断罪
王宮にある査問の間では国王を始め、国の重鎮たちが顔を揃えていた。何せこの国の宰相を務める家の娘がしでかしたのだ。最悪国が傾いてもおかしくはない。それ故にこの国で最も重要な人物が集められた。とは言っても公にできることでもないので少人数のみとなるが、それでもその顔触れは国の要となる面々ばかりである。
目の前には国王が、そして周りをその重鎮たちで囲まれたクリスティーナは昨日よりも一層顔を青くして立っていた。流石に子どもの粗末な嫌がらせだけでは死刑などの重い罪にはならないが王族が懇意にしている者に対しての侮辱と家格が下のものへの陳謝を行う事から公爵位が疑われる醜聞となるのは確実だった。家格が脅かされるなど今後の経営にも社交界にも多大な影響が出る。そのことを嫌と言うほど理解しているクリスティーナは今から始まる断罪に恐怖していた。
そして重鎮たちから離れた後ろにはライオネスと共にアナベルが、その横にはアナベルの父であるルシフェル伯爵が控えていた。アナベルは痛ましそうにこちらを見ているのに対し、ライオネスの目は鋭い。
そして始まった。クリスティーナの査問会が。
「クリスティーナ・ローズウェルについてはここにいる、アナベル・ルシフェルに様々な苦言を強き、あまつさえ身の回りの物を隠す嫌がらせを行った。内容は万年筆、教科書、鞄の隠蔽にライオネス殿下がルシフェル嬢に譲渡した宝飾品の破壊。以上で間違いはないか?」
尚書を務める男が罪状を読み上げていく。
「っ、発言宜しいでしょうか?」
恐々しながらもしっかりと前を見据え、ハッキリとした口調で声を出すクリスティーナ。
「よかろう。」
「苦言を強いたことは事実ですが、身の回りのものの隠蔽や宝飾品の破壊は断固として否定しますわ。」
「ふむ。ルシフェル嬢の物が無くなった日、捜査をしていた殿下が不穏な発言をしていたのを聞いたそうですが。」
「不穏な発言とは、何でございましょう。私は親しい者と談笑していたに過ぎませんわ。」
「何を白々しく!!」
尚書とクリスティーナのやりとりを聞いていたライオネスが唐突に声を上げる。
「でしたらその証拠はごさいますでしょうか。」
「証拠はその発言のみですな。次に移っても?」
クリスティーナの淡々とした態度に憤りつつも、真っ当な発言にぐうの音も出ないライオネスはジトリとした尚書の目を受け、黙るしか無かった。
「宝飾品の破壊に関しては確かな証拠が御座いますが、如何ですかな?」
「それに関しては私からの発言を許可して頂きたい。」
尚書の言葉にクリスティーナの父であるローズウェル公爵が声を上げた。
「かまわん。」
「陛下の仰せのままに。発言を許可致します。」
「感謝致します。クリスティーナの宝飾品破壊の件について靴裏に刺さっていた硝子辺が証拠として挙げられておりますが、事件の前日に使用人よりクリスティーナの自室にある同じ色の花瓶が割れていることの証言を受けております。こちらがその証拠となる花瓶で御座います。今一度その宝飾品とこの花瓶の破片の相互性を確認願いたく思います。」
「ふむ。これも証拠としては不十分となりましたな。」
尚書の言葉に絶句するのはライオネスであった。そしてこの場にいるアナベル以外の皆がこれまでのライオネスの態度と功績を思い起こしながらこんなに浅慮な人物では無かったはずだと疑問を感じていた。こんなにもくだらない査問会など面倒なだけである。奇妙な空気が流れる中、ガチャリとドアが開く音がした。入室してきたのはこの国の王太子でもある、クロヴィス・レヴィストワールだった。
「すまない。緊急の要件で査問会に間に合わなかった。要約して欲しいのだが。」
「もう終わりますぞ。殿下。証拠不十分で警告のみとなりましょうなぁ。」
