表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/28

ていうかWho are you?

母が帰ってきた――そう思って父の寝室の扉を開けたら、そこに立っていたのは知らない少年だった。


 私と父は顔を見合わせる。

(だれ?)――小声で父に聞く。

(知らない)――父は眉を寄せ、小さく首を振った。


 少年はうちの畳の上に裸足で立っていた。

服は裂け、ところどころ焦げて、乾いた血で黒ずんでいる。

右の二の腕には複数の打撲痕に切り傷、膝は砂利で削ったみたいにボロボロ。呼吸は浅く速いのに、目だけはやけにこちらをはっきり見ていた。


「どちら様でしょうか?」と父が恐る恐る声をかける。


 少年はビクッと視線をこちらへ向け、驚いたように目を見開いた。そして――


「……ヴェルナ、サリ? ロウ・オルデ……?」


 まったく、わからない。

 地球の言葉じゃない。私と父は再び顔を見合わせる。


「千尋の友達かな?」と父が今度は日本語で少年に聞く。

 (なぜ日本語で通じると思うの……)心の中で突っ込みつつ、私は一歩だけ近づいた。


 少年は私たちの顔を順番に見て、なにか考えるように部屋を歩く。棚、窓、ベッド、時計――見慣れないものを小声でぶつぶつつぶやきながら確認して、やがて指を向けた。


「……ダイスケ?」

 父を指さす。

「……ホノカ?」

 今度は私を。


 急に名前を呼ばれて、反射で頷く。少年はその様子を見て、ふいに吹き出すように笑った。


(怖いんですけど‥)


 でも、うちの名前を知っているのだから、母の知り合い――なのかもしれない。じゃあ、母は? どうしてこの少年だけが?


「お母さんは一緒じゃ――」と言いかけて、私は止める。

 そうだ、向こうでは母は“千尋”じゃない。

(たしか……“エマ”)


「エマ?」と口にすると、少年の反応が弾けた。


「エマ!」

「そう、エマ!」

「エマ! エマ!」


 その言葉だけ通じたのが嬉しくて、私と少年は思わずハイタッチをした。

 ぱちん――すぐに痛みに顔をしかめ、少年は手を引っ込める。よく見ると掌にも細かい切り傷、指の関節は腫れて皮膚が裂けていた。


「まずは手当てだ」と父。

 私も頷く。

父は少年に身ぶり手ぶりで伝える

「傷痛い。いっぱい血でてる。傷痛い。すぐ手当て」

何故…父がカタコト

少年は怪しい父のジェスチャーを見て不思議そうな顔をするが

こくりと首を縦にふる。

(通じたの?マジで)

父は私を見てドヤ顔

「お父さんの上司はインドの人なんだ」

(シランガナ)と私は心で突っ込みをいれた。


 父は浴室へ連れていき、ぬるま湯で砂と血を流す。シャワーの水滴が赤くなって、排水口に吸い込まれていく。

 上がってきたとき――私と父は息をのんだ。


 さっきまで開いていたはずの傷口が、ほとんどふさがっている。ささくれていた皮膚はきれいに寄り、赤味だけが残っていた。少年自身もおどろいているみたいに、腕を見ては指で確かめている。


 父のジャージ(M)を着せる。袖は少し長いけれど、変ではない。私のは……さすがに無理。


 台所で、昨夜の残りを温め直して出す。最初は恐る恐る口に運んでいた少年が、一口、二口――やがて無言で完食した。

 その速さに、ちょっとだけ笑ってしまう。


「今日はうちで休もう。客間はないから、父さんの部屋に布団敷くぞ」

 父の提案に、少年は言葉はわからないまま、こくこくと首を縦に振る。目の下の影は濃いけれど、どこか表情がやわらいだ。




 翌朝。カレンダーの赤丸が目に入る。月曜日だけど祝日なので、私は学校が休み。父は仕事で早々に出ていった。

 少年はテレビの前に正座して、目をまんまるにしていた。ニュースのアナウンサーに合わせて、知らない言葉を少しだけ真似する。


(異世界の子、で間違いないよね……でも、言葉が通じない)


 辞書も、翻訳アプリも、たぶん役に立たない。悩んで、私はスマホを取り出す。


 ――胡散臭い小説家。新道ヒカル。

 私は深呼吸して、文字を打つ。


《至急会いたい。例の“本”の件で、進展があります。こちらに迷子が来ました。——異世界帰りの主婦より》



 送信。画面に「送信しました」の表示。心臓の音が、指先にまで響く。


テレビの天気予報は、夕方から雨だと言っている。

何かが動くとき、決まって空気は同じ匂いになる。

私はポケットにハンカチを入れ直し、少年の横に腰を下ろした。


「お母さん‥無事だよね」


彼は私の顔を見て、少しだけ笑った。


その瞬間、隣に座っていた少年から、ふわっといい匂いがした。金木犀――母が好きだった、あの甘くやさしい秋の香りに、よく似ていた。


 私はスマホを握り直す。

 風向きが、ほんの少し変わった気がした。





次回 土曜日更新

次回『京都駅星乃珈琲にて—迷子と作家と1枚のコイン』


京都駅の景色に少年は目を丸くして興奮。

相変わらず胡散臭い新道ヒカルは、平然と「喫茶」で待っています。

湯気と珈琲の香りのなか――

「いったい君は誰なのか?」を三人でほどいていく時間。

ほのかが、ヒカルに“おじいさん”の話をそっと引き出すと、

ヒカルはふと思い出したように、財布から一枚のコインを取り出す。

卓上で、それがかすかに鳴った瞬間――物語は加速します。


次の一杯は、どちらの世界の風が冷ましてくれるのか。

どうぞお楽しみに。

XやInstagramも初めました。


小説の挿絵や裏話など呟いてますのでお時間があれば是非!


「母は、異世界で天下をとる」と検索してください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