表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母は、異世界で天下を取る   作者: 松本 蛇
エマ 異世界アウルシア④

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/49

30日 黒い魔力

扉を開けると、そこはいつもの美しい景色が広がる異世界ではなかった。


黄金色に輝く麦畑も、風にそよぐ緑の森も、どこにもない。

視界の限り、すべてが黒く、燻っていた。


一面の、焼け野原だった。


「え……」


私は状況の把握ができない。

現実と頭の思考が追いつかない。

あまりにも唐突な暴力的な光景に、脳が理解を拒絶している。


ドガラガシャァァァン!!


背後で、重い何かが崩れ落ちる音がした。

振り返ると、さっきまで私たちが立っていた「エマの家」が、燃え盛る業火に飲まれ、焼け落ちていくところだった。

木でできた玄関の扉も、役目を終えたとばかりに炎の中へ崩れ去る。


「そんな……嘘だ……」


熱気が肌を焼く。

焦げた臭いが鼻腔を突き刺す。

これは夢じゃない。


私は走り出した。


「お父さん! お母さん!」


足がもつれる。何度もつまずき、転倒し、灰まみれになりながら、それでも立ち上がって走る。


町を。故郷を。誰か。お願い。


いつも「エマちゃん」と野菜をくれる近所のおじさん、おばさん。

強面だけど優しい村長の家。

父が好きだった、笑い声の絶えない町の酒場。

母と手をつないで歩いた花畑。

そして――あの子と、泥だらけになって遊んだ河原。


ない。

ない。

何ひとつ、残っていない。


全て無くなり……消えていた。


炭化した柱と、崩れた石壁。

かつて人の営みがあった場所には、ただ黒い風が吹き抜けているだけだ。


「誰か……誰かいないの!? 答えてよ!!」


喉が裂けるほど叫ぶ。

けれど、返ってくるのは炎が爆ぜる音と、乾いた風の音だけ。

私の祈りは虚しく、灰色の空に吸い込まれていく。


「煩いわね……寝てられないじゃない」


頭上から、声が降ってきた。

聞き覚えのある、甘ったるい声。


見上げると、瓦礫の上に一人の女性が座っていた。

金色のツインテール。純白のドレス。

この地獄のような光景の中で、彼女だけが異質に美しく、そして清潔だった。


「あら? あなた生きてたの……ふーん? やっぱりそうなのね」


オルバは、羽虫でも見るような目で私を見下ろした。

鬱陶しそうに、あくびを噛み殺しながら。


私は震えた。

恐怖ではない。身体の奥底から湧き上がる、マグマのような激情で。


「あなたが……したの?」


「ん? 聞こえないわよ、そんな蚊の鳴くような声じゃ」


「お前がしたのかって聞いたんだ!!」


いつも大人しく、柔らかい口調のエマが叫んだ。

喉の奥から獣のような咆哮が出る。


「そうよ!」


オルバは悪びれもせず、にっこりと笑った。


「だって、こんな田舎町から『虹』が二人も産まれたらしいじゃない? 気持ち悪いから、もう劣等種から変なのが産まれないように、巣ごと駆除したまでよ」


「そんな……ことで……」


「そんなこと? 大事なことよ。害虫駆除だもの」


私の中に、どす黒いもやのようなものが少しずつ増えていくのが分かった。

心臓の鼓動に合わせて、視界の端が黒く染まっていく。


千尋の直感が、警鐘を鳴らす。

(これはダメだ。飲み込まれる)


(エマ、ダメだ! あいつは挑発しているだけだ! まともに受けるな!)


必死に呼びかけるが、エマの心は怒りで沸騰している。


「お父さん……お母さんは……」


「だから! 聞こえないって言ってるでしょ」


「私のお父さんとお母さん、町の人たちはどうした!?」


エマが唇を噛み締め、血を流しながら叫ぶ。


オルバはケタケタと笑い、小首をかしげた。


「バッカじゃない? 私が踏み潰した蟻の顔や名前なんて、いちいち覚えてるはずないじゃない!」


プツン。


エマの中で、理性の糸が一本切れた音がした。


抑えきれないほどの黒い何かが、心臓から溢れ出す。

それは魔力であり、感情であり、もっとドロドロとした呪詛のような塊だった。


(抑えられない……ダメだ……コレに飲まれたら……)


必死で黒い衝動を抑え込もうとする千尋の意識。

その抵抗をあざ笑うかのように、意識の奥底で、もう一つの気配が膨れ上がる。


黒い靄が形を成して、一人の「人」の形へと変わっていく。

それは――知っている形だった。


凄まじい“怒り”の感情が、自分の中に流れ込んでくる。

私のものではない。けれど、痛いほど知っている怒り。


バチンッ!


激しい頭痛とともに、断片的な映像が脳内にフラッシュバックする。


――なんだ……これは……記憶?


見たこともない光景。

霧がかかったような視界の中に、男が立っている。

顔も姿も靄がかかり、はっきりとは分からない。

ただ、その男は、ひどく優しい声で言った。


『私は……君の……一番の理解者だよ』


バチンッ!


場面が変わる。

地面に横たわる、二つの影。

見覚えのある男性と女性が、血の海に沈んでいる。動かない。

そこに立つ、さっきの男。


『遅かったね』


男は、残念そうに、けれどどこか楽しげに笑う。


私の口が勝手に動く。怒りと、信じられないという戸惑いの感情で。


『どうして……あなたが、父さんと母さんを……』


『彼らは君を……目覚めさせる為に必要な餌だよ』


『信用していた……友達だと思っていたのに……!』


バチンッ!


