最大の課題だ。


「やるからには全力でやりなよ。僕が推薦した意味がないからね」


 通路の壁に寄りかかっていたフランが、呆れ半分に声をかけてきた。


「わかってるよ。勝算はあるから‥」

 私は短く答え、気怠げに階段を上がった。


 ゲートをくぐり、会場へと足を踏み入れる。

 その瞬間、鼓膜を震わせるほどの轟音が降り注いだ。

 闘技場は、凄まじい熱気に満ちていた。

 石造りの円形対戦場を、五階層はあるであろうすり鉢状の観客席が取り囲んでいる。

 まるで古代ローマのコロシアムだ。

 全校生徒と教員、さらには王都の招待客たちが、野次と歓声を入り混じらせて叫んでいる。

 貴賓席には、先ほどまで通路にいたはずのフランがもう座っていて、優雅にこちらへ手を振っていた。


「ふん……田舎者が。足が震えているんじゃないか?」

 正面には、対戦相手であるナルシスが、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて立っていた。

 キザな髪型に、過剰な装飾のついたローブ。いかにも「私はモブです」と言わんばかりの風貌だ。


「貴様のような下級種族上がりの田舎者には、場違いな場所だ。精々、この景色を目に焼き付けておくんだな」


「お互いにね」


 私は涼しい顔で言い返す。


「なんだと! その減らず口、後悔しても遅いぞ!」

 ナルシスの言葉を遮るように、猫耳の司会者が高らかに選手紹介を行い、最後にルールを読み上げた。

 殺傷行為の禁止。降参か、場外へ落ちるか、戦闘不能で決着。単純明快だ。


『始め!!』


 鐘の合図が鳴り響いた。

 その瞬間、ナルシスが右手を突き出した。


「燃え尽きろ!」

 彼の手のひらから、ボッと赤い火の玉が生み出される。

 ……小さい。

 あのオルバが放った、空を焼き尽くすような業火と比べれば、マッチの火とキャンプファイヤーほどの差がある。


「ふん! 今日の私はこれだけじゃないぞ!」


 ナルシスはさらに左手を掲げ、火の玉に向けて風を送った。

 酸素供給による燃焼促進。理屈は合っている。

 風を受けた火の玉は、ボウッと膨れ上がり、大人の拳二つ分ほどの大きさになった。


「おおおっ!!」


 会場がざわめく。

「あいつ、火属性のみじゃなかったか?」「なぜ風を……しかも火との複合魔法だと!?」


 ――そのざわめきの中で。


 ナルシスの指、黒い指輪が、また脈打った。

 一瞬だけ、赤い火の中に“黒”が混じる。

 熱ではない。ぞわり、と皮膚の内側を撫でるような嫌な感触が、こちらに届いた。


(……あれは、道具じゃない)


 周囲は驚いているようだが、私には滑稽にしか見えなかった。

 魔力効率が悪すぎる。あんな不安定な火遊びで、人を倒せると思っているのか。

 私が一向に動揺せず、棒立ちで眺めているのを見て、得意げだったナルシスの顔が怒りに歪んだ。


「何をしている! 恐怖で動けないのか! この落ちこぼれがぁぁ!!」


 ――その一言で、奥が冷えた。

 ナルシスが火の玉を放つと同時に、叫びながら突っ込んでくる。

 魔法使いのくせに、随分と不用心な接近だ。


 ――交代だ。

 私は意識のスイッチを切り替える。ここからは、千尋わたしの領域(柔道)だ。

 迫りくる火の玉。

 熱くもない。軌道も直線的だ。

 私は最小限の動きで首を傾け、それを避ける。

 ナルシスの顔が、もう目の前にある。

 彼は勢いに乗ったまま、魔法を外した体勢で私に掴みかかろうとしていた。


「捕まえたぞ!」


 愚かな。

 重心が浮いている。足元がお留守だ。

 私は逃げない。

 彼の懐へ一歩、深く踏み込む。

 腕を取る。

 背中を入れる。

 膝を沈める。


「――終わりだ」

 次の瞬間、ナルシスの視界が天地をひっくり返した。

 ズドォォォォォン!!!

 ナルシスの身体が場外の石畳に叩きつけられ、空気が震えた。

 ナルシスは白目を剥き、口から泡を吹いてピクリとも動かない。

 完璧な一本だ。

 会場が、静まり返った。

 誰もが、何が起きたのか理解できていない。

 魔法戦を見に来たはずが、少女が男を「投げ飛ばす」という、未知の体術を見せつけられたのだから。

「……勝負あり、だろう?」


 私は乱れた制服の襟を正し、呆然としている司会者に告げた。

 一拍置いて、割れんばかりの大歓声が闘技場を揺らした。


「しょ、勝者! エマ!」


 私は気絶しているナルシスに言う


(さて、約束通り復興資金はきっちり頂くぞ)

 私は涼しい顔で、熱狂の渦中にあるリングを後にした。

 後日。

 あれは(柔道)は魔法なのか?と真偽されたが‥

「風魔法の一種だろう」

 誰かが、そう言い出したのだ。

 魔法で負けたと思いたくない連中が、都合のいい名札を貼っただけ。

 私はどうでもよかった。

 問題は、そこじゃない。

 気絶したナルシスが運び出されたあと。


 担架の上で、あの黒い指輪だけが――外れずに、まだ脈打っていたこと。

 まるで、次の持ち主を探しているみたいに。

次回「黒い嫉妬」

挿絵(By みてみん)


読んでくださってありがとうございます。


感想・レビュー・ブクマ、いつも本当に励みになっています。


スピンオフ作品

『ほのかの孤高の異世界グルメ 』も合わせて読んでいただけたら幸いです、

https://ncode.syosetu.com/n3966ln/


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小説の挿絵や裏話など呟いてますのでお時間があれば是非!


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