クリスティーナ
アナベルはライオネスから貰ったバレッタをその日から毎日付けるようにしていた。大切なものだとわかるように、エミリアや周囲にも頬を染めて言うアナベルの姿とバレッタに付けられた硝子細工の色が初々しくも濁状的な匂いを醸し出していた。その時のクリスティーナの心情を知ったるやいなや。あの堅物なライオネスがうつつを抜かしていることはもう学園だけでなく社交界にも広まりつつある。
と、言うことはクリスティーナの家、ローズウェル公爵家にも伝わっているということ。
父である公爵から呼びつけられたクリスティーナは終始俯いていた。
「ライオネス殿下が誑かされたあの令嬢は大変優秀な令嬢だと言うではないか。」
「…。」
「聞いているのか?」
「はい。お父様。」
「ユルリッシュが言うには学園での成績も立ち居振る舞いも見事なものだとか。あの者が出す論文は昔からなかなかに評価の高いものであると知ってはいたが…。今、宮中で使われている蓄音機も彼女が考えたものであるがゆえ、その才覚は王宮内でも周知の事実となっている。
…お前は物怖じしない性格だが勉学においてはそれほどだったな。」
「も、申し訳ありません…。」
その視線が学園内での自分の行動を見透かしているようでクリスティーナは思わず謝ってしまう。
「いや、お前を攻めているわけではない。私がお前に勉学の必要性を解く事をせずその分をユルリッシュに押し付けてしまっていたのがいけなかったのだ。」
そう言うと公爵はクリスティーナから目をそらせ、何かを考えるような仕草で密かに声を漏らした。
「しかしながらあの者が優秀な故にこの様な噂が立つのはなんとも不可思議に感じる。自然とそうなったのか、考えての行動なのか…。」
公爵が溢した言葉を聞き取れなかったクリスティーナは不思議そうに見つめ問い掛けようとするも、それを手で遮られ口に出すことを取り止めた。
それから公爵はクリスティーナと向き合い、真剣な眼差しでこう言った。
「いいか、クリスティーナ。私が伝えたいのは一つだけだ。道を誤るなよ。」
公爵のその真摯な眼差しが言わんとすることを受け止めクリスティーナは答える。
「承知しております。私は、私なりのやり方で矜持を貫きますわ。」
そう宣言したクリスティーナは一礼して部屋を出て行った。その後ろ姿を心配そうに見送る視線を知らずに。
ライオネスに釘を刺されてからはアナベル本人に何も言えずにいるため、クリスティーナは日々どうしたらライオネスが自分の方を見てくれるのか、或いは彼女、アナベルとの距離をきちんと保てるのかを考えあぐねていた。
教養が高くなればいいのかと勉学に勤しんだこともあったがいかんせん、今までとんとしたことのないことだったため知恵熱が出てしまう程に向いていなかった。なれば淑女としての腕を磨けばいいのでは!と刺繍やダンス、仕草一つ一つを猛特訓し、優雅に美しく見える様に努力した。それでもライオネスの心はアナベルに向いている様で、今まであった婚約者への贈り物や手紙はありつつもアナベルのように何処かに誘われたりは終ぞなかった。
なぜ?彼の隣に相応しくあろうとこんなにも努力をしているのに、昔からの婚約者の私よりもぽっと出のちょっと優秀なだけの彼女に彼を取られないといけないの?なぜ?なぜ?なぜ…。
嫉妬、劣等感、焦燥、嫌悪…。様々な悪感情がクリスティーナの胸中に渦巻いていた。自室で悶々としていたクリスティーナはその苛立ちから側にあった、幼い時に特注で作らせた花瓶を思わず振り払ってしまい、花瓶はパリンッと音を立てて割れる。その音にハッと我に帰ると散らばる破片を見つめた。それはまるで幼き日の淡い恋心のようであった。
クリスティーナはそれらを無かったことにするかのように振り返らずに部屋を出て行く。割れたガラスの破片が踏まれてジャリっと音を立てていた。