また激しい頭痛。

脳が内側から食い破られるようだ。


――私は、誰の記憶を見ている……?


再び、場面が変わる。

見慣れた場所。

よく遊んだ河原。ここは――ルナフィールだ。


私は歩いていた。

視点が低い。傷だらけの身体。歩くのもやっとの状態だ。

息が苦しい。肺が焼けるようだ。


あと少し……もう少し。


遠くに、一人の少女が映る。

栗色の髪。野菜を抱えて、笑っている少女。

――エマだ。


走って近づこうとした、その時。


ドスッ。


胸に、熱いものが突き刺さった。

見ると、無数の火の矢が身体を貫いている。

足の力が抜け、その場に倒れ込む。


声がする。


『最後に故郷に帰るって、アイツが言ったまんまだったわね』


知っている声。

頭上から響く、無邪気で残酷な声。


『はじめまして、同族さん……そして、さようなら』


意識が薄れていく。

死ぬんだ、と直感する。


『あー、ダメダメ……ここで死なれたらダメなんだった……あなたの力を、アイツが欲しがってるのよね』


ふわりと、風の魔法で身体が浮く。

ゆっくりと痛みが引いていく……。

治癒の魔法だ。助けられたのではない。生かされているのだ。


『死なない程度に回復してぇ……あー、めんどくさい』


(ダメだ……このままだと、奪われる)


私は最後の力を振り絞り、手を伸ばした。

遠くに見える、あの子に向けて。


この思いだけでも、託さなければ。


―ーー相棒。


そこで、記憶はプツリと途切れた。


「はぁ……はぁ……ッ」


呼吸が荒い。

今の記憶は……あの子の最期。

オルバが……あの子を……。


「あー、そうだった。一人いたんだった」


オルバがポンと手を打つ。

思い出した、というよりは、新しい玩具を見つけた子供の顔だ。


「最後まで抵抗してたバカが。弱いくせにさぁ……あそこに転がってるの、あなたの知り合い?」


オルバが指差す方を見る。


焼け焦げた森の入り口。

一本の木に、何かが吊るされていた。


ボロボロの鎧。

砕けた剣。

全身が血に染まり、ピクリとも動かない男性の姿。


――コール。


王命騎士団副団長。

いつも私を気遣い、守ってくれた、兄のような人。


「もうすぐ死ぬけど? トドメ刺してあげようか?」


オルバが指先をコールに向ける。


ブチンッ。


エマの中で、決定的な何かが切れた。


あふれ出した黒い物体は、もはや人の形には留まらない。

さらに増幅し、渦を巻き、エマの身体を包み込んでいく。


エマの身体では抑えきれず、皮膚を裂くようにして身体の外へ溢れ出す。


(エマ……!)


千尋が呼びかける。

だが、その声はもう、エマの鼓膜には届かない。

千尋の意識は、黒い奔流に押し流され、意識の遥か後方へと追いやられていく。


視界が切り替わる。

主導権が、移る。


意識の底で、重く、どす黒い扉が開いた。


エマの身体から溢れ出す圧倒的な魔力を見て、オルバはつまらなそうにため息をついた。


「そう……あなたも目覚めたのね……アイツの言った通りじゃない」


オルバは肩をすくめ、冷ややかな目で見下ろす。


「でもね! ここであなたを壊せば、アイツの計画は全て終わりってことじゃない!」


オルバは嗤う。

その瞳には、嗜虐の喜びだけが灯っている。


「いっぱい咲かせてあげる。逃げても無理よ! この辺り全て包囲したからね」


オルバが両手を広げる。

私の目の前に、無数の火の粉が現れた。

赤く、妖しく明滅する「爆華」の種。

辺り一面、逃げ場のないほどに埋め尽くされている。


「さあ、綺麗に咲いて――散りなさい」


オルバが指を鳴らす。


カッ、と世界が赤く染まる――はずだった。


――無音。


爆発は、起きなかった。


「……あれ?」


オルバが首をかしげる。

もう一度、指を鳴らす。


シーン。


「なんで? なんで全部消えてるの?」


さっきまで空を埋め尽くしていた火の粉が、跡形もなく消滅している。

まるで最初から存在しなかったかのように。


オルバの顔から、余裕が消える。

何が起きたのか理解できず、狼狽えるように視線を泳がせた。


黒い靄を纏ったエマは、一歩、前に出た。


その足元から、インクを零したような闇が広がり、焼け焦げた大地をさらに黒く染め上げていく。


「終わり?」


エマが、感情のない声で静かに問う。


「な……」


オルバが後ずさりする。

本能的な恐怖が、彼女の足を凍りつかせた。


エマの背後に、ゆらりと黒い影が立ち上がる。

それはエマ自身の影であり、同時に――無念に散った少年の影でもあった。


エマが顔を上げる。

琥珀色の瞳は、もうどこにもない。

あるのは、底なしの闇だけ。


少女の唇が、ゆっくりと歪んだ。

エマの声と、もう一人の少年の声が重なり、空気を震わせる。


「――殺してやる」


次回「魔法の意味」

挿絵(By みてみん)


読んでくださってありがとうございます。


感想・レビュー・ブクマ、いつも本当に励みになっています。


XやInstagramも初めました。


小説の挿絵や裏話など呟いてますのでお時間があれば是非!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