Another side:あの日の贈り物
漸く見つけた鞄を手に持って図書室を後にし、一度落ち着いて確認しようと人目のつかない場所を探す。確か近くに倉庫棟があったはず。俺は足早に目的地へと足を進めた。倉庫棟の陰になっている壁に背を預け、今までの様な嫌がらせとも取れる犯人のメッセージが無いかと確認する。すると何故気がつかなかったのかという程に堂々と鞄の取手の部分にリボンが括り付けられておりその先には札の様な物がぶら下がっているではないか。何の札だ?とそれをめくって見るとオレンジ色の花火の様な花が押し花にされて中に入っていた。栞だった。
押し花の栞なんて可愛らしいものが犯人のメッセージなはずは無いだろう、大方彼女の物に違いないと鼻で笑おうとしたがその押し花にされた花に見覚えがあった。どこで見たんだったか…。記憶の引き出しを漁ると思い出した。そうだ。彼女に誕生日の贈り物としてねだられた種がこんな花だった気がする。
忘れもしない。あの日、誕生日の贈り物に悩んで彼女に欲しい物を聞いた時、『ベニニガナ』の種が欲しいと言われ、驚いた。いつも実用的なものを好む彼女は植物なら薬草か食べられる野菜を選ぶのに。そんな彼女が唯一何の利もない物を欲しがったのがこの花の苗だ。ただの園芸用の植物だから花が欲しいなら花束にして贈ろうと提案したが種の方が栽培場所も選べて有効的だし何度も花が咲くから種の方がいいと断られたのだ。
それを思い出した俺は幼き自分が調べた植物図鑑を探すために図書室へと舞い戻る。戻るや否やミセス・コンセイユが驚いた顔を向けてくるが今はそれを見なかったことにして植物に関する書棚へと急ぐ。
ある。絶対になにかのメッセージが。何故かそう確信して目当ての植物図鑑を探し当てるとページを捲っていく。ぱらぱらと紙がはためく。
そして見つけた。
ベニニガナ、別名『エミリア』。
エミリア?こんな偶然あるだろうか。彼女と親しい令嬢、エミリア・クレマンスと同じ名前だ。犯人がクレマンス嬢なのか?いや、だとしたらそれこそ自分が犯人であると明記するものをこの様に提示する理由がわからない。それにあのメモ紙も、論文も…。クレマンス嬢がこの真相の鍵となるのか?とにかく何かを知っているかもしれないクレマンス嬢と話をしなければ、と思うがもう既に日が暮れかけていた。俺は急いで鞄を持ち主に返しに行く。そして栞をそっとポケットに仕舞い込んだ。
その日の夜、自室のベッドに横たわりながらこの一連の事件について考える。
彼女によく突っかかっているクリスティーナが嫌がらせで行っていたと思っていたがどうやら違うらしい。筆箱のあった場所も教科書のあった書棚も鞄のあった返却室も、クリスティーナでは思いつかない、知り得ない彼女と繋がる場所だ。そして論文と同じ字で書かれた『代筆』のメモ紙、彼女の名が知られるようになった硝子細工の論文。考えれば考える程ある一つの仮説が頭に残る。
そう、成り代りだ。
彼女の功績はすべてその成り代わった第三者が挙げたもので彼女の物ではないとすると、代筆の意味もその字が論文と同じ字体であることも腑に落ちる。
だが硝子細工や農作物の論文は俺が幼い頃に会っていた彼女が考え編み出したものだ。となると、彼女本人のものであるということになる。
仮に第三者が成り代わっていたとして、それは誰だ?クレマンス嬢か?だが何のために?
とにかく明日はクレマンス嬢の筆跡を確認次第何を知っているのか聞いてみることにしよう。ただ、成り代わっているならば彼女には知られないほうがいいだろう。クレマンス嬢には頃合いを見て接触するとして、今いる彼女、基アナベルの様子をしばらく見ておく必要があるな。
その日から俺は考えを改め、謎を一つずつ解くために動いた。