「おかえり」
中学二年の夏。
母は交通事故で、突然いなくなった。
静かになった家。
「もう恥をかかなくていい」と自分に言い聞かせても、胸は空っぽのままだった。
病院で冷たくなった母と対面した瞬間、思い出が一気にあふれた。
琵琶湖一周。喧嘩のこと。ママさんバレー。
全部、恥ずかしくて嫌いだと思っていた。
なのに気づいた。
私は母が大好きだったのだと。
遺品を整理していると、机の引き出しから「やりたいことリスト」が出てきた。
一番最初に書かれていたのは――《滋賀県立膳所高校に合格する》。
スマホで調べた偏差値は全国トップクラス。
私は途方に暮れた。
だけど、母の声がよみがえる。
「やればできる!」
私は決めた。母ができなかった夢を、私が叶える。
必死に勉強し、父の支えもあって、ついに膳所高校に合格した。
合格発表の掲示板の前で、私は涙が止まらなかった。
高校生活
膳所高校での生活は、想像以上に厳しかった。
課題も多いし、周りは頭のいい生徒ばかり。
けれど、母の「挑戦し続ける姿」を思い出すたびに、私は立ち上がれた。
料理は私が作り、ゴミ出しは父がして、二人で少しずつ新しい生活に慣れていった。
母がいないのは寂しいけれど、私は母に恥じないように生きようと決めていた。
――その日までは。
放課後、家に帰ると、リビングに見知らぬ少女がいた。
肩までの栗色の髪。
宝石のような瞳に、異国めいた顔立ち。
背丈は十歳くらいに見えるのに、人形のように整った容姿。
そして、見たことのない、異世界のような服をまとっている。
その子は、にっこりと笑った。
「おかえり」
私は息をのんだ。
母がいなくなったはずの我が家で、すべてが動き出そうとしていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
第一章は、ほのかの「やればできる母」エピソードをぎゅっと詰め込みました。
第二章からは少しずつ異世界要素も入ってきて、物語が大きく動いていきます。
母との日常と、そこから始まる新しい出会い。
その両方を楽しんでいただけたら嬉しいです。