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白のアザレア  作者: HK
4/9

偽真暗忌

登場人物

敷島(シキシマ) 綾人(アヤト)〉語り部。

敷島(シキシマ) 美笠(ミカサ)〉義妹。

桐島(キリシマ) 榛名(ハルナ)〉隣の席さん。

彩雲(アヤクモ) 宗谷(ソウヤ)〉クラスメイト。

天城(アマシロ) (アメ)〉想い人。

 鳥の鳴き声と眩しい朝日とともに、自室──もとい屋根裏部屋で惰眠を貪る夏休み初日のぼくの目を覚ましたのはスマホの通知音だった。隣の部屋の妹はまだ寝ているようだ。

 また1日が始まった。夏休みが開ければ文理選択だの模試だのが待っている。未来なんてあってももて余すだけだ、なんて言うと「生きたくても生きられない人が」などと返される。

 こんな人生で良ければくれてやりたいところだがそうもいかない。

 進路。未来。夢。希望。「幸せになれ。そのための努力をしろ」とみんなが声を合わせ、高らかに歌う。

 みんな、夢を追いかけて他の夢を蹴落とす。競争は悪だ、なんてぼくに言えるわけはないけれど、大層な夢も希望もないぼくには前に進む原動力はない。

 鬱陶しい太陽もいない夜だけがずっと続けばいいのに。新月であればなおをかし。

 さて、通知の中身はアカウント名でかろうじてクラスメイトとわかる程度の交流の人から3件、桐島から2件。

 「SOYA」。

 彩雲宗谷、だったか?いかにも一軍といった体のサッカー部期待のホープ様がぼく如きに一体なんの用なのだか。

________________________

 俺は寝起きから機嫌が悪かった。昨日は実に嫌なものを見た。桐島榛名。俺の想い人。彼女が他の男と歩いているところを部活中に目撃してしまったのだ。

 相手は敷島綾人。俺と同じクラスの、なにかもパッとしない、地味な奴だ。正直なんであんな男がと思った。特に友人がいる気配もないくせに、隣の席だというだけで桐島とよろしくやっている。俺は取り巻きがいない隙を縫って話しかけなければならないのに。昨日までは少しばかり希望があった。だが、他の男との逢瀬を見てしまうとやるせない。

 俺はずっと彼女の事を追いかけてきたのに。頭脳で遥か俺の上を行く彼女に追いつくために、勉強だって死ぬ気でやってこの高校に来たのだ。報われないなんてことがあっていいはずがない。

 ひとまず俺は二人にスマホでメッセージを飛ばし、朝食を腹に詰め込み朝練に向かうことにした。

________________________

『少し話いいか?』『お前、榛名と仲よかったっけ笑』『昨日の放課後一緒にいただろ』


 腹の奥がひやりとした。体の芯から逃げ出した熱が皮膚にこもっていく。熱はぼくの頭に周り、脳味噌を白く焼き尽くす。見られていた、のか。

 どうする。どうすれば。いや、何をだよ。どう誤魔化す。

 ぼくは焦っているのか?

 桐島から来ているメッセージもこれについてか?

 話を合わせるためにも、とりあえずは桐島と連絡を取るため、メッセージを返すことにした。彼女の名誉のためにも勘違いで通せれば一番いいのだけれど。


『なんか彩雲くんに見られたっぽい。』『しかも色々勘違いしてそう。』

「ごめん」

『ん、大丈夫。』『私あの人苦手なんだよね。』

「え?あんまり嫌な印象ないけど」

『うん、中学の頃からよく話しかけてきてさ。』『彩雲くん好きアピ凄くて怖いんだよね、』

「自意識過剰かよ」

『童貞っぽそうな人に言われたくないですー』

……。

これどう答えるのが正解なんだ?

 一応童貞じゃないんだけどな……。言ったら根掘り葉掘り聞かれそうな気もする。それはよろしくない。なぜなら胸がすくような、爽やかな思い出ではなく、どろりとした身体に悪い甘味のような話だ。しかし童貞と思われることにどこか悔しい思いもある。

 くだらない。心底どうでもいいことだと思うがくだらない事に本気になるのはいいことだ。きっとそれが「楽しい」ということなのだろう。桐島以上に住む世界が違うクラスメイトの事を忘れ、少しだけ口角が緩んだ。

 嫌なことも、人に話すことで楽になるなんて信じたくはないし、聞かされる方だって気分はよくないだろう。


「童貞ちゃうわ」

『え、意外。』『どんな人?』『可愛かった?』『何歳の時?』『どんな感じだったの?』『っていうかそれ本当?』


 この連投が行われたのは合計で3秒程。恐ろしい入力速度だ。きっと四六時中スマホに張り付いているのだろう。


「そんなにがっつくなよ」「そっちこそ経験ないんじゃないの?」


 我ながら棘の生えた返信だ。少しだけムキになっているのかもしれない。


『実はそうなんだよね笑』『ちょっと怖くて』

「あー、なんかごめん」

『いいよいいよ』

「いや、ごめん」


 これもぼくの処世術。平謝りだって立派なコミュニケーション。感謝と謝罪が大事なんて、五歳児だって知っている。これでつけあがって来るような奴なら距離を取ればいいし。

 「怖い」。これ以上触れないほうが良さそうだが、気持ちはわからなくもない。自分より一回り大きく、力も強い相手に覆いかぶさられるなんて平時なら「怖い」以外の感想はないだろう。

 メッセージは続く。


『彼氏がいた事はあるからね!』

「彩雲図太いな」

『笑笑』『彩雲くんは知らない』『というか学校の友達に言ったことないし』 

「そうなのか」

『うん。あんまり話したくないし。』『でも私結構モテるんだよ?』

「そりゃあ結構なことで」

『彼氏いるって言ったら諦めてくれるのかな』『今はいないけど』

「彩雲、ストーカーになりそうだな」

『怖いなー笑』


 後ろから刺されてしまえ。


『ちょっと真面目な話だけどさっ。』

「どうぞ」

『彼氏のフリとかってできる?』


 日本語というのは、現在使われている言語の中でもトップクラスに難しいものらしい。3種の文字と複雑な敬語、他の言語とは一線を画する文法。そして日本語を使う人々の奥ゆかしく回りくどい使い方が難度の元凶と聞いた。ぼくはこの世に生を受けてしまってから十余年、日々日本語の鍛錬を続けてきたつもりだけれどまるで意味がわからなかった。

 彼氏のフリなんてした日には、ぼくの平穏無事な生活は風前の塵の如く、理不尽にも吹き飛ぶことだろう。

  ただでさえ心地良いものではない目線や話し声を、ぼくの感覚器官はいつかのようにぼくへの中傷として処理することだろう。何故ぼくがそんな目に遭わなくてはならないんだ。そんなことは御免だ。

 だが彼女が困っていることもまた事実。正直義理はないと思うけれど、他の人の力になれるなら悪くないのか?

 ぼくの一番身近なつがいがとても幸せそうには見えなかったからか、あまり恋人は欲しいと思ったことはない。多分、誰も幸せにならないから。

 狭く浅い付き合いと、自傷という痰壺──痰壷は不適切かもしれない。ぼくにとってはもう呼吸のようなものだ──があれば死んだようにでも生きてはいける。少なくとも中学からここまで、そうしてきた。これからもそのつもりだし、不都合はなかった。


