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京都駅星乃珈琲にて迷子と作家とコイン

待ち合わせは前と同じ、京都駅近くのカフェ、星乃珈琲。

初めての京都駅に来た少年は、天井のガラスと人の波に目をまんまるにしていた。通り過ぎる人たちもつられて振り返る


――そりゃそうだ。

だって……すっごいイケメンなんだもん。


栗色の髪、彫りの深い顔立ち、すらりとした手足。海外モデルって言われても信じるレベル。


(平均身長に平均体重……いや、ちょっと上。そんな私の隣に置くビジュアルじゃないって!)


などと、やさぐれていると

胡散臭い小説家・新道ヒカルが、のっそり現れた。


「おー、来てくれたんやな。ここ、パンケーキうまいで」

「他の店、知らないんですか?」

「ん? ラーメンでもええで。この近くの店、魚介系で絶品や」

「今はラーメンじゃないです」

「そっか……残念やな」


三人で窓際。コーヒーの湯気。少年は相変わらず日本語がわからないみたいで、メニューの写真をじっと眺めている。


「また本、読んでくれたんやって?」とヒカル。

「……『滋賀県ゲジゲジナンバーの謎』ですか。はい、一応は」

「うわ。ええとこいったな‥で?評価は?」

「★1です」

「辛口やな……胃に穴あくわ」


パンケーキが来ると、少年の視線がぱっと明るくなった。

「食べていいよ」

皿を押すと、おそるおそる一口。次の瞬間からは、もう止まらない。切って、食べて、首をかしげて、また食べる。――かわいい。


ヒカルが声色を落として、和やかさを断ち切った。

「で、こいつがアルクか?」

「わからない……言葉、通じないですし」

「日本語、やっぱ無理か」

「私も手振りでなんとかって感じで」

「うちのじいさんの遺言は“渡せ”だけやしな。ほんま雑やで」


「他には、なにか無いんですか?」


「ん〜……そういえば」

ヒカルが財布を開き、小銭入れから見慣れない硬貨を一枚取り出す。

「験担ぎで、いつも入れてる。――これ、見覚えあるか?」


少年の瞳が一段、濃くなる。

「……ルク」

硬貨に頬が触れそうな距離まで覗き込み、はっきりそう言った。


「“ルク”って、通貨の名前やろ、多分。じいさん、よう言うてた」

ヒカルが鞄を探りはじめたのと、少年が胸ポケットを探ったのは同時だった。


からん、と小さな金属音。

古びた銀のネックレスが、テーブルに落ちる。風の紋様が細く彫り込まれ、ところどころに錆。見間違えるはずがない。


「……アルクの、ネックレス」

思わず声が漏れた。(どうして? お母さんが持ってたはずなのに)


少年は私の顔とネックレスを見比べ、そっとペンダントトップを指先で弾いた。風鈴みたいな極小の音が、たしかに一度だけ鳴る。

「なんでここにあるんや? て顔やな」とヒカルが私を見て笑う。

「だって……持って行ったから」

「前に来てた女の子か?」

「そうです」


「なんか、繋がりそうやな」


ヒカルは目を細め、少年に自分を指差す。


「ヒ・カ・ル」


再度自分を指差し


「ヒ・カ・ル」


(そうだ――この方法なら通じるかも)


私も真似して胸に手を当てる。


「ホ・ノ・カ」


少年は黙って私を見つめている

私は、再度自分の胸に手を当て


「ホ・ノ・カ」

少年はこくりと小さく頷く


そして、少年を指し、二人で同時に言った。


「あなたは?」


少年は小さく息を吸い、視線を落とす。硬貨とネックレスの間で、指先が一瞬だけ震えた。

静かに、ゆっくり口を開く。


「……フラン」


――氷がチリと鳴り、テーブルのコインがコツと小さく跳ねた。


店先から風がすっと差し込み、さっきまでの甘い香りをさらっていく。

代わりに満ちるのは、潰した葉の青さと柑橘の皮のほろ苦さが混ざった、橙色の気配

――マリーゴールドの匂い。

花言葉は、たしか


――「絶望」と「悲しみ」。


次回「雷鳴‥そして」

毎週金曜日20:30更新

星乃珈琲で“風が戻る”瞬間までお付き合い、ありがとうございました。

ルクの硬貨、金木犀とマリーゴールドが混ざる匂い

——境界は一度開くと、日常のほうへも少しずつ滲んでくるみたいです。

次回、境界は「合図」ではなく「悲しみ」として訪れます。

マリーゴールドの花言葉の様に⋯

金木犀とマリーゴールド、そのどちらでもない“不穏な匂い”に触れてください。


毎週金曜20:30更新。Xでも告知します。

ブクマ・☆・感想、いつも励みになっています。ありがとうございます。

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