終演
次の日、王宮の謁見の間には昨日の顔触れが揃っていた。それに加えて王宮鑑定士として王家に長く仕えているフェルメール侯爵も真の石の鑑定士として列席していた。伯爵とアナベルが国王の前に狭間付き、真の石が嵌めてあるペンダントを差し出すと、侯爵が白い手袋をつけた手でそれを受け取った。そして、レヴィストワール王国特有の含有物を確認するためのルーペを手に鑑定を開始した。部屋には重々しい空気が立ち込め、誰もがこの瞬間を張り詰めた様子で待っていた。
暫しののち、フェルメール侯爵が言葉を吐く。
「こちらの真の石は、偽物ですな。見事なまでにただの硝子細工です。」
どさりっ!と膝から崩れ落ちたのはアナベルであった。
そんなはずはない。確かに幼き日に私が貰ったはずなのだ。なのにどうしてあれが偽物だと?ならば本物はどこに?
切迫したアナベルはクロヴィスと共にいる彼女を見た。彼女はおずおずとクロヴィスに掌にある箱を見せていた。
「フェルメール侯爵。すまないがこちらも鑑定して頂いてもいいだろうか。」
そう言ってクロヴィスが受け取った物を侯爵に差し出す。それはアナベルが持っていたペンダントと全く同じであった。それを見た周囲は驚きを隠せずに狼狽えていた。手渡された侯爵も同様に。しかし、鑑定しないわけにはいかない。侯爵は再度ルーペを手に鑑定を始める。それを見ていたアナベルの顔は悪鬼の如く顔で彼女を睨みつけていた。嵌められた。そう気づいてももう遅い。侯爵が鑑定を終え、皆に聞こえる様に声を張る。
「こちらが真の石で間違いありません。」
その瞬間にアナベルを見る目がハッキリと変わったのだ。魔女は極刑。生きたまま火炙りとなる。魔女と共謀したとされる伯爵も斬首は免れないだろう。絶望の淵に立たされたアナベルが、正気を保っていられるわけもなく、がなり立てる。
「おまえっ!!!私を騙したなっ!!お前なんかにっ!お前なんかにっ!お前が死ねばよかったんだ!あの時お母様が邪魔をしなければ、お父様の言う通りにしていれば私は幸せになれたのに!!」
「連れて行け。」
「皆んな騙されてる!!あの女は強かな魔女だ!!あいつが魔女なんだっ!!う、あぁぁああっ!!!!」
アナベルの絶叫は部屋から出されてもなお聞こえていた。
それから幾日か経ち、カツンッ、カツンッと牢屋の石階段を降りる足音が聞こえた。牢に手を繋がれて見るも無惨な姿と成り果てたアナベルはその音の正体を見ることもせず、俯いていた。カッ、カッ、カツン、と自分の牢の前で足音が止まる。こんな窓もなく篝火だけが灯る暗く鬱屈した場所に人が来るなんて、大方見張りか拷問の看守だろう。そう思っていつもの様に目を閉じてやり過ごそうとしたアナベルの耳に忘れもしない、あの時の元凶の声が聞こえてくる。
「あらあら。何ともお似合いな姿ね。」
バッと顔を上げ、射殺さんばかりに睨みつけるアナベルに彼女は可笑しそうにクスクスと上品に笑っている。
「安心して。火炙りは免除してもらえる様懇願したの。拷問ももう無いわ。だって、私も痛いのは嫌だったから。」
「私への報復には満足したってこと?」
「報復?何のこと?」
「何を今更っ!!」
「ふふふっ。あなたとお父様からされたことを言っているなら、それは関係ないわ。」
「ならっ…」
にこりと気味が悪いほどに美しく笑ってみせる彼女に背筋が寒くなる。しかし、アナベルは身震いするもことの真相を確かめようと躍起になった。
「いつから計画していたの?!」
「初めからよ。」
「…どういうこと?お母様と2人で画策してたってこと?」
「ふふっ。お母様はただ単に自分が産んだ子だから魔女だとしても私もあなたと同じ様に愛してくれていただけ。まぁお父様はずっと魔女の伝承を信じて私を殺そうとしていたけれど。」
「ならどうやって!」
「そうねぇ。何度も説明するのは面倒くさいのだけど…。」
彼女の言っていることの意味がわからないが、早くもこの場から立ち去ろうとするその前に一番疑問に残っていることだけは答えてもらわねばと矢継ぎ早に吠えた。
「石は?!私がお父様から貰ったペンダントは確かに本物だったし、あんたは何も貰ってなかったわよね?!なぜ同じ物が二つあったの?!」
それを聞くや彼女は声を出して笑い始めた。
「あはっ!あははははっ!!本当にお馬鹿さんよね。あなた。」
その発言に苛立ちながらも言葉の続きを催促した。
「あなた子どもの時に私にあのペンダントと同じのを作りなさいって命じたわよね?ちょうどその時硝子細工の技工を編み出していたからあなたの要望に答えて同じものを作ったじゃない。」
「でもアレはあんなに綺麗じゃ無かったわよ!」
「それはそうよ。だって未完成のままあなたに差し出したんだから。」
「なんでそんなことを…」
「そうすれば見栄っ張りで業突く張りのあなたはいらないと捨てるでしょ?あなたが捨てた後、仕上げ磨きをして本物そっくりに仕上げたの。」
「でも工房の人達はそんなこと一言も…」
「当たり前じゃない。あなたと話をして不興を買ってしまったら即クビになるんですもの。誰もあなたとは話したがらないわ。だからとーってもやりやすかったわ。」
うふふっと笑う彼女は気を良くしたのか、面倒と言いながらも説明してくれる。私がいつも我が儘を言って真の石を見せてもらうことを好機とし、すり替えを行ったことや私が皆から敬われる存在になるための案も自分の功績を確実に公にする為だったこと、ライオネスに出会わせてこのことが明るみに出る様に誘導していたこと。そしてそれをアナベルはただただ聞くしかなかった。
「私はね、あなたが『お前は私のスペアであって、私が幸せになるための道具でしかないの。主役は私!裏方は、裏方に徹底しなさい!』って言ったから人生の前半はあなたに役を譲ってあげただけなの。前半は私が裏方をしたんだから後半はあなたが裏方をするべきよね?だって私はあなたのスペアですもの。あなたが舞台から降りたならスペアの私が舞台に立つだけ。そうでしょう?安心して。私が居たみたいな、もっと清潔な場所に移ることも許可して貰ったの!食事もあるし、ここよりも不自由はないわ。」
まるで太陽の様に無邪気に破顔して笑いそう言う彼女の顔は、目は、どう見ても常人のそれとは違った。
「狂ってる…。」
「大丈夫!あなたがしてくれたみいに私だけがあなたに会いに行ってあげるから!」
そう言ってその令嬢はほくそ笑む。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
初めての作品ですので読みにくい部分も多々あったと思いますが少しでも楽しんで貰えたなら嬉しい限りです。
今後の作品の糧にもなりますのでご意見、ご指摘、評価等ありましたら気軽にお伝えください。
また機会がありましたらぜひ立ち寄ってください。