Another side:エミリア・クレマンスの告白②
久しぶりに会った彼女は私見つけると変わらずあの笑顔を見せてくれる。
「また会えてよかった!」
「うん…。」
私の顔がどこか変だったのか心配そうに覗き込んでくる彼女に意を決してお願いをした。
「…あのね、…毒草とかって、詳しい?」
「毒草?」
「う、うん…。えっと、ちょっと見てみたいなぁー、なんて…」
言葉を濁して言う私に彼女は察したのか一瞬訝しそうな怒った様な顔を見せるが持っていた植物図鑑を開いて毒草の種類を教えてくれた。これで楽になるかな。そう思ったが、どの毒草も苦しくなるものや煎じて飲むもの、液体にして摂取するものと、すぐに手に入る様なものではなかった。落胆していたら彼女が私に聞いてきた。
「疲れちゃったの?」
「え…?」
「んー…、これあげるよ。」
迷った末に彼女が渡してきたのは少量の赤い粉薬の様なものが入っている包だった。驚いて彼女を見つめると、柔らかく微笑まれる。私は彼女が私の気持ちを知っていると思い、一思いにそれを口に入れた。
瞬間、喉が焼ける様な熱さと痛み。体全身から汗が噴き出て、涙が出てくる。まるで火炙りにされている様な感覚だった。
「かはっ!ゲホゲホゲホッ!!」
死ぬのってこんな感じなのか、嫌だ、怖い死にたくないっ!
「これが解毒剤よ。」
そう言って差し出されたのは白い液体。私は解毒剤という言葉に一目散に飛びつき考える間も無くそれを飲み干した。甘いそれは焼けた喉を優しく潤してくれた。まだヒリヒリとする痛みはあるものの、死地は免れたようだ。
「それ、本当は毒じゃなくて熱帯地方のある大陸から輸入した野菜なの!この国の冬は寒いから身体が温まる薬になるかなって思ってたんだけど、効果は絶大ね!量は微量に調整する必要はあるみたいだけど!」
私はふふふっと笑って言うその言葉にカッとなって大声で彼女に抗議した。
「ひどいっ!私を実験台にしたってこと?!」
「あら!元気が出たじゃない!それだけ大きな声で反論できるならもう大丈夫ね!」
そう言われてハッとした。生まれて初めて他人に反論していた自分に。それになんだか身体もぽかぽかと火照ってきて、先程までの鬱屈した気持ちが萎んでいる。驚いて口をポカンと開けたまま彼女をじっとみる。そして、どちらともなく一緒に笑い合った。
それから彼女は私の話を聞いてくれた。お茶会で嫌なことがあって引きこもっていたこと、このサロンで彼女に会い、人に慣れたこと、またお茶会に参加したものの酷い目にあい、楽になろうとしたこと。自分の全てを彼女は黙って最後まで聞いてくれた。
「今度そいつが嫌なことしてきたらこれをお茶に混ぜちゃうのはどう?」
「そんなことしたら不敬罪で捕まっちゃうよ!」
「今よりももっと元気になって欲しくて元気が出るお薬を入れて差し上げたのって言えばだめかしら?」
真顔で言う彼女を見て、先程自分が体験した元気になる薬の効果を互いに思い出してまた笑い合った。こんなにまた笑える時が来るなんて、と心から思えたことに涙が溢れてきた。泣き笑う私を彼女は笑いながら抱きしめて背中を叩いてくれた。
それからは上流階級の貴族とも上手く付き合う方法を模索し、嫌なことには不敬罪にならない程度に反論しつつ、自分の味方となってくれる人脈作りを始めた。今の自分があるのは彼女のおかげで、この命は彼女が与えてくれたのだと感謝してもしつくせない程の恩がある。だから私は彼女のためにできることは何でもすると誓った。
あの一件から幾月も過ぎた頃、彼女はパタリとサロンに来なくなった。あんなに毎度参加している彼女が来ないなんてもしかしたら何かの病気になっているのでは、と心配で心配で堪らなかった。ついにやってきたと思ったらいつもの彼女の笑顔が無かった。私に気がつくと不安そうな何かに怯えているような顔で無理に誤魔化す様に笑う彼女がいた。何かあったのだろうか、何が彼女をそんな顔にさせているのだろうか、私がしてもらったみたいに何か力になれることはないだろうか、そう思って彼女に話を聞こうとしたが私が話す前に彼女が喋り出した。
「もう、ここには来れなくなっちゃったの。だから最後にこれを渡したくて。」
そう言いながら差し出してきたのはオレンジ色の花火の様な形の花が押し花にされて入っている栞だった。
「かわいいお花ね…」
あまりにも彼女が悲しそうな顔をするのでそれしか言葉が出てこなかった。
「これね、エミリアって言うお花なの。みて、私もお揃いにしたくて同じの作っちゃった。友達の証。」
「何で今日が最後なの?!もっと一緒にいたい!もっとお話ししたい!会えなくなるなんて嫌だよぉ!」
悲痛な顔で無理に笑ってみせる彼女に思わず抱きついて泣き喚いてしまう。それに釣られてか彼女の瞳からも大粒の涙がポロポロと落ちていく。
「でもね!絶対、絶対また帰ってきてみせるから!だから!…だから本当の私を見つけてくれる?」
「…わかった!絶対見つけて見せるから!」
「うんっ!!約束ね!」
