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玄関開けたら2分で異世界

玄関の扉を開けると、家の庭ではなく‥異世界が広がっていた。


藁の匂い。麦畑。見覚えがある――


ここ、うち。異世界……エマの家だ。


「……エマ?」


父の声がした。アランだ。

振り向けば、入口に父。後ろで母が口元に手を当てている。母は泣きそうな目で、でも何も言わない。……うん、そこは前から変わらない。だいたい父が先にしゃべる家だ。


「戻ってきたのか……ほんとに……」


父は一歩、また一歩。手を伸ばしかけて引っ込め、結局ぐしゃっと抱きしめた。


「……ただいま、父さん」


言ったら、胸の奥がじんわり熱くなる。


「それにしても、その服は……?」


父がようやく顔を離し、まじまじと私の格好を見る。Tシャツに膝丈スカート、その上にエプロン。地球で娘が昔着ていたやつ。ここでは見たことのない布と縫い方だ。


「えっと……アスガルドで流行ってる服装、かな!」


父は「流行……?」と眉を寄せる。

(ごめん、適当に言った)


「まあ……無事なら、それでいい……」


父はそう言って囲炉裏に薪を足した。母は「おかえり」とだけ言って、私の前に蜂蜜入りのハーブ茶を置く。地球の家とは違う、なんだろう……守られているような、包み込まれるような、言葉にできない安堵が、この家にはあった。


ふと、自分が“エマ”になっていることに気づく。

つい先ほどまで地球では“千尋”だったのに、この世界に来ると自然にエマが前面に出て、千尋は少し後ろから見守っている――そんな不思議な感じ。


その日のうちに、どこから情報を得たのかコールが来た。戸を二度、控えめに叩く音。「失礼します」ときちんとした声。


「アラン殿。突然の訪問、無礼をお許しください」


副団長のコールは旅塵をまといながらも姿勢は真っ直ぐ、私と父に深く一礼した。


「エマ、探した。神殿のクリスタルで光に呑まれてから行方がわからず、心配していた」


「ごめんなさい。心配かけて……でも、無事だよ」


「それが何よりだ。――アラン殿、娘さんをまた王都へお連れしたいのですが、よろしいか?」


父は少し考えて頷く。「頼む。だが、今日だけは……ここで過ごしてほしい」


「心得ました。今夜はこの村で休ませ、明朝、私と共に王都へ」


「わかった」


「エマもそれでいいね? 団長も君を案じている」


コールの問いに、私は小さく頷いた。


夜。家族と夕飯。父は焼いた川魚を私の皿に置く。母は魚をコールの分まで取り分けてくれた。コールは礼儀正しく両手を合わせ、静かに祈る。

(この人、本当に紳士だな)


食後、囲炉裏の火が落ち着いた頃、コールが静かに切り出す。


「エマ。君は、まだこの世界のことを十分に知らない。簡潔に伝える」


床に指で四角を描き、四隅に点を打つ。


「この世界の名はアウルシア。大きく四つ――アスガルド、ソラリア、エルティア、ユノリア。いずれの王も“勇者の末裔”とされる」


「勇者?」


「昔話に聞く、世界を救った人間だ。七人の魔法使いと共に魔族を討ち、時代を拓いた――そう伝わる。……魔力の話も基礎から。魔力量は“色”で測る」


「色?」


「君が触れたクリスタルの輝きだ。白・青・緑・赤、そして最上位に“虹”。虹は通称“ユニーク”特別な力があると言われている。」


(白、青、緑、赤……そして虹は唯一無二か)


「虹は、一人で国を滅ぼす力があるとも言われる。ゆえに各国は虹の存在を重んじ、均衡を取っている。虹は七人。そのうち四人は四王国の庇護下だ」


「……へぇ」


(すごい世界だ。均衡、政治、力のバランス。……虹は地球で言う核抑止みたいなものか)


コールは、まっすぐ私を見る。


「エマ。神殿で再測定した。――君の魔力量は“虹”と判定された」


囲炉裏の灰が、かすかに弾けた。父の箸が止まり、母の指が茶碗の縁で小さく震える。私の心臓も、どくん、と一度だけ大きく跳ねた。


「……そう、なんだ」


声が少し掠れた。

(“怖い”より先に、“やっちゃったな”が来る……)


