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「な、なに?」
「怪我の心配をする前にさ、労働時間の短縮をお願いしたいわ。まだまだ成長期のあたしらをこんなに早起きさせて、一日に十時間以上も労働させるなんて正気の沙汰じゃないで
しょ。もしあんたの中身が本当に入れ替わったなんて言うのなら、物理的改革でもってそれを証明して見せてよ。それが根本的な改善ってやつでしょ」
――おっと。なんだ。
弁がめちゃくちゃしっかりしてるぞ、この子。
正直、その気迫には圧倒されたわ。
「......自分、名前は?」
「フレア。フレア・マクドネル。この第二製缶班の職長よ」
「えっと、歳は幾つ......かな?」
「はい?」
「年齢......」
いやジーザスクライストー!!
何言ってんの俺、最低!
女子にこの質問がNGなのはわかってるのに。分かってるんだけど、あまりにもスタイルがよくてしっかりしてるものだから、元居た世界の、それも日本の十代の子と比べるとかけ離れてるように感じたんだ。
だからいいかもって、かもって、かもと思って......。
「十七よ。もっと上に見えた?」
「え......? いや別に、それくらいな感じくらいかなとみつ、めぇつ、て、見積もってたっましたけど」
なんせ女性苦手なんで。はい。
「あっそう。年齢なんか聞いてどうするの」
なんだなんだ?
ちょっと変な空気になってなくない?
この世界では女性に年齢を聞くのは失礼じゃないらしい。
あまり怒ってないどころか、むしろちょっと空気が和んだ感まであるぞ。
国が違うわけでなく、今、俺は世界そのものが違う所にいるわけだから、かつての常識なんて一切合切全て手放してしまってもいいのかも?
「ねえ、さっきから何をニヤニヤしているの。気持ち悪い」「へッ!? いや何が、何も!?」
フレアに人差し指で胸をつつかれ、我に返る。
くそ……思ったことがそのまんま顔に出るこの体質、魂にこびりついて落ちない汚れかよ!!
祟りじゃあ~。前の世界でも思ったことが表情に出やすいおかげでしょっちゅう上司の機嫌を損ねてたんだよな~。
タタリング解除したいっす。
……ああ、いやだいやだ、もう忘れちまえ、あんな屈辱の日々! もう俺は生まれ変わったんだ!
またあんなジメジメした人生過ごすのは何がなんでもゴメンだね!!
変えてやる、俺自身で!!
「ま、とにかく、改革は必須ってこと、見て分かるでしょ」
「おーい製缶部ー、準備いいかー?」
俺らの会話を割るように、階段の上から、漁師の一人が大声で呼びかけた。
「グモア戻ってきたから、今日の第一便流すぞ~」
「いいわよー。機械回すから流してー……じゃ、頼んだわよ」
「え、あっ…………おっふ…………」
俺の仕事、増える感じな雰囲気的な状況っすかね?
フレア職長の指示で、五、六十人は居る女子工員らが一斉に持ち場につき、轟音と共にベルトコンベアが始動する。
十代の少女らで構成される製缶班は、ベルトコンベアで流れてくる蟹肉を空缶の中に詰めるのが主な仕事だ。
コンベアの上流では男性作業員らで構成される第一製缶班が煮熟、解体、計量した蟹肉を流してくるので、それを硫酸紙で紙巻し、缶に詰め、コンベアに戻して真空巻締機で蓋をして缶詰にするのが第二製缶班の役目。
「なんで硫酸の浸み込んだ紙なんか使うの? 食べれるの、これ?」
「蟹の汁で缶が腐食するのを防ぐためよ。食味に影響はないらしいわ」
「はえ~、すごい技術があるんだなぁ」
「……あなた、転移する前はどんな仕事をしてたの」
「いやぁまあ……そんな大した……誰でもできる仕事だよ」
「……誰にでもできる、か。そんな仕事、一つもないけどね」
「……あっそう? そうか……」
それら完成品を箱詰めし、テープを張るまでが彼女らの担当範囲で、その先の運搬・貯蔵は荷造り倉庫係の男性の作業員へバトンタッチするという要領だ。