魔術学院ルミナリア
王都に着いて二日目。
私は王命騎士団の詰所で、コールから掌に収まる小箱を受け取った。
「これは“魔光石”だけを誤作動させる指輪だ。昔、貴族の間で流行して今は使用禁止の品。クリスタルは騙せないが、学院の初期検査くらいなら青級に見せかけられる」
細い銀環。内側に、目では読めないほど細かい術式が刻まれている。
「……でも、意味あるの?」
「ある。“虹”は政治を壊す。君を守るための覆いだ。忘れないでほしい――騙せるのは石だけ。君の魔力量は変わらない」
(つまり、事実は事実のまま。偽装は安全のための薄い布一枚、か)
「わかった。借りるね」
私は指輪を薬指にはめた。ひんやりした金属は、すぐに体温になじむ。
王立魔術学院の門は、眩しいほど真っ白だった。塔は空を突き、芝の匂いは新しく、歩くたび革靴が控えめに音を返す。
入学手続きののち、最初の“魔光石”検査。私は指輪を袖の陰でそっと撫で、石に触れる。
青に、石が灯った。
係の書記が事務的に頷く。「青級、受理しました」
少し緊張したが、無事に青級ということにできた。
次は私が住む学院寮に案内される。私みたいに自宅が学院から遠い学生は、無料で寝泊まりできる。私の部屋は女子寮一階の角部屋だった。
そもそも貴族は、どれだけ遠くても馬車や船で通学する。
だから寮を使う生徒はあまりいない。
二人部屋。もう片方のベッドには、丸い眼鏡の女の子が座っていた。
「同室のユナ。……よろしく」
私と同年代。金髪で、丸い眼鏡のせいか幼く見える顔だ。
「エマ。こちらこそ、よろしくね」
ユナはこくりと頷き、また本へ視線を落とした。ページをめくる音は柔らかく、部屋の空気は静かに落ち着いていく。
(悪くない。同居人が静かなの、嫌いじゃない)
翌日から学院生活が始まった。
属性論の講義では、魔法は火・水・風の三系統。
風は単体でも優秀だが、火や水を強化する“追い風”の役目も担う。
白~緑は魔力量が少ないため基本は一属性のみ、赤だけが二属性の組み合わせを扱える――
(なるほど。理屈は飲み込めた)
筆記は上位。私は優等生の部類に入った。
――が、実技になると話は別。私はどうしても火も水も風も出ない。
同年代の貴族たちが小さな火球や水の糸を作るたび、私の掌は空を掴むばかり。
そして学院は“子ども”でも貴族は貴族。派閥ははっきり色分けされ、群れは群れを守る。もともと貴族でもない私は、完全に浮いて孤立した。
(似たようなこと、地球でもあったな)
――小学生の頃。
千尋の教科書が無くなる
「……あ、また無くなった…次から気をつけないとな!」
次の日
教科書が破られて出てくる
「ん?教科書が破れてる⋯犬か猫がやったのか…こんな場所に置いといた私が悪いな…次から気をつけないとな!」
体操服がなくなりゴミ箱から出てきた時も⋯
「誰かがゴミと間違えたみたいだ。間違いは誰にでもある、次から気をつけてほしい」とホームルームで言った。
またまた次の日
登校中に、机が窓から降ってきて
「お前の席ねぇから!」と言われた。
「クラスが変わったのか?教えてくれて有難う」と言って私は机を軽々持ち上げ校舎の中に入った。
――あの子は先生に怒られてた。せっかく“教えて”くれたのに。悪いことしたな。
窓の外に視線を流し、私は小さく笑う。(懐かしい。みんないいやつだった)
夜は王命騎士団の裏庭で剣術を学ぶ。指導はコール。私は体格に合わせて短剣を選び、握りの角度と重心を体に叩き込んだ。
「肘を落として、足の裏で地面を掴む」
「うん!」
日中は魔術。夜は剣。繰り返して一週間が過ぎた。
その日、私は学院の裏手にある禁じられた森へ呼び出された。魔物が出るので、生徒は立ち入り禁止。だが三人の貴族少年は、あえてそこを選んだ。
「ここは誰も来ない。叫んでも無駄だ」
「貴族でもないくせに、この学院を汚すな」
敵意むき出しの三人。
「――誰も来ないのか」
エマが怯えるのでエマから千尋へ変わる
急にエマの目つきが鋭く変わり⋯場の空気が変わった
「なぜだ?」
突如の迫力に、モブ貴族たちはたじろいだ。
「う、うるさい! そもそも魔力もない下等種族が、この学院に来ること自体が間違いだ!」
「私は魔力があるが?」
「へっ。所詮は青だろ? 汚い青だったな!」
「青に“綺麗”と“汚い”があるのか?」
「やかましい! 聞いて驚け、俺たちの色は緑だ!」
ふんぞり返るモブ貴族。
「そんなに違いはないと思うが?」
「青と緑じゃ天と地ほど差があるんだよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶモブ貴族に、千尋は小さく頷いた。
「そうだったのか…魔法は奥が深いな」
「話が通じない…下等種族め。痛い目見たくなかったら、さっさと出ていけ!」
「出ていく理由がない」
