出ない杭
登場人物
〈敷島〉語り部。
〈桐島〉『彼女』。
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終業式が終わり、あとは担任のお小言を聞いて青空の中心で「死ね」と叫ぶ太陽を乗り越え、夏休みを迎える。そんな日にぼくと彼女は痛恨のミスを侵した。この出来事さえなければと何度も思ったが、もはや意味はない。これから始まるのはボーイ・ミーツ・ガールではないし、痛快娯楽冒険譚でもない。ぼくがここに辿り着くまでに何をしていたのか。どうしてここに辿り着いてしまったのか。自分のことは努力もせず全部理解して評価してほしいと言う割に周りの大人や友達への解像度が低くてステロタイプな甘ったれた物語。そして大嫌いな自分への最大限の侮蔑と嘲笑を込めた盛大な自虐だ。
こんな文章を書いている時点でぼくは所謂中二病患者であることは明白だ。それは彼女に出会ったときから変わらないだろう。彼女はいかにも陽のあたる場所に住んでいそうだった。ぼくとは関係も共通項もない、ただの「隣の人」だった。はずだった。だが。どうしても__。
どうしても、彼女からは同じ匂いがした。
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むせ返るように暑い日だった。湿気と暑さを両立した糞のような日だった。そんな日に彼女は白い長袖を着ていた。夏服への移行が進む中でも彼女は長袖を着ていたので、彼女の長袖姿は特段珍しい光景ではなかったが。彼女は友人たちに「日焼けしたくないから。」と言っているのは隣の席だということもあって聞こえてきた。ぼくも長袖を着ているが日焼け対策などではない。しかし聞いてくるほど親しい友人もいない。担任からも追求はされなかったので、暑さを考えなければ中々快適だったと言えよう。
校長の演説、担任のありがたい御言葉を受け取り、ぼくたちは帰路に着いた。
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その日の帰り道の出来事だ。ぼくは忘れ物に気づいた。ぼくも夏休みに浮かれていたのかもしれない。ある程度大事なものなので、重い脚を引きずり学校へ向かう。あまり人に見られたいものでもないので迅速に回収しなければならない。
だが、ぼくの目の前に学校へ向かう人影があった。綺麗で長い黒髪を乱して走るのは、隣の席の彼女だ。ある程度コミュニケーションがあるので、尚更彼女に『忘れ物』を見られるわけにはいかない。ぼくは脚を早める。
「ねぇ、敷島。あなたも忘れ物?」
そんなところ。
「私も忘れ物したんだ。一緒に行こ。」
まぁ、いいよ。
「前から思ってたんだけどさ。」
どうしたの?
「暑くないの?」
自分は日焼け止めという大義名分があるのをいい事に、地雷を踏み抜いてきやがった。
だが気取られてはならない。
うん。大丈夫大丈夫。
「何か理由があるの?」
……特にないけど。
気づいているのか?だとしたら怖ろしい勘だ。
そっちこそ何か隠してるの?
目を真っ直ぐに見据え、問うた。後で考えればなぜこんな馬鹿な質問をしたのか、過去の自分を殴りたくなるが今となっては意味はない。うだるような暑さの中、異質なひんやりとした空気が流れていく。
「誰にも言わない?」
ぼくは静かに頷く。
秘密の共有。後ろめたい思いの連帯保証人。このときには看破されていたのか、ぼくを信用したのか。はたまた話す相手がいないだろうと踏んだのか。
彼女はゆっくりと袖のボタンを外す。白い制服の袖を捲ると、制服と同じく、真っ白な包帯が見えてきた。包帯を外していくと、少しも日に焼けていない綺麗な腕が現れた。
思わず見蕩れてしまった。腕を這う赤黒い傷跡まで美しく見えた。
ぼくも腕を捲り、サポーターを外す。大小様々な赤黒い線が浮いた醜い腕が現れた。
そのときのぼくたちは、既に暑さでやられていたのかも知れない。高校という閉鎖空間で生きていくために、出てしまった杭にならないために、隠しておくべきことを共有した。してしまった。
どこが始まりなのかはもうわからない。始まる前に終わっていたのかもしれない。だが一つの分岐点には違いない。
これはぼくが、自分を人間失格と評するまでの物語。
ボーイミーツガールではない、と言いつつなんだあのタグは!
尤もな意見です。
ですがあくまで語り部は『敷島』であり、筆者でも『彼女』でもありません。御留意ください。
スローペースに不定期に、まったり更新していく予定です。
誰か一人でも楽しんでいただければ幸いです。