「この事実は、当面は秘匿する。報告義務によりアスガルド王には上奏するが、他の王族・貴族へは一切流さない。情報は王命騎士団で封じる」


「団長は、それでいいって?」


「ええ。団長は豪快だが、要は押さえる人だ。――明朝、本営へ。君は王立魔術学院ルミナリアに籍を置く。騎士団には魔力持ちがおらず、制御は学院で学ぶのが最善だ」


父が私を見つめ、ゆっくり息を吐く。

「……お前が行くと言うなら止めない。だが、戻ってこい。帰る場所は、ここだ」


母は私のエプロンの裾を指でつまみ、ほつれた糸をそっと押し込んでくれた。


「うん」


その夜は、藁布団の硬さすら愛おしかった。

(エマ、あなたは今ひとりじゃない。怖いなら“怖い”と言ってから進めばいい――震えるエマに千尋は優しくそう言った)



翌朝。村は朝靄。鶏の声。道端の露は白く光る。

家の前には、すでにコールが馬を連れて待っていた。鎧は最小限、礼装のマントはきっちり整えられている。


「お迎えにあがりました、エマ」


「うん、準備できた」


私は地球の服――ほのかのお下がりに、エプロンをきゅっと結び直す。


「その服は、やっぱり……流行、なのか?」


父が最後まで腑に落ちない顔で聞いてくる。


「うん」


胸を張って言うと、父は「そうか」と笑って私の頭をくしゃっと撫でた。母は縁側から一歩進み、背中をぽん、と押す。


「行ってきます!」


コールが手綱を渡し、歩調を合わせる。


「王都まで半日。着いたら本営で団長が待つ。……緊張しているかい?」


「ちょっとだけ」


「そうか。大丈夫。怖ければ私に頼ればいい。なんとかする」


彼は目だけで微笑み、空を一度見上げた。

(この言葉の安心感……ふと地球の大輔が頭をよぎる。人って、こうも違うんだな)


王都アスガルド――遠目にも白い塔が空に刺さっている。


本営の門前、両開きの扉が勢いよく開いた。


「遅い!」


腹に響く大声。裸に近い上半身。背丈より長い剣。

団長――カインが仁王立ちで笑っていた。


「無事か! 手足はついているな! よし飲むぞ!」


「団長、まずは会議です」


コールの眉が、ほんの少しだけ吊り上がる。


「会議のあとに酒だ」


「はい、“あとに”」


(相変わらず……豪快)


本営の奥、静かな円卓。

カインは腕を組み、私を見て笑った。


「“虹色”だとよ! いいじゃねえか、最高だ!」


「団長、声」


「小声のつもりだが?」


「いつもの三割です」


「なら十分だ」


ガハハと豪快に笑う団長。

(この顔、どこかで見た……あ、トトロ。口あけるシーン、こんな感じだったな)

豪快に笑う団長に、私は地球のアニメを思い出した。

そして、正式な決定が告げられる。

――エマ、本日付で王命騎士団の“籍”を得る。ただし実務は学院での修練を優先。“虹”は秘匿、王のみ知る。表向きの階位は保留。


「質問は?」と問われ、私は一つだけ手を挙げた。


「私、帰ってきてもいいよね。村に。家に」


コールが即答する。「もちろん」

カインが親指を立てる。「帰る場所があるやつは強い。行ってこい、ルミナリアへ!」

団長はエマの背中を豪快に押す

いや‥叩くに近いか‥

地球だったらパワハラだな‥

「団長……手続きがまだで、入学はもう少しかかります」


ため息まじりにコール。

「そうか!まあ頑張れや」


団長はそう言って、私の頭をばんばん叩いた。(痛い‥セクハラも追加だな)


円卓の扉を出ると、白い塔の先に学院の尖塔が覗いていた。

胸が、またどくん、と鳴る。怖さと、楽しみと、責任と。


(よし。行こう。ここからが始まりだ)


気がつけば、エマの震えは収まり、期待で胸が躍っていた。

私はマントの結び目をきゅっと締め直し、深呼吸する。


「よし!」


学院ルミナリアで、最初の鐘が鳴った。


次回11話「もう一人の虹」

更新は毎週金曜日20:30です。


いつも読んでくれて有難う。

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