そう言ってお互い暫く泣き続けた。彼女の言葉の意味はその時はわからなかったが、それでも彼女が望むなら何だってやってやると息巻いた。それからやっとのことでどちらともなく涙が止まったら、お互い顔を見合わせて笑い合う。すぐに彼女の迎えの者がやってきて、別れの時となったが彼女との再会の約束を胸に私は笑顔で彼女を見送った。それから彼女と会うことはなかった。この学園に入学するまでは。
学園の入学式のとき、彼女と同じはちみつ色のブロンドが目に入った。彼女が帰ってきた!と嬉しくて嬉しくて、すぐにあの友達の証を手に掲げ、なんて伝えよう、待ってたよ?また会えて嬉しい!かな?と思い馳せていたら目が合った。彼女も私に気づいてくれただろうと駆け寄るが、彼女はまるで私を視界に入れていないかの様に通り過ぎる。ショックだった。こんなに焦がれていたのは私だけだったのだと。まるで赤の他人としてしか見ていないことに。なぜ?なぜ?なぜ?疑問が頭を渦巻く。そこで漸くあの日言った彼女の言葉の意味を知る。
『本当の私を見つけて』
それから暫くは彼女を観察していた。彼女は昔の様に笑うことはなく、昔と比べて随分と大人しく、文句のつけどころの無い立派な淑女となっていた。ただ昔と同じく勉強熱心なところだけは変わらないようで学園での成績も見上げたものだった。しかし、遠くで見ているだけでは彼女の正体がわからない。だから私は彼女に近づくことにした。
彼女と仲良くなる過程で何度か栞が目につく様にしていたが何か言うこともサインを出すことも無かった。それに加えて常に私が持っている栞が私のお気に入りだと思ったみたいでどこで買ったのか聞いてきた。好機と思い、大切な人に貰ったことを伝えるが反応はない。この栞を知らないこの人は彼女じゃない。そう確信した。それでも何かあの日の彼女について手がかりがあるかもしれないと側を離れることができなかった。そんな時だった。ずっと待ち焦がれていたあの日の彼女が学園にいたのだ。
その日は年に一回ある試験の日だった。いつも通り彼女に声を掛け一緒に教室に移動して行く。席についてからわからないところがあったので、試験の前に軽く彼女に聞いてみようと教科書片手に何気なく隣の席に座り聞いてみたら、彼女が徐に出した教科書に挟まっていたのだ。あの栞が。それを目にした瞬間バッ!と彼女の目を見る。彼女は困った様に微笑みながら私の教科書に「監視あり」と書き綴った。誰かに監視されているから公にできないのだ。ならばとこちらも試験の話をしながら自分の教科書に「できることは?」と書き足していく。しかし、すぐに試験開始を知らせる鐘が鳴る。自分の席に戻らねば監視に怪しまれるのは彼女だ。後ろ髪惹かれる思いで席を立つと彼女が私の教科書を渡してくれる。あぁ、もっといろんな話をしたいのに…。そう思うのも束の間、教科書に僅かに膨らみが。どこから見てるかわからない監視にバレるのはまずい、と私は平静を装い鞄に教科書を閉まった。家に帰って教科者を見ると一本の万年筆が入っていた。この万年筆に何の意味が込められているのか、暫く頭を悩ませていた。幼かったあの日々の中で万年筆なんて出てこなかったはずだ。じーっと見つめたり、光に透かせてみたり、試してみるが彼女からのメッセージがわからず、疲れて今日彼女と会えた喜びを日記に書こうとその万年筆を使うがインクが出てこなかった。なんだインク切れか、と思った時これだ!とわかった。自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしつつも万年筆のインクカートリッジ部分を開けていく。中には二枚のメモ紙が丸まって入っていた。一枚は代筆の文字、もう一枚は今回のアナベルの無くし物に関する計画が書かれてあった。何故そんなことを、なんて、野暮なことは思わなかった。あの彼女が頼むのだから何か理由があるのだと信じて疑わず計画を実行した。ともあれ、アナベルが予想外に目敏ければ計画は中断されただろうが、彼女は最初に万年筆が無くなっていたことに疑問すら感じていなかった。だからこの計画が滞り無く進んだということだ。言っておくが、バレッタを壊したのは計画には無かったので私ではないし、ましてやクリスティーナでもないのならばそれは偶然にも落ちた時に壊れたのではないかと思う。それを運悪くクリスティーナが見つけてしまったのだろう。私もクリスティーナに冤罪がかかるのは予想外だったが。それが私が知っている全てだ。
殿下からは何故すんなりと話してくれたのかと怪訝な顔をされたがそれが彼女の望みだったからだと答えると納得したようだった。彼女は計画が終わった後、もしこの栞を持ってくる人物がいたら全てを話して構わないと書いていた。これで私の役目は全て終わったのだ。
殿下に全てを吐露した私は一人、久しぶりにあのサロンに来ていた。あの日のまま、全く変わっていない庭園を見ながら、きっと私は王族を謀った罪で処刑されるのだろうと思っていた。だけど後悔はない。それどころかやっと彼女に恩返しできたのだと晴れやかな気分でもあった。あの日、彼女と出会えたことに感謝し、緑の匂いが充満するその空気を胸いっぱいに吸い込んだ。