Another side:エミリア・クレマンスの告白①
昔から引っ込み思案で社交が大の苦手だった。お茶会に行くと上手く話すことができず、おどおどしている私を不満に思った令嬢にこの黒い髪がカラスみたいで気持ち悪いと笑われて泣いて帰ることもしばしばあった。もう行きたくない、人と会いたくない、と泣き喚く私を見たお父様とお母様はそれから無理にお茶会へ連れて行くことはなかった。屋敷に引きこもって過ごしているうちに、庭の花が綺麗に咲いているのが自室の窓から見えたので近くで見ようと外へ出た。色とりどりの花が風に揺られて気持ちよさそうにしており、そこには穏やかな時間だけが流れていた。それから私は庭で何となしに花を眺めるのが日課となっていた。毎日毎日飽きずに庭に花を見に行くものだから両親は花が好きなのだろうと思い、私のためにあるサロンに行ってみないかと提案してくれた。そこは子どもが殆ど来ないので私にいじわるを言う子はいないよ、と。少し不安がった私だが嫌になればすぐに帰ろうと言ってくれたのでそれならばと了承した。
参加したサロンは自分の区画が割り振られるところに好きな植物を植えたり、収穫したりする所為植物サロンと呼ばれるものだった。私は見るのは好きだが自分で花を植えたり育てたりした試しがないのでそこでもただただぼーっと風に靡く花々を見るだけだった。
ある時様々な植物が植ってあるサロンの庭を散策していたら一際目立つピンク色の花が咲き誇る花壇があった。
「わぁー…!きれー!」
「ふふっ!ありがとう!!」
独り言に返事が帰ってきて驚き慌てふためくと、スッと隣に女の子が座ってきた。
「この花はね、私が種をまいて育てたのよ!エキナセアって言うの!」
「そ、そうなんだ…」
あまりにも勢いよく話すものだから立ち去ることもできず、彼女の話をただ聞いていた。
「エキナセアってすごいのよ!とってもかわいいお花が咲いて簡単に育つのに身体の免疫を活発にさせてくれるし、風邪や感染症の予防や治療にも効果があるし、それから怪我した傷だって治しちゃうんだから!」
「へぇ…。…すごいのね!このお花、綺麗なだけじゃなくてそんなにできることがあるのね!」
「!!。…そうなの!!!」
辿々しく返事をするだけだった私が熱心な説明により花に感心を示したことで彼女はとびっきりの笑顔を見せてくれる。陽の光に照らされてキラキラ輝くはちみつ色のブロンドの髪がより彼女の笑顔を眩しくさせた。あまりにもその笑顔が綺麗で、その日から私は彼女に惹かれていった。
お茶会には相変わらず参加できないけどサロンには毎回と言ってもいいほど通った。彼女に合うとその度に、今回は何の花を植えたとか、この花はこういう効能があってだとかを話してくれたりサロンの庭園を散策しながら植っている花の名前を教えてくれたり、時には花の種を贈られることもあった。一緒に過ごす時間が増えていき、ある時彼女から殿下もこのサロンに通っていることを知らされた。一緒に行こうと誘われたが上流階級の貴族と話すことがそもそも苦手なのに、王族相手なんてもっての外。彼女には申し訳ないけどこの話を断った。そして私がいることも内緒にして欲しいとお願いをした。だって、お茶会には参加しないのにこんなところで令嬢の憧れの殿下と知り合っているなんて知られたら何をされるかわかったものじゃないもの。彼女は何も聞かずにわかったとだけ返事をして私とは2人で会えるようにしてくれた。それからも、変わらず彼女が話すことを私が聞くという関係が続いた。
そして彼女の話を聞くばかりだった私に彼女は問いかけた。
「いつも私の話を聞いてくれるけどあなたの好きなものも教えて!私、あなたのこともっと知りたいわ!」
驚いた。そして嬉しかった。自分に興味を持ってくれる同年代の子がいることに。両親はもちろん親戚の大人たちも無条件に私の話を聞いてくれるが同年代の子からは揶揄われるだけだったのに。涙が出そうになるのをぐっと堪え、私は笑って答えた。
「お花を見るのも大好きだけど、私おはなしを見るのも大好きなの!」
それからは彼女は私に植物のことを話、私は彼女に何の物語が今流行っているとか、この観劇が素敵だったとかを話すようになった。
ある時、この国の伝承とまで言われている絵本『お姫様と悪い魔女』の観劇があることを伝えた。悪い魔女がお姫様に成り変わり国を乗っ取ろうとするのだが、王子がそれに気づき間一髪で魔女の正体を突き止めるのだ。私はこのお話が大好きで何度も何度も読み返した。特に王子が魔女の陰謀を暴く為に奮励する様が格好良くて大好きなのだ。あまりにも熱が入ってしまったからか、彼女は少し気まずそうな不安そうな、何か恐怖と戦っているかの様な顔をしていた。まずい、これは嫌われたのでは、こんなことを熱弁するめんどくさいやつだと思われたのでは、と血の気が引いたが、目が合った時にはいつもの笑顔に戻っていてホッとしたのを覚えている。
それから何日か過ぎた時両親がどうしてもと言うお茶会に誘われた。私に気を遣ってお断りを入れてくれていた両親だったがこのお茶会だけはどうしても出なくてはいけないものだったそうで、嫌々ながらもサロンで彼女とは普通に話すことができていたし以前よりは人と関われるかも知れないと思い、意を決して参加した。
しかし、結果は最悪だった。
私の髪がカラスみたいで気持ち悪いと言ったあの令嬢が私を見つけるや否や数人の取り巻きと共に近付いて来たのだ。両親たちと離された私はされるがまま罵倒され、足をかけられ転ばされた。そしてまた、黒い髪がカラスみたいで気持ち悪いと笑われたのである。
ぼろぼろの状態で戻ってきた私を見て両親は慌てて家に帰らせてくれたが、相手の令嬢は自分よりも家格が上。おいそれと抗議することもかなわないのは知っていた。だから両親にも何も言わずにまた部屋に引きこもった。
自分が何のために生きているのかすらわからなくなりかけていた。そんなとき、ふと窓を見ると綺麗なピンク色の花が咲いているのが見えた。
そうだ、彼女ならば楽に死ねる植物を知っているかもしれない。そう思い、私は再び引きこもっていた部屋を出てサロンへと向かった。