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 明けて翌日、アルシスは宿の主人の助言どおり、商業ギルドへ足を向けた。

 商業ギルドは街の中央部にある、一番背の高い建物がそれだった。街のどこからでも見えるので、目印にするには丁度いい。それでアルシスは目抜き通りから外れて、街のあちらこちらを見て回ることにした。

 通りから一本外れただけで治安が悪くなる、ということは珍しくはないが、閑散としすぎると、ただ寂れていくものであるらしい。人影は見えず、外れかけた鎧戸が風に吹かれて軋んだ音を立てていた。

 街の中央に近づくと、それなりに人の姿を見かけるようになったが、うら寂しい雰囲気は拭えなかった。

 娼館の客引きがお座なりに声を掛けてくるのを躱し、大通りへ戻ろうとした時だった。

 物が倒れる派手な音と、野太い罵声が辺りに響いた。

「おい、そっちに行ったぞ! 追え! 絶対に逃がすな!」

 振り返ると声のした方から、駆けてくる小さな姿があった。

 十かそこらの少年だった。

 少年は倒けつ転びつしながら路地を進み、進行方向にいたアルシスに気づいて顔をはっとさせた。勢いを止められない小さな姿に、アルシスは手を伸ばす。悲鳴を上げられないよう口を塞ぎ、胴を抱えて路地に引っ張り込んだ。

 藻掻こうとする身体を外灯で包み、物陰に身を潜ませる。ややあって再び怒声が響き、慌ただしく裏路地を駆けていく気配がする。それが去ってしばらくしてから、アルシスは抱え込んでいた少年を解放してやった。

 少年は呆然としたふぜいで、アルシスを見上げていた。

 身なりの整った少年だった。仕立ての良い上着に、アイロンの当てられたズボン。踝丈のブーツはくたびれた様子もない。短く刈り込まれた茶色の髪も艶があって、きちんと世話をされているだろうことが分かった。

 誰かに追われて裏路地をうろつくような、そういう生まれ育ちには見えなかった。

 この手の迷子に妙な縁があるな、と内心で苦笑しながらアルシスは少年に声をかけた。

「なにがあったかは知らないが、子供はこういう場所に来ない方が良い。……親御さんはどうした? はぐれたのか?」

 訊くと少年は瞬いて、それから居住まいを正して口を開いた。

「危ないところを助けてくださって、ありがとうございます。お気遣いにも感謝しますが、親とははぐれたのではなく、訳あって騎士団の駐屯地に行くつもりだったのです」

「……ひとりで、か?」

 外見の幼さにそぐわない口調を訝りながら、アルシスはそう問いかける。少年はこくりと頷いてから、アルシスが腰から下げている剣を見て言った。

「……どなたかは存じませんが、名のある剣士とお見受けします。助けていただいたお礼もできない状況で、更にお願いするのは心苦しいのですが、もし良ければ駐屯地まで、僕の護衛を引き受けてはいただけないでしょうか。僕はどうしても、駐屯地司令に会わなければならいのです。もちろん、お礼は後ほどお支払いいたします」

「そのくらいのことなら、別に礼なんて必要ないんだが……」

 アルシスは少年の頭の先からつま先まで眺めて言った。

「その格好を見るに、少年は貴族のお坊ちゃんだろう? 俺みたいなのと連れ歩いて、警備隊にとっ捕まらないかね」

「それなら問題ありません。警備隊の巡回ルートは把握していますから、彼らに見つからないように街を出ることは可能です」

「そいつはなかなか賢い手だが、それでならず者に追われてたんじゃあ世話ないぞ」

「いえ、彼らは……」

 アルシスの言葉に少年は顔を曇らせたが、ゆるく頭を振ってからきりりとした表情で言った。

「――失礼、申し遅れました。僕はエリック・ノルディンと言います。オルグレン領主、カール・ノルディンの息子です」

「領主の息子? そいつは、また……ずいぶんと大物だな」

「とんでもない。大物なのは父であって、僕はその息子として生まれただけに過ぎません。領主の息子として相応しくあろう、と努力はしていますが」

 はきとした受け答えには、彼の聡明さが滲んでいる。

 貴族としての教育のせいもあるかもしれないが、彼がかくあるべし、と考えているだろうことがよく分かった。

 自分が彼と同じ年頃の時、とてもこんなふうには振る舞えなかっただろう。

 アルシスはちょっと感心した目で少年を眺め、それから口端に笑みを滲ませて言った。

「俺はアルシス・フォード。元冒険者だ。色々と事情があって、それで移住先を探している。少年が未来のご領主さまだって言うなら、面識を持てたのは運が良かったな。もし俺がここに移住することになったら、ちょっとだけ口利きをして貰えると助かる」

「そのくらいのことでしたら、喜んで。では……アルシスさん。駐屯地まで、付き添いをお願いできますか?」

「ああ、任せておけ」

 少年――エリックは安堵したふうに微笑み、路地の奥を指差した。

「あっちです。今の時間は警備隊が中央にいるので、避けて西側から向かいましょう。騎士団の駐屯地は街の南側ですから、少し遠回りになってしまいますが……」

「それなら、さっきの連中とも鉢合わせることもないな」

 そうアルシスは請け負って、エリックが指差した方へと足を向けた。

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