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「え、またなの?」
自分でも驚くくらい、尖った声が出てしまった。
「はい……どうも物資の供給が思わしくないのに加えて、船の機関部がおかしい。就業日時を多少調整してでも、それこそ一月単位でずらし込んでもいいから、寄港場所を増やすそうですね」
緊張した面持ちのマードックが続ける。
「だとしたら、俺らの給金はどうなるんだろ? 延長手当みたいなのは付くんだろうか?」
「そんな、俺らが美味い思いをするように会社が動くわけがないだろ。かわらんよ」
「か、会社のじょ、上層部だけが得をするほ、ほ、方ばかりやりやがてよォ!!」
ひどく興奮してる工員が、どもりながら声を荒らげた。
「なに、所詮そんなもんさ。会社の連中なんて。俺らの事なんて、道具の一種としか思っちゃいないさ」と、相手の工員が言うと、それで押し付けられたようにその場にいるみんなが黙って気まずい空気になった。
「と、とにかく、もう一回寄港する事は今朝、リーダー会議で連絡が合った事だから決定だ。みんな、その為に仕事を結構前倒ししなくちゃいけなくなったから、今日は残業を頼みたいんだ」
レックス職長が皆の前に立って、厳かに告げた。
「どのくらいやるんだ」と、初老の工員が訪ねる。
「二時間だ」
「「「二時間ッッ!?」」」
皆の間でどよめきが上がった。
「ただでさえ十時間もぶっ通しで立ち働いてるってのに、さらにそこから二時間も余分に働けってか? まるまる半日は働いてる計算になるぞ!」
「......」
みんなが怒るのも無理はない。
元の世界でいう三六協定みたいなものもなく、ちらっと聞いた話だと労働基準法みたいなものもあるにはあるけど、ずぶずぶのペラペラだそうだ。
雑巾切れみたいになるまでの過酷な労働がめちゃくちゃに、何日も続く。
不衛生と不摂生の影響で免疫も落ち、誰もが常にどこか体調不良だ。
もはや自分がどんな人間だったのかすら思い出せないくらいに疲れ切って、ふとすると、次の日になっていたりする。
自分のベッドまで戻った記憶もないうちに、次の日の目覚ましが鳴っている!!
「これ以上こんな事してたら、きっと三日もしないうちに死んじゃう子だっているわよ。週に一日でいいから休日を作ってくれないと!」
フレアが鬼気迫る形相で発言する。
俺の脳裏に、心当たりのある女子工員の苦しそうな表情がサッと映し出されて、苦味を残したままかすれて消える。
「こ、こちらとしてもいちおう、頼み込んではいるんだけど、船員らは俺らとは雇用形態が違うからどうしても、完全には味方してくれないんだ。板挟みになるらしいんだよ。大人の事情ってやつ」
自分のふがいなさに震えた。
結局、政治家みたいな言い訳しか出来ない、苦しい、苦い言葉の羅列を幾重にも幾重にも積み重ねて、そしてそれを高い壁にして皆の前にぶっ立てるしかない。
テレビの中で頭を下げている傲慢そうなあのスーツ連中に、自分が今、なっている……。
「もう無理よ。このままじゃ今までで一番ひどい航海になる」
フレアは時化の大波のように尖った目を自分の足元に向けた。
彼女は今、葛藤しているんだ。
その気持ちは俺には手に取るように分かる。
ただただ、申し訳なかった。それだけだった。
* * * * * *
汽笛が鳴る。陸地が近くなってきた合図だ。また数名の女子工員がグモアに乗り、地上で雑務にあたった。
「この飛工船事業は無敵だねえ」
グモアに整備工を乗せて本船に送る途中、中年の、髪と髭の長い整備工が上機嫌で言った。
「?? 無敵……? ですか……?」
俺は寒風に目を細めながら整備工を振り返る。彼はしっかりと整えられた口ひげを撫でつけながら
「大したもんだよ。国内の食料事情の改善に外貨獲得。貧困層の雇用も作ってるし、こうして俺ら整備工も大口の仕事が入る。国境を越えて危ない仕事だから国も優先して守
ってくれるさ。いやぁ、おたくら本当に特権階級だよ。羨ましい。俺もこんなデカイ船に乗って、国をまたにかける仕事をしてみたいもんだ。いつもいつも油にまみれて同じような仕事ばかりで薄給。なんだかなって、情けなくなりますよ。花形っていいねえ、ほんと」
一気にこれだけ言ってのけて、それで大きな、エンジン音に似たゲップをした。
「……」
俺はその言葉には何も返せず、ただ黙って会釈だけしておいた。
なんというか、浅はかだな、と思いながら。
* * * * * *
やたらに忙しく追い回される。
意図してそうしているのが丸わかりだった。
整備の立ち合いから船内備品の棚卸、そして大掃除と、ふざけた内容の雑務、本来の業務の垣根を超えた雑務が船長から雨あられのごとく命じられる。
「飯もねーのか!」と近くでデッキブラシを振るっていた若い工員が怒鳴る。
無理もない話だ、気付けば昼を二時間も過ぎていた。
「船員の連中、顔見せないしな」と、彼と仲良しの工員も同調した。確かに、言われてみれば船長含めその側近のような立ち位置の固有船員らが全くもって表に出てこない。
これはどうも不穏だった。
「結局なんだかんだ言って、これだ。どこまでもどこまでも馬鹿にされるんだな、俺ら底辺労働者はよ」
そういってしまってから、鼻をすすって、やけくそにデッキブラシで甲板を擦り始めた。
「……かれこれ六時間も停泊してたのか」
俺は業務日誌になんて書こうか、疲労と低血糖で余り回らなくなった脳味噌をむりやりこね回しながら、最後のグモア到着を見届けてブリッジに発艦信号を打った。
……くそ。なんてこったい。
うすうす予測していた事が、現実になりつつある。
俺は頭を振り、なるべく悪い方に考えないようにした。
本船が動き出してから十五分後、フレアが監務室に深刻な顔で現れた。俺と目を合わせるなり、さらに顔を陰らせた。
「......二人」
「......え?」
「また二人、消えたの......」