「因みに他に頼れる人っていらっしゃらない……?」

『男子ってバカだから絶対調子乗るよ』『脈ありかなって』


 耳が痛い。物凄く耳が痛い。過去の自分に拳に載せて叩き込みたい金言だ。いつもは斬っているけれど。痛む耳には熱が籠っていた。


『敷島はそういうの興味なさそうだなって思って。』


 どうやらぼくは一般的な思春期男子だとは思われていないらしい。心外に感じないこともないが、まだあの人に心を奪われている。正直他の人に目を向けられる自身はない。

 だからこそ、なのだろうか。

 絶対に自分を眼中に入れないであろう相手に頼めばある程度安全だろう。

 なんでそこまでわかるんだよ勘良すぎだろチートだチートと叫び回りたい気持ちをどうにか抑え、思案を巡らす。

 母さんは『晃人さん』への気持ちを断ち切らずに美笠の父と結ばれた。もちろん、生活のこともあったのだろう。ぼくも、そんな岐路に立たされている。もう全部親のせいだ。こんな遺伝子を残した親のせいだ。こんな風に育てた親のせいだ。社会のせいだ。環境のせいだ。あの人のせいだ。桐島のせいだ。彩雲のせいだ。誰かのせいだ。ぼくは──なにもしていない。ぼくもこいつも、頭おかしいんじゃないのか?

 なんで、ぼくなんだ。


「少し考えさせてほしい」

________________________

 彩雲が私によってきたのは、中学2年の秋のことだったはずだ。

 周りの子たちの一部は「きっと榛名に気があるんだよ、応援するよ」と言いながら私の陰口を叩いた。

 そんなにあいつが好きなら、私に告白させればいい。こっぴどく振ってやるからそこにつけ込め。

 彩雲が私のことを好きだ、という情報を本人から聞き出したバカ、それを言いふらしたバカ、ヘイトを私に向けたバカ。その全てが敵だった。

 私はなにも悪くないのに、居場所がなくなった。

 私が自傷に逃げたことを誰が責められようか。別に死のうというわけじゃない。私に合った鬱憤晴らしが偶然、それであった。ただそれだけだ。


 私の腕のこと、薬のことは両親以外はずっと知らなかった。

 私の腕を見たお母さんは泣いていた。お父さんはどうしたらいいのかわからないような、怒っているような、唖然としているような、そして泣きそうな顔をしていた。

 お母さんは甲高い声で私を糾弾した。「そんな子に育てた覚えはない」「お腹を痛めて生んだのに」「切るなら私のを」「なんでそんな事を」「なにが不満なの」「お願いだから止めて」「なんで」「どうして」。



「理解できない」




 私にはこれが人の言葉には思えなかった。私の大好きだった真っ黒で、それでも透明感のあるさらさらした髪を乱し、涙でぐちゃぐちゃになった顔で私を睨む。その容貌はとても人のそれには見えなかった。

 その後に担任の耳にも入ったようで、同じような尋問を何周かされた。

 誰かに理解して欲しいとも思ったし、誰にも知られたくないとも思った。

 周りの子たちが性の話をするのも似たようなものなのかな、と思ったこともある。誰かに話したいけれど恥ずかしいような、親には絶対に知られたくないような、そんな話。


 お父さんはこの件の後、前よりも積極的にコミュニケーションを取ろうとしているように思えた。腫れ物を触るようにではあったが。

 構わないで欲しい。でも、誰かに愛されたい。見てもらいたい。どちらも私の本音。嘘偽りのない心からの思いだ。


 正直、私は彩雲が嫌いだ。恨んでいるとさえ言っていい。あいつのせいで私の居場所がなくなったんだ。なにが「好き」だ。お前さえいなければ、私は。

 私は敷島に嘘をついた。少しだけ、見栄を張った。本当は恋人なんていたためしはない。きっと誰も、私のことをわかってくれないから。拒絶されるのは怖いから。そんな私が恋人を作るなんて無理だ。

 そう、思っていた。

 嘘の関係でもいい。本心を吐き出すのは怖いけれど、もしかしたらという希望を持たせてくれた人を私のものにしたい。恋じゃない、もっとドス黒い感情でそう思った。

 この話を書いているとき、僕は初めて「登場人物が勝手に動き出す」という現象を体験しました。書き始めた理由もこじつけられない、なぜ書いているのかもわからない私小説の世界の住人が、確かに僕の中で息づいたのです。

 そのせいで──技量不足もありますが──オチもつかず、こんな長ったらしいものになってしまいました。

 ですが、もしかしなくても「物語を作る」というのは物凄く楽しいことなんじゃないのかなと思った今日この頃。

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