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2-2


 この蟹飛工船ウェーゲルヴェルトン号の朝は早い。



「ヴぉおううああああ!? ええ?? なに? なに、え、ちょ、汽笛!? ちょ、うるっさ!! ひ~!」



 午前四時に鳴り響く爆音の汽笛で乗組員は一斉に起床し、洗顔や着替えを三分で済ませて各々の仕事に取り掛かる。



 四十秒じゃないだけまだマシとか思ってる俺は海賊にはなれないし、なんならなりたくないんで。はい。




「こんなの毎朝とかノイローゼになりそうなんすけど! しかも俺血圧低いから朝は早く動けないのに……う、気持ち悪くなってきた……」



 朝食は仕事が始まってから四十五分後に、業務を継続したまま摂る。海水で作った味の濃い豆スープと、粉を固めたプロテインバー的な保存食と、パリパリに乾燥させた野菜が片手に乗る程度、これが毎日変わらずに決まって出された。

 


「雑務長。食べないと身体もちませんぞ?」



「わかってるけど、ちょっと今は無理……ちょ、トイレ行ってくる……」




 仕事は、まずは船体が海面スレスレのところまで高度を下げ、ギョロ目の若者、マードック漁撈ぎょろうちょうの率いるグモアと呼ばれる、これまた空を飛ぶ小型の漁船団を発進させる。

 これは見た目がドローンに似た、四つのプロペラを持つ七人乗りの小型のヘリコプター的な機械だ。



「プロペラの回転が遅い......遅すぎる......こんなので飛んでられるの?」



 俺の疑問は、同時に皆の疑問でもあった。



「なに、元いた世界じゃもっと早く回ってたの?」と漁師の一人が、回転を続けるプロペラの一枚一枚にハイタッチするように手を触れさせながら怪訝な顔で聞き返す。



「そうだけど。もっと羽根の一枚一枚が目に見えないくらい高速回転しているのが普通。どんなに小さなものでも、空を飛ぶっていう時点で風を切る音がするくらい高速回転が向こうでは常識だよ」



 その場にいたみんなが、うひゃ~と同じリアクションをするので、どうしようもなく滑稽に見えた。俺に訊き返した漁師が「そんな早く回ってたら危なくて仕方ねえや。それに、洗濯物乾かしながら仕事出来ないじゃないか」と、少し困ったようにケタケタと笑った。



「逆に洗濯物をプロペラに干した状態で飛行する方が、僕にとっては異常事態なんすけど」と精一杯の返答。


 

 カルチャーショックってやつか。これが。



 漁師らは大声で笑いながら、「空気の粘度数が低いんだろうな、そっちの世界はよ」と勝手に自分たちだけで納得してしまった。




 しかし、そんなおちゃらけたような彼らの仕事の手際は目を見張るものがある。

 漁師らが慣れた手つきで海に網を刺していき、先端に目印のブイを付ける。

 総勢八機のグモアで五百近くの網を刺し終えたら、一番最初に刺した網から順に引き揚げていく。

 グモアの機体の下部には分厚いフロートが取り付けられていて、万が一、海面に着水しても沈んだりしないようにできていた。



「ほらほら、ちゃんと足元を片づけておかないと、船が揺れたら怪我するよ。傷跡が残ったら嫌でしょ」



 俺の仕事は十代の雑用係みたいな立ち位置の、作業員の女子たちを取りまとめて指示を出し、監督することだった。

 いわば管理職の一種だ。



 どの子もスタイル抜群で可愛いのだが、魂が転移する前のカイル・ジェンキンスという男はとんでもなく乱暴で荒くれものだったらしく、それとは真逆の優しすぎる俺が逆に気味が悪いようだった。

 不憫なものだ。

 厳しくされる事しか知らないなんて。



「作業台の上は常に整頓。こら、そこ、刃物出しっぱなし。やめてそれ、ほんと大けがするから」

「ちょっと、雑務長ぉー」



 見るからに気の強そうな少女が俺を呼び止めてきた。

 こんな工場には似つかわしくない、少女の張りのある声が、金属だらけの空間に何重にも反響する。

 目に見えない威厳のような、エネルギーのようなものを感じた。



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