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「……話が逸れてしまったな。それで、その地下遺跡が発見されたオルグレンなんだが。アルシス、おまえ、そこで工房を開いてみる気はないか?」

 完全に意識が遺跡に向いていたせいで、その誘いはちょっと想定外だった。

 驚いてクリスティアナを見返すと、彼女は生真面目な調子で言葉を続けた。

「同じ貴族と言っても領主と面識はないから、口利きはできない。だが紹介状を書くことは可能だ。騎士団の調査拠点も同様ではあるんだが、これに関してはなにも問題ないだろう。元剣聖と知れば、私がなにかを言うまでもなく連中は大喜びだ」

「いや、さすがに引退した冒険者にそれはないだろ」

「……まったく、おまえはいったい何度同じことを言われたら、自分の価値を理解するんだ?」

 心底不思議そうな口調だが、騎士にとって辞めた冒険者に価値もなにもないだろう。

 初めは物珍しく感じるだろうが、既に剣を持たない身など、すぐに飽きてどうでもよくなるに違いない。

 アルシスはそう反論したが、クリスティアナは、やれやれ、と言わんばかりに肩を竦めてみせた。

「おまえが現実を知るのが楽しみだ」

 そう訳知り顔で言って、クリスティアナは真面目な口調で続ける。

「とは言え、無理にオルグレンを薦める気はない。おまえも行ったことがあるなら知ってるだろうが、あの街は中央街道から距離があるせいで寂れている。荒れた土地ではないものの、治安は決して良いとは言えない。ちなみに領主の評価は可もなく不可もなしといったところだが、取り立てて特産のない中で、それなりに上手くやっている方だろう」

「騎士団との関係は?」

「悪くはない。地下遺跡に冒険者が入るようになれば、当然人流は増える。人が増えれば街は栄えるし、税収も上がる。だから獣海嘯を警戒しつつも、期待はしていると印象だったそうだ。余計な口出しはしないが、かと言って敬遠している訳でもないらしい」

「……獣海嘯か」

 独り言めいたアルシスの呟きに、クリスティアナが律儀に頷いてみせる。

「領主によると、過去に何度か起きていたらしい。だがいずれも小規模だったようだな。少し離れた位置にも地下遺跡があるから、そこからの発生だと思っていたそうだ」

「なるほど。……モストライドでも、それと似たような話を聞いたことがある。あまりに規模の大きな地下遺跡だと、獣海嘯も分散してしまうんだろう。表に出る前に食い合いが起きているんじゃ、なんて話もあるからな」

「それは研究所の報告か?」

「いや、しょっちゅう遺跡に潜ってる連中の噂話だ」

 この話は初耳だったのか、クリスティアナは腕を組んで難しい顔をしている。

 アルシスをじっと見て、それから大きく息を吐いた。

「おまえが冒険者ギルドを辞めたのは、やはりかなりの痛手だな。ギルドの情報が得にくくなった」

「そんなことはないだろ。別に俺がいなくても、バートなら他にも伝手を持ってるはずだ」

 苦笑して返すと、クリスティアナがあからさまにむっとした表情になった。

「バートじゃなくて、私に必要だ、という話をしているんだ」

「おっと。そいつは、ずいぶんと熱烈だ」

 そう冗談めかして言うと、機嫌を損ねていたはずのクリスティアナが、堪えきれないというふぜいで笑った。

 きれいに響くそれが耳に快い。

 こうして彼女と笑い合う機会も、これからは減っていくのだろう。そう思うと寂寥感が胸をかすめたが、アルシスはそれに気づかないふりをする。

 クリスティアナはひとしきり笑ってから、改めてアルシスに視線を向けた。

「オルグレンについてだが、私が薦めたからと言って、別に無理して移住を決めることはない。おまえの人生だ。おまえが一番良いと思う選択をしてくれ」

 ただし、と言ってクリスティアナは翠色の瞳を厳しくする。

「絶対に国境は越えるな。もし元剣聖が国を出るようなことがあれば、私はそれを追わなければならなくなるだろう。……頼むから、そんな真似はさせないでくれ」

 そう切実さの滲む声で言われてしまうと、アルシスは頷くことしかできなかった。

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