嫌がらせ
いつもいつも直接絡んでくるクリスティーナがあの一件があってからはアナベルに苦言を強いることはパタリとなくなった。
睨まれることはあるが絡まれることのなくなったことにほっとしていたのも束の間。
身の回りのものが無くなっていくのである。
初めは筆箱、次に教科書、そしてついには鞄がなくなったのである。流石にこれは…と、困り果てていたアナベルにライオネスが声をかける。
「アナベル…?そんなところで何をしている?」
「ライオネス様…。いえ、その、ちょっと探し物を…」
「またか?今度は何を?」
「か、…鞄です…」
「鞄だと?!」
驚きのあまりつい大きな声を出すライオネスであったが、はっと我に帰り申し訳なさそうにアナベルに謝る。
「す、すまない。大きな声をあげてしまった。」
「いえ、大丈夫です。」
鞄が無くなったというのに怒った素振りを見せることもなく、少し困った表情で微笑むアナベルにライオネスは庇護欲が擽られる。
「大丈夫ではないだろう。一緒に探す。最後に見たのはいつだ?」
「え!そんな大丈夫です!前回もその前も私の無くし物を探すのに付き合わせてしまったのですから…!」
「だからだ。もう今更だろう。それに…」
「それに…?」
言い淀むライオネスに疑問を抱き首を傾げるアナベルを見てドキリと胸がなったライオネスは少し頬を染めながら話を切り替えた。
「いや、なんでもない。それで、最後に見たのはいつだ?」
「えっと…、帰る前に図書室の新刊を確認しようと教室を出るまではありました。」
「わかった。とりあえず教室に行っみるか。」
教室に向かう道中も2人の会話はいつものように弾んでいた。
「そういえば、この前君が発案した音を記憶させる装置が承認されてな。正式に研究、開発されることになった。確か蓄音機とか言ったな。」
「まぁ!本当ですか!それはよかったです!これで皆様の負担が少しでも軽くなればいいのですが…」
「完成したら宰相はもちろん大臣たちも喜ぶだろう。あんなに画期的な装置なのだ。仕事もより正確になるだろう。」
「ふふっ!よかったですわ。ライオネス様もずっと言ってましたものね。伝言の相違が多くて大臣たちの言った言わないの揉め事が面倒だと。」
「あぁ。本当に助かるよ。ありがとうアナベル。」
「いえ、お役に立てたのなら本望ですわ。」
楽しい時間はあっという間ですぐ目の前に教室が見えてきていた。扉に差し掛かろうとした瞬間教室の中から話し声が聞こえてきて、思わず2人とも静止する。
「まったく!なんなんですの!アナベル・ルシフェル!」
「ほんとよ!ほんと!クリスティーナ様がお優しいからって調子に乗って!」
「本当に、なんなんのかしらね。」
聞こえたのはクリスティーナとその取り巻き、ブリジット・シャンタルとカロリーヌ・ベルナデッドの声であった。アナベルは自分のことを言われているのだと分かり動揺するも殿下に宥められながらそのまま会話を聞くように示唆される。
「大丈夫ですよ!クリスティーナ様!神様はきちんと見ておりますわ!」
「そうですわ!あんなはしたない人にはきっと天罰が降りますわ!」
「天罰…。ふふっ。そうね。2人ともありがとう。
天罰が降るのを楽しみにしてましょう。
もしかしたら今頃天罰が降っているかもしれないわね。」
「…っ!!!」
その言葉を聞いてカッとなったライオネスが教室に押し入ろうとするのをアナベルが必死に止め、声を潜めて宥める。
「(いけませんわ!ライオネス様!今の発言だけでクリスティーナ様がやったというのは些か早慶かと。それに証拠もありませんし、私は大丈夫ですので。)」
またも困ったように微笑むアナベルを見て、少し冷静になったライオネスはアナベルの手を掴み早足にその場を離れていく。
「すまない。君の助けにならなくて。」
「そんなっ…!」
「きっと証拠を掴んで見せる。だから俺に君を守らせて欲しい。」
真剣なライオネスの目にトクンと鼓動が脈を打つ。
見つめ合う2人を静かに夕日が照らしていた。