「理由はさっきから言ってるだろうが! ……もういい、やれ!」
「へい!」
モブ3が突進。顔面めがけて大ぶりのパンチ。
ひょい。私は上体を半歩外へずらし、左手で胸ぐら、右手で肘を制す。
右足を深く踏み込んで腰を切り、背中を相手の脇腹へ滑らせ――肩に乗せる。
そのまま腕を引き落とし、腰を軸に一気に畳へ落とす。
一本背負い。
モブ3の体は弧を描いて肩を越え、空中で一回転。
次の瞬間、どさりと地面に叩きつけられた。きれいに“抜けた”感触が背に伝わる。(一本!)と聞こえた気がした。
千尋は昔、漫画『YAWARA!』に憧れて柔道部に入部。直ぐに黒帯になり、大会で優勝まで駆け上がる。当時の柔道部の先生が「この子!天才だ!イケるぞオリンピックへ!!」という期待をよそに、千尋はあっさり退部した。退部理由は『SLAM DUNK』を読んでバスケがしたくなったからだった…
懐かしいな⋯私は小さく笑う
投げられたモブ3は、そのまま気絶。
私は残る二人へ視線を移し、低く問う。
「何が楽しい?」
威圧に、二人の喉が鳴る。
「何が面白い?」
一歩、また一歩。間合いを詰める。
堪えきれず、モブ2が両腕で抑え込もうと飛びかかってきた。しばらく揉み合い――
「よくやった! そのまま押さえ――」
モブ1が言い終える前に、私はわざと背中から倒れ込み、足裏を腹(帯の辺り)に当てる。両腕を引きつけ、足で弾く。
巴投げ。
モブ2の体はふわりと浮き、くるりと宙を舞ってから地面に落ちた。
私はゆるりと起き上がり、モブ1を見据える。
「命を、何だと思っている?」
静かな声で、一歩ずつ近づく。
恐怖に駆られたモブ1は両手を突き出し、拳ほどの火の玉を作った。
「う、うわぁ……近寄るな!」
(――火?)
「ど、どうだ。謝るなら許してやる!」
千尋の目が輝く。
「どうやって炎を出すんだ? すまない、教えてほしい」
「やかましいっ!」
火球が飛ぶ――はずだった。
「はい、そこまで」
気づけば、私とモブ1の間に一人の青年が立っていた。
「せっかく気持ちよく昼寝してたのに……」
頭をかき、面倒くさそうにため息。年は少し上、ほのかくらい。
「君、魔法は修得してコントロールできるまで、むやみに使うなって習わなかった? しかも同じ学院のクラスメイトに。退学だよ?」
「な、なんなんだお前は!」
「君と同じ、ルミナリアの生徒だけど?」
「知るかよ!」
反射的に放たれた火球。青年は一歩も動かず、虫でも払うように片手でぺし。火球は煙になって消えた。
服の埃をパンパンとはたき、青年は目だけで笑う。
「さて、どうしようかな」
「お、お前なんて、お父様に言えばすぐ――」
「へぇ?」
ぶわっと濃密な魔力が溢れる。空気が重く、森の葉がざわめいた。
「お父様が、何だって?」
不敵な笑み。モブ1は青ざめ、倒れた二人を引きずって小走りに退散する。
(モブのお手本みたいだな)
青年は私に向き直り、口の端だけで笑った。
「さっきの技、面白かった。肩に乗せて回すやつと、足で弾くやつ」
「柔道っていう。遠い国の投げ技」
「ふうん。――フラン。フラン・オルディス・ヴァルト」
貴族の名。ミドルネームと家名がある。
「エマ。……ただの、エマ」
「ただの、ね」
フランの視線が私の左手の指輪で止まる。何も言わず、肩をすくめた。
「へえ、君、面白いね」
それだけ告げ、木漏れ日に溶けるように去っていった。
夜。素振りの休憩に、私はコールへ森の出来事を話した。コールの眉間に深い皺が寄る。
「学院に抗議する」
「やめて。大したことないから」
「大したことはある。生徒の安全は学院の義務だ」
「じゃあ、私に何かあったら。その時に叱って」
コールはしばらく黙り、息を吐く。
「……わかった。エマがそう言うなら。――その少年の名は?」
「フラン。たぶん、それだけ」
視線が鋭くなる。
「フラン、か……」
そのとき、稽古場の扉ががらりと開いた。大股で入ってきたのは団長――カイン。
「フラン・オルディス・ヴァルトのことだろ? 知ってるぜ。一度手合わせする機会があったが、若いのにすげぇ魔力を秘めてやがった」
「団長、ご存知だったのですか?」
「ああ、知ってる。フラン――アスガルド唯一の“虹色”の魔法使いだ」
思わず息をのむ。
「それで……結果は?」
「ん?」
「対戦の結果です! 団長、どちらが勝ったんですか?」
「…………俺の完敗だ」
夜気がひんやりする。胸の奥が、どくんと跳ねた。
――そして、次の鐘が鳴る。
次回:第12話「もう一人の虹」/更新:金曜20:30
感想・いいね・ブクマが、創作の魔力です。
「好きな場面」「この技もっと」など、ひとことでも届くと次の一行が伸びます。
XやInstagramも初めました。
小説の挿絵や裏話など呟いてますのでお時間があれば是非!
「母は、異世界で天下をとる」と検索してください。




