王子との出会い
サロン当日の日。
侯爵家に降り立ったアナベルは緊張していた。
まさか自分があの優秀な人が集まるサロンに参加するとは。しかも女性は初めてときた。これは緊張しないわけがない。
ドキドキしながらなサロンの会場へ案内されるとそこには学園の堂々たるメンツが揃い踏みであった。
招待主のエヴァリュー・フェルメールはもちろん、王立騎士団長の息子ルイ・アンベール、王都一の豪商人の息子リッシュ・ランベルト、宰相の息子でクリスティーナの弟ユルリッシュ・ローズウェル、そしてこの国の第二王子ライオネス・レヴィストワール。
他にも王立図書管理長の息子や防衛大臣の息子などなど王都では名の知れた家の息子たちが参加していた。
錚々たる面々にアナベルは改めて気を引き締める。
意を決したようにゴクリと唾を呑み込み、前へ踏み出した。
サロンの主催である、エヴァリューに挨拶に向かうと彼方もすぐに気付き歓迎してくれる。
「やぁ。来てくれて嬉しいよ。みんな君と話たがったからね。そうだ。紹介するね。
こちら我がレヴィストワール王国の第二王子であられるライオネス・レヴィストワール殿下だよ。」
「ライオネスだ。よろしく。」
エヴァリューに紹介され隣にいたライオネスに最上の敬意を表す完璧なカーテシーで挨拶をする。
「ライオネス・レヴィストワール王子殿下にルシフェル伯爵家長女のアナベル・ルシフェルがご挨拶申し上げます。この度は我が国の至宝であられます殿下の御尊顔を拝謁賜りまして恐悦至極でございます。」
その完璧なカーテシーにライオネスも驚いた。
「本当に噂通りの令嬢だな。なんでも振る舞いだけでなく頭もいいのだとか。」
「いえいえ、そんな…。」
「いや、君の功績はよく聞いているよ。なにせ学年が違うにも関わらず学園中で噂になる人だ。父上も褒めていた。」
「お褒めに預かり大変恐縮でございます。」
「なに、まだ自分も学生の身だ。そんなに畏まらないでくれ。君とは良き友人となりたい。」
「まぁ…!」
あまりにも身分の違うライオネスに微笑まれ思わずドキドキしてしまう。
それから王立騎士団長の息子ルイ・アンベール、王都一の豪商人の息子リッシュ・ランベルト、宰相の息子でクリスティーナの弟ユルリッシュ・ローズウェルも紹介され、対談を楽しんだ。
次の日
いつものように学園に登校したアナベルに昨日ぶりの声が聞こえてくる。
「よう。ルシフェル嬢。」
声かけてきたのはライオネスであった。その後ろにはエヴァリューも控えている。
「で、殿下!!あ、えっと…ルシフェル伯爵家…」
あまりにも突然のことにドギマギしながらも一旦落ち着いてきちんとした挨拶をと思っていたアナベルにライオネスは手を振った。
「あぁ。いい。昨日も言ったがまだ学生だ。畏まった挨拶は不要だ。もっと砕けてくれ。」
「え、で、ですが…」
「クスクス。殿下、それは難しいんじゃないですか?」
「…そうか?お前ももっと砕けていいと言っているのに相変わらず堅いな。」
「えぇ。私は一臣下ですので。」
後ろに控えていたエヴァリューが口添えしてくれるも、その言葉に何処となく不満気な顔をするライオネスが年上にも関わらず、なんだか幼く見え、思わず頬が緩む。
「そうだ、ルシフェル嬢。また来月サロンを開催するのでよければまたきて欲しいな。昨日はとっても楽しかったから。」
「あぁ。また参加してくれ。昨日はなかなかに有意義だった。」
エヴァリューとライオネスにそう言われてアナベルはまた次回があるのだと心踊った。
それからというもの幾度もサロンに誘われ、ライオネス、エヴァリュー、ルイ、リッシュ、ユルリッシュとの距離が近くなることに時間はかからなかった。そのため、アナベルは必然的に5人と共にいることが増えていき、学園でより目立つ存在となっていった。
そんなときである。クリスティーナたちに呼び出されたのは。
「なぜ呼ばれたかお分かりかしら?」
「えっと…なぜでしょう?」
「まぁ!しらをきると?」
「いえ、申し訳ございません。本当になんのことだか…」
「調子に乗るなとお伝えしましたわよね?」
「え…?」
「知らないわけがないでしょう?!」
「そうよ!ライオネス殿下はクリスティーナ様のご婚約者であられるのよ!なのに気安くべたべたべたべたと!!」
「あ…!いえ、違うんです!ただ…」
「なによ!惚けちゃって!」
「何にせよ、婚約者のいる殿方に不用意に近づくものではございませんわ。そこのところよく弁えなさい!」
「も、申し訳ございません…」
クリスティーナたちに捲し立てられていたその時、何処からか低い声が割って入ってきた。
「何をしている。」
「ラ、ライオネス殿下…?!」
何処となく不機嫌そうなその声の主はライオネスであった。
「何をしているのかと聞いている。」
「い、いえ、特に…。婚約者のいる殿方に不用意に近づかないよう注意していただけです。」
「ほう…。3人でか。」
「あ、あの…!」
「もういい!俺は多勢に無勢が嫌いな太刀でな。うせろ。」
「え…?ラ、ライオネス様…?」
「そうだ。クリスティーナ。よくよく考えるべきなのはお前の方だ。アナベル嬢が優秀なのを目の敵にしているのはよく耳にしている。しかし、国政のためとなる優秀な人材をお前が糾弾していいわけがあるのかを、な。ましてや不埒な想像だけで。」
ライオネスに厳しい態度を取られたクリスティーナは先程の堂々たる姿とは裏腹に酷く狼狽えていた。
その姿を一瞥し、ライオネスはアナベルの手を取りその場を離れていく。アナベルはなすがまま、ライオネスについていくしかなった。
しばらくアナベルの手を引いて歩いていたライオネスがふと立ち止まり、振り返ってこう言った。
「すまない。アナベル嬢。俺の婚約者が君に失礼をしたみたいで。以前のことも耳には入っていたのだが、ここまでとは。」
「いえいえ!そんな!殿下が謝られることでは!
…それに、クリスティーナ様の言っていたこともわかるんです。婚約者のいる殿方に不用意に近づいてしまった自分がいけないのです。様々な研究成果や領地政策の話ができるからって…、夢中になり過ぎてしまったのですわ。」
「いや、君は悪くない。君ほど優秀な女性はいないからな。他の令嬢たちとは話も合わんだろうし、俺たちと話をしていた方が楽しいだろう。それに、君の考えは国のためになる。俺は何度感心させられたことか。」
「…殿下、」
「あー…、その、…殿下ってのやめないか?
あれだ、学園にいる時くらいは砕けた関係でいたい。」
「え…と、では、なんとお呼びすれば…?」
「普通にライオネスでいいだろう。俺もアナベルって呼んでもいいだろうか。言葉遣いもそんなに丁寧じゃなくていい。」
「も、もちろんです!え、っと、…ライオネス様…」
「あぁ、なんだ。アナベル。」
微笑まれながら名を呼ばれた瞬間ブワッと頬が暑くなるのをアナベルは感じていた。胸がドキドキする。この気持ちは…。そう思いかけて頭を振る。相手は王子、しかも婚約者がいるのだ、と自分に言い聞かせた。