Another side:出会い
彼女との出会いは母に連れられて行った、毎月土の日に行われる植物サロンでのことだった。その日彼女は母親と参加しており、共に植えていた植物が花を咲かせたと喜びあっていた。母親に見せる笑顔はまるで太陽のように煌めいて見え、僕はそのキラキラした眩しいほどの笑顔に一目で恋に落ちた。
ずっとその笑顔を見ていたい。話しかけて自分にもその笑顔を向けて欲しい。淡く抱く恋心を胸に眠れない夜を過ごした。僕の心中を察してか、母が先導して話しかけてくれたこともあり、彼女と対面することに。ドキドキしたながらした話の内容はあまり覚えていないけど、その日から彼女とはサロンで会うたび植物図鑑を片手に次に植えるものを一緒に物色したり、珍しい植物を見つけては共に目を輝かせた。
ある時は日照りの時でも実植物を、逆に多雨の時期に適した植物などを探しては栽培地域を厳選してみたり、砂漠地域の緑地化問題を議論したりと年齢にそぐわない会話をして周囲の大人を驚かせていた。
そう言えば今は普通に流通しているが複製した宝石、基、硝子細工も彼女が考えたんだったか。
その日は台風が接近していてせっかく育ち始めた植物たちを台無しにされては堪らないからと台風に向けて準備をしていた。支柱にする為の棒を彼女が持って来てくれていたとき、うっかり転んでその支柱がサロンの場所提供していた家の窓に当たって割れてしまい、僕は彼女があたふたするものだと思ったのに彼女は割れた窓硝子の破片を見て『キラキラしてとっても綺麗ね!これ綺麗な形に削ったらきっと宝石みたいになるわ!!』って言って本当に複製の宝石を作りあげてきた。あの時は思わず笑っていたけど出来上がった物を見た時父も僕も開いた口が塞がらなかったっけ。彼女の突飛な案はそれだけに留まらず、僕は何度驚かされたことか。
彼女といるといつも楽しかった。同年代の中でも少し大人びた自分と、会話がここまで続く相手はいなかったものだからより新鮮に感じていたのだろう。仲良くなって暫くした時、彼女の誕生日が近いことを知り、贈り物を吟味していた。普通の令嬢が好むキラキラした宝飾品やリボンなどの可愛らしい物をあまり好まない彼女への贈り物選びは難航していた。ついぞ本人に直接何か欲しい物はないかと尋ねると花の種が欲しいと意外な、しかし彼女らしいものをねだられたのは忘れられない。
それから父が異国から珍しい植物の種を貰ったのでその種を一緒に植える約束もした。
しかし、その約束が果たされることはなかった。その日、彼女が初めてサロンに来なかった。何も告げずに来ないことなんて今までなかったものだから約束していたのにと、多少なりとも憤怒した。僕は彼女に来なかった理由を聞くこともなく、なぜ約束を破ったのかと執事と共に来ていた彼女を責め立てた。俯いて何も言わない彼女に痺れを切らして僕はそのまま家に帰った。
その後、僕は知ることになる。彼女がサロンに来なかったその日、彼女の母親が亡くなったのだと。謝らなくちゃ、とした決意も虚しく、その日を堺に彼女はサロンに現れることはなかった。
ハッとして目を覚ます。
何だ夢か…。なんとも懐かしい記憶を見たものだ。自分の部屋の屋根を見ながらぼんやりとそんなことを思う。
あれから10年がたった。
彼女はあの日からサロンに来ることもなく、俺も行くことはなくなった。もう17にもなる大の男が初恋を今だに引きずっているなど笑い草である。来年には成人を迎えるのだ。しっかりせねば。こんな夢を見るのは彼女に会ってしまったからだろう。
たまたま見つけてしまったのだ。春の日、新入生として登校する彼女を。あの眩しいほどの笑顔を見ることはなかったが、太陽の光を受けてキラキラと輝くはちみつ色したブロンドは記憶の中にいる彼女と同じものだった。幼い記憶の彼女より、髪も随分と伸びたし背もスラリとして幼いながらも妖艶さも持ち合わせた淑女となっていたが、きっと彼女だ。遠目から見ていたから向こうは俺に気がつくことはない。とは言っても10年もたつのだ。向こうは俺のことを忘れているだろうから仮に目の前に現れたとしても気にも留めないだろう。
彼女を見つけてから二月がたった。
「あの、申し訳ありませんが、昨日こちらを落とされたのですけれどお渡しできなくて…。アナベル様のものですわよね?」
「えぇ。ありがとうございます。全然気がつきませんでしたわ。」
「勤勉なアナベル様には大切なものですものね。」
「まぁ!ふふっ。勤勉だなんて。それしか取り柄がないのですわ。」
「またまたご謙遜を!」
同じ学年の女生徒と思わしき令嬢と共に校舎へと消えていく彼女。今日もつい見つけて目で追ってしまう。こんなことをしているなんて気持ち悪い。いい加減やめなければ。そう思うのに彼女を勝手に探してしまう己に甚だ嫌気がさす。彼女のことを忘れようと公務に励むも彼女はあの時のまま変わらず優秀で、彼女の出す論文が回ってくるため、余計に関わりが出来てしまう。
「はぁ…」
彼女の目新しい領地政策に関する論文を片手に1人溜息をつく。どうすれば彼女を忘れられるのか、と悶々と考えを巡らせていたそんな時、エヴァリューが自分のサロンに彼女を誘おうと思っていることを知った。もういっそのこと近づいてしまおうか。彼女はもう覚えていないだろうし、初めましての風貌で行けばまた彼女との縁ができるかもしれない。今度こそ彼女との仲を大切にしたい。しかし、あまり関わって気付かれたくもないと思う自分もいる。ならば自然な距離を保ちつつ関わるしかない。
「はぁー…」
静かな書斎にまた一つため息が落ちた。