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母は、異世界で天下を取る   作者: 松本 蛇
エマ 異世界アウルシア②

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12/48

12日 もう一人の"虹"

朝の講義前、中庭はまだ芝の匂いが新しい。

白い塔の先っちょが、雲に刺さっているみたいだ。


(――団長の「完敗だ」。)


昨夜の稽古場。

扉をほとんど蹴破る勢いで現れたカインが、当たり前のことみたいに笑って言った。


「フラン・オルディス・ヴァルト? 知ってるぜ。手合わせしたが――俺の完敗だ」


帰り道、隣を歩くコールは珍しく口数が少なかった。

肩のあたりに、見えない重り。


「団長でも及ばないか……さすがは“虹”だな」


声は平静を装っているけど、瞳の奥が揺れる。

憧れの背中が少し遠のいた――そんな色。



教室。窓際二列目に腰を下ろした瞬間、視線に引っ張られた。

ふり返る。最後列。フランが、ひらひら手を振っている。

子どもが飴を見つけたときみたいに無邪気な笑顔で――。


「……フラン」


「いいね、その呼び方。気楽で」


(場の温度を一段下げる喋り方。油断させる天性、かもしれない)


属性論、魔力史。昼休みの回廊。

気づけば、フランはすっと隣に立っている。

距離は近いのに、核心からは半歩だけ遠い。

そんな日が二日、三日。


「エマは、お昼はパン派?」


「近くの店の“ナッツ蜂蜜パン”が好き」


「人の好みに蜂蜜を垂らすの、素敵だね。今度ごちそうしようか?」


(言葉選びは軽いのに、ときどき“温度ゼロ”が混ざる。境界の切り替えが異様に滑らか)


授業が終わって、天文塔の影が中庭へ伸びるころ。

白い石段に並んで腰かける。風が制服の裾をなでた。


「ねえ、フラン。こんなに遅くまで外にいて……家族は心配しない?」


フランは空を見た。雲を数えるみたいに目を細め――いつもの調子で笑う。


「家族? ……家族ね。大丈夫」


「大丈夫なの? 心配とかしないの?」


「もう皆、死んでるから」


石段の下で鳥が一羽、短く鳴いた。

私は何も言わないことを選び、フランもそれ以上は何も足さない。

風だけが往復する。



数日後。実技訓練場の片隅。

私は相変わらず火も水も風も出せず、魔光石の前で腕を組む。


(理屈は飲み込めてる。体も動く。なのに――核心への道が一本、つながらない)


「エマ」


背後から落ちてくる声は、陽だまりみたいに柔らかい。

振り向くと、フランが立っていた。片手をひらひら。


「君、魔光石の“色”、嘘ついてるよね?」


胸が、一拍だけ強く跳ねる。私は笑って、とぼけた。


「その目の泳ぎ方、可愛いけど――嘘は通らないよ」


フランの顔は相変わらず笑顔なのに、目が笑っていない。

エマは嘘が上手ではない……代わりに千尋が前に出る。


「何の話?」


可愛らしかったエマの目つきが、急に鋭くなる。

それに気付いたのか、笑顔だったフランの表情も険しくなった。


「嘘なんてついた覚えはないけどな」


私の声に場の空気が揺らぐ。

小さい頃から私は、年上に気を遣わせてしまう“特殊スキル”があった。

年上の先輩や先生、職場の上司――私が話すと皆敬語になり、何もしていないのにたいてい先に謝り出す。

でも……フランは違った。


「わぁ! それだよ! その表情!」


私を見つめる目が急に大きくなり、手を叩いて喜び出すフラン。


「あの緑級の生徒を投げたときと同じ表情……それが見たかったんだよ」


「ずっと同じ表情だけど?」


「えー、全然違うよ? 気づいてない?」


「何が違うか教えてほしいくらいだ」


私は胸を張って答えた。


「やっぱり君、面白いね」


「褒め言葉として受け取る」


そう告げてフランから離れようとしたとき、私の手をフランが掴む。


「この指輪さ……」


フランが私の腕を掴んで言った。


「それ、石の色を青にする指輪だよね?」


「違うな……これは知り合いから貰った安物の指輪だ」


「嘘をついてもダメだよ。……それ、僕が作ったやつだから」


「……え?」


「昔にね。刻印の癖、見ればわかるよ」


私は言葉に詰まる。

振り返ると、フランがこちらを真剣な眼差しで見ている。


「で?」


掴んでいる私の腕を引き、顔を近付け、囁くように言った。


「実際は何色なのかな?」


「――“青”だ」


「へぇー」


フランの身体から、凄まじい魔力が溢れ出す。


「強い魔力同士は引き寄せられるんだよ……こんなふうに」


ふと自分の身体を見ると、少しずつ魔力が溢れ出しているのがわかった。


「このままエマと僕が力をすべて解放したら……この学院、壊れるけど。いいかな?」


フランから更に魔力があふれる。

地鳴りのように大地が揺れ、周りの石が宙に浮く。

フランの魔力に引き寄せられるように、自分の身体からも凄まじい魔力が溢れ出す。

止められない――。


「わかったから……」


私はフランの手を振りほどき、指輪を外してフランに投げた。

それを見るや、フランがポケットから魔光石を取り出し、私に投げる。

無言で受け取り、魔力を石に込めた。

握っていた手を開き、私はフランに言う。


「私は――“虹”だ」


フランの瞳が、ふっと熱を帯びる。

笑顔は無邪気なまま、底だけが深い。


「やっぱり! うれしいな。王都に来てから、ずっと退屈してたんだよ。上澄みを眺めるの、飽きちゃって」


「でも、一つだけ言っとく」


私は、まっすぐ言う。


「私は“出せない”。理屈はわかるし、体も動く。

でも、火も水も風も、形にならない」


フランは首をかしげた。春の子みたいな仕草。


「へえ。――じゃあ、教えるよ」


「……え?」


「力の使い方を。

虹はね、持ってるだけだとただの重りです。

背負い方を最初に間違えると、ずっと歪む。

最初に、まっすぐ持てるようにすればいい」


(発想が直線的。合理的で容赦がない。――でも今の私には、必要な“突破口”。この少年は、きっと鍵を持ってる)


「……お願いしてもいいの?」


「もちろん。君は面白いから。ね?」


フランは目尻で笑い、指先で私の指輪を軽く弾いた。

金属がかすかに鳴り、魔光石が微かに色を拾う。


「それは魔光石だけを騙す。

エマの中の“虹”は本物のまま。

覆ってる布を、正しく剥がす練習をすればいいよ」


私は息を吸い、頷いた。

気づけばエマが前に出ていた。


「教えて。フラン!」


鐘が一度、学院全体を揺らす。

明日、世界は少し“手触り”を変える。




次回:第13話「迷宮ダンジョン」/更新:金曜20:30

挿絵(By みてみん)


感想・レビュー、いつも励みになっています。

一言でもすごく嬉しいです。次話も全力で書きます。では、また!

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