「そうか。ならば良い機会なので、私からも少し良いだろうか。」
「構いませんが、陛下どうされます?」
「構わん。」
「配慮に感謝致します。」
クロヴィスの発言から何か重大な案件が始まるのであろうことを察したクリスティーナは父に目配せして自分は退出した方がいいのか伺っていると、クロヴィスから待ったがかかる。
「ローズウェル嬢が大丈夫であれば君もここに居てもらいたい。多少なりとも君にも関わりがあるからね。」
「か、畏まりました。」
「して。話とはなんぞ。」
「はい。私はある要件で査問会に遅れました。その理由を今からお話しします。その前に、重要な参考人を呼ばせて頂きます。」
クロヴィスの入っておいでの発言で恐る恐る扉が開かれる。中に入ってくる人物を見るなり、全員の顔が驚きに満ちる。特に、ルシフェル伯爵とアナベルの顔は真っ白だった。
入ってきたのはアナベルとそっくりのもう一人のアナベルだったのだ。
「こ、これは、どういうことだ?!」
それぞれが驚愕し、絶叫する声が上がる。その声を受けながらクロヴィスは淡々と説明していく。
「ここにいるのはルシフェル伯爵家の実子であるアナベル・ルシフェルであります。彼女は実母であるルシフェル伯爵夫人が亡くなってから家屋にある離れに閉じ込められておりました。幸い最低限の食事だけは与えられていたそうですが、伯爵とそこにいる者は彼女の博識さを利用し、己が私腹を肥やしておりました。国政に使われることになった施策も宮中で普及されている蓄音器もさらには貿易の要となり国益を上げてきた硝子細工も彼女が手掛けたものでした。」
クロヴィスの言葉に各々が怖いものを見る目でライオネスと共にいるアナベルを見ている。そしてそれはライオネスも同じだった。その目を見るやアナベルは必死に否定する。
「ち、ちがうんです!あの女の方が偽物で私が本物のアナベル・ルシフェルなんです!騙されないで!」
必死に説得を試みるもこの奇怪な状況では誰しもがそれを間に受けるわけがないことは明白であった。そして、各々がここまで動揺を見せるのにはある理由があった。それがこの国の伝承、『魔女の乗っ取り』である。絵本にもなっており昔からこの国に伝わるこの話は空想の物語だと思う人々が今は多い。しかし、昔はこの様な事件が何度か実際にあったため、国が滅びかけていた。ここにいる全員がその史実を知っているためが故の反応であった。
「こちらが証拠の筆跡の記録です。彼女が挙げてきた論文全てに目を通しましたが全てこちらのアナベル・ルシフェル嬢が書いた筆跡と同じことが反面しました。」
「嘘よっ!それは私の字です!」
クロヴィスの発言に間をおかず反発するアナベルであったが、彼はチラリともアナベルを見ることなく淡々と証拠とその理由を提示していく。
「大変似ており、ぱっと見は彼女が書いたものか判別が付きにくかったのですが、メモ紙にあった「代筆(écriture)」のこのtの字が若干違ったため判別する事ができました。彼女のtの字はiよりも小さめに対し、彼方の方のは少し大きめであった。また、少し形が違っていたこともあって代筆されたものであると判断致しました。完璧に真似ているつもりでも人は多少なりとも字に癖が出るものですので。」
「そ、それはあの女が私の字をわざと真似たからです!」
「ふむ。ならば別のことを君に聞こう。この栞に見覚えは?」
そこで初めてクロヴィスと目が合う。しかし彼の持っている栞に見覚えなんてない。しかし、この場で知らぬ存ぜぬは些か愚行なのではと考え、アナベルはじっくり栞をみて考えを巡らせる。
そうだ、あれは確かエミリアが持っていたものであったはずだ。確か大切な人から貰ったとかなんとか。
やっとのことで思い出したことをこれ幸いとはっきりとクロヴィスに伝える。
「覚えておりますわ!それは私の友人のエミリアの物ですわね。」
「そうだね。彼女はこれをどこで手に入れたと?」
質問の意図がわからない。しかし、アナベルは答えるしか無いと判断した。栞については何も手を出していないし、仮何かあったとしても無関係だと思ったからだ。
「確か大切な方に頂いたものだとか。大切になさっているのをよく知っております。」
「その大切な人とは?」
「存じあげませんわ。」
「ならば君はこの栞に関しては一切無関係だと?」
「断言できます!」
ふーむと一人頷くクロヴィスを見て少なくとも栞に関する悪行には関わっていないと判断されただろうと油断していた。
「これが二つ目の証拠ですね。今彼女ははっきりと皆の前で栞について無関係であると証言しました。そこである証人を呼ばせて頂きます。」
クロヴィスの呼びかけで入室してきた二人目の証人はなんとエミリア・クレマンスであった。
エミリアはクロヴィスに言われるがまま誘導され観衆の前に出ると質問に淡々と答えていく。
「この栞は誰から貰ったものだい?」
「アナベル・ルシフェル様です。」
ざわつく周囲を尚書が手で静止させる。静かになったことを確認しクロヴィスは続ける。
「それはいつ貰ったんだい?」
「幼い頃に出会った、あるサロンで頂きました。」
「幼い頃なら覚えていないのも無理はない様だけど…?」
「幼い時のみであればそうかもしれません。随分と昔のことですから。しかし、最近、学園に入学してから一度会ったことがあるんです。その時会った彼女はこの栞のことを覚えておいででした。それも私と同じ栞をお待ちでした。そちらにおいでの方にこの栞を見せ、栞についてお話ししても何の反応もありませんでしたので私の知っている方とは別の人物であると判断致しました。」
「先程彼方の者は栞に関して無関係であると発言しているのに対し、クレマンス嬢はルシフェル嬢に幼き日に貰い受け、そして最近も面識があった。そして普通の仲ではなくルシフェル嬢とは特別な関係にある、と。なんと矛盾なことでしょう。つまり、ルシフェル伯爵家にいたのは彼方の者ではなくここに居る彼女だったと言うことになりますね。どうやってかいつの間にやらルシフェル嬢に成り変わり伯爵の実子として生活していた、と。」
「ち、ちがっ…」
「これは大問題ですな。魔女と共謀し国を謀るなど。どう責任取られるのか。」
ローズウェル公爵が鋭い眼光で伯爵を見る。それに怯え顔を青くさせる伯爵は引き攣って声も出せない。父親は役に立たないと早々に切り捨てたアナベルは打開策をと思案して思いついた。この国では国民の証として、その家の貴族の子孫の証として真の石なる宝石が持たされる。それを見せれば私が伯爵家の本当の娘であると証明できる、と。
「…しょ、証明がありますわ。」
「これ以上に確かな証明がお有りで?」
「えぇ。確固たる証明が。」
「それは何だ?」
「真の石です。私が幼い頃父に頂いた正真正銘のこの国の民である証。」
「なるほど。ではそれを改めさせて貰おう。」
そう言うクロヴィスに慌ててルシフェル伯爵が口を挟む。
「アナベルの真の石は伯爵家で厳重に保管しておりますのでこの場にはごさいません。また、改めてお待ちしたく思います。」
「了承しよう。」
「では、それまでの間彼女の身柄は王宮で保護させて頂きます。」
国王の采配により、次の日に真の石の鑑定を執り行うこととなった。アナベルと伯爵はとりあえずは安堵する。真の石さえ鑑定して貰えれば確実であると勝ち誇ってさえいた。明日、全てがわかる。そこでアナベルの、伯爵の運命が決まるのだ。あの女の鼻を明かしてやるとその目には狡猾さが表れていた。