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5-3


 今日、午前中はみんな比較的穏やかに仕事をした。


 心が軽くなると、身体も軽くなったように感じる。


 ノルマに対しての緊張感がなくなった事でプレッシャーから解放されたのと、仲積船のお陰で誰もが精神的にリフレッシュできたせいか、空気感がさっぱりしていた。

 仲積船は、乗組員の家族からの手紙や荷物も載せてきてくれる。みんな、家族の手紙や娯楽品、お菓子、衣服などが届いていたんだ。

 心の支えは、やはり大切な人の存在なんだな。


 俺自身、心を鬼にして身体を鞭うって、寒風に吹かれるみんなの作業を急かしたりする〝仕事〟から手を抜けるので、幾分好都合だ。



 その時、突然船内放送のブザーが鳴り、みんなのガヤガヤと騒ぐ声がサッとやんだ。

 一気に緊張する。


《業務連絡。業務連絡。本日午後二時より、機関部整備および補給のためサマネークァンタ島へ二時間停泊の予定。業務の段取りを調整し、停泊の際は雑務工、漁師諸君は物資運搬へ回る事》


 若い船員の声で、同じ内容が二回リピートされた。この声は放送する時にいつも担当している、分厚い眼鏡をかけた無線係の声だ。


 漁場の見回りと潮流観測を終えたばかりで、まだ潮の匂いがするマードック漁撈長は船のどこをどう整備するのかと懇切丁寧に説明してくれた。


 俺は彼が話し終えるのを待ってから、前から気になっていた事を聞いてみた。


「そういや君って、新入社員なの?」


 マードックは眉をぴょんと上げて「ええ」と頷く。「そうですよ。どうしてです?」


「いや、なんかそれにしてはヤケに色々な事を知ってるなと思って。感心しちゃうな」


「たぶんそれは、僕が船学校の出だからです」


「......いや、それとはまた違った何かを感じる」


 お互いに、よくわからないまま笑いあってしまった。

 どこか抜けているし世間知らずな若者という印象の彼だが、素直で真っすぐだから、部下としては一番かわいい存在なのも確かだ。

 こういう人材を常に傍に置いて、伸ばしてやりたいなと思う。


 みんなは今までのゆったりペースから、早回し再生に切り替えたみたいに少し急いで二時間分の業務を前倒しする事になって、昼食はいつもより一時間遅くなり、これまた急いで食べた。

 糧食班の計らいなのