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エマは、魔法が使いたい

――それは、遠い遠い場所の記憶。

違う名前、違う空、違う風の匂い。

これは、少女エマの身に降り注いだ、魔法と奇跡の記録。

そして、再び「家族」へと繋がるための、長い長い旅の始まり。

ここは地球とは別の世界、アウルシア。田舎町ルナフィールで、もう一つの物語が動きだす。


「魔法が使いたい」


食事中にそう口にしたら、父は食べていたパンを吹き出し、盛大に笑った。


この世界には魔法がある。

それは誰もが知っている事実だった。


けれど、わざわざ「魔法が使いたい」と言う人はいない。

魔法は貴族や王族だけが扱える特別なもの。


一般人にとっては遠い世界の話で、ましてや町外れの田舎に住むエマにとっては、まったく関係のない存在だった。


年に一度の祭りで、ヨボヨボの老人貴族が火の玉を打ち上げる――

それくらいが、庶民にとっての“魔法のすべて”だった。


「そんなこと言うやつ、初めてだ」


父アランは元冒険者で、今は母ナミと一緒にのんびりと暮らしている。

かつてはBランク冒険者として名を馳せたが、今は畑仕事の似合う穏やかな男だ。


「私は魔法が使いたい」


幼なじみのアルクにそう言ったときも、彼は腹を抱えて笑った。


「ホイホイホイーイ」


祭りの老人魔法使いの真似をしてふざけるアルク。

エマはむっとして、その足を蹴り飛ばした。


――どうしてみんな笑うんだろう?


エマが魔法に憧れるようになったのは七歳の頃。

その年の祭りに来たのは、腰を痛めた老人の代わりに現れた若く美しい女性魔法使いだった。


彼女が見せてくれたのは、空高く打ち上げられた氷の玉。

それが弾け、無数の氷の結晶が街に降り注ぐ。


雪を見たことのなかったエマは、その光景に一瞬で心を奪われた。

それからエマの夢はただひとつ――魔法を使うこと。


月日は流れ、エマは十歳になった。


この世界では十歳になると、子どもは街の教会で「女神の祝福」を受ける。

それは本来、極めてまれに生まれる“庶民の中の魔力持ち”を見つけ出すための儀式だった。


だが百年以上もその例はなく、今では形式だけが残っていた。


その日も二十人ほどの子どもたちが教会に集められ、神父が祈りを捧げていた。


すると――女神像が突如まばゆく輝いた。


「な、なんだ……これは……」


神父は言葉を失い、慌てて奥から自分の祖父である司教を呼び寄せた。


司教は長いひげを撫でながら、低くつぶやく。


「……古い文献で読んだことがある。女神像が光るのは、魔力を持つ子が現れたときだと」


司教は女神像の胸にある水晶を取り外し、子どもたち一人一人の頭上にかざしていった。

だが水晶は淡く光るだけで、強くは輝かない。


緊張の中、ついにアルクの番がきた。


水晶が彼の頭上に掲げられた瞬間――


「――っ!」


それまで淡かった光が、一気に眩しく弾けた。


「お、おお……!」


神父は声を上げ、司教の方を振り返る。


司教はゆっくりとうなずき、静かに告げた。


「間違いない。この子には……魔力がある」


祝福の儀が終わると、アルクとその両親だけが教会に残された。

他の子どもたちは早々に帰され、エマも外に出るしかなかった。


その夜。


アルクはエマを訪ねてきて、「外を歩こう」と川辺に誘った。


「俺……貴族になることになった」


月明かりの下でそう告げられ、エマは言葉を失った。


正確には“貴族見習い”。

首都には魔力を持つ子だけが通う学校があるらしく、アルクはそこに行くことになったのだ。


「そう……淋しくなる」


エマは素直にそう答えた。


アルクは笑いながらも、少し目を伏せる。


「一緒に来るか?」


「え……?」


「冗談だよ。お前みたいなチビが一緒に来たら足手まといだしな」


そう言ってエマの頭を小突いた。


「なにそれ!」


思わずアルクの足を蹴る。


「ほら、やっぱり凶暴女だ」


そう言って笑いながらも、アルクの表情はどこか寂しげだった。


「……でも、本気で言ったんだ。俺は行く。だから――元気でな」


「……うん」


「帰ってきたら、お前が好きな氷の魔法、見せてやるよ」


アルクは拳を突き出した。

エマも迷わず、自分の拳を合わせる。


「必ず帰ってくるから……それまで元気でな、相棒」


「任せろ、相棒!」


拳がぶつかり合ったその瞬間、エマの胸に熱いものがこみあげた。

――それが、アルクと交わした最後の約束だった。



---


風が吹いた。

川の流れが、ふたりの影をそっと引き離していく。


そのとき、胸の奥で小さな痛みが走った。

理由はわからない。

けれど――何かが、もうすぐ変わってしまう気がした。


挿絵(By みてみん)


あなたが1つだけ魔法を使えるなら何を選びますか?


感想・レビュー、いつも励みになっています。


一言でもすごく嬉しいです。次話も全力で書きます。では、また!

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― 新着の感想 ―
面白いです!! あんなお母さんがほしいと思いながら読み進めると ものすごくショックない場面に出くわして、でも、ここから望みが広がりそうなわくわくが素晴らしい! つづきも読ませていただきます!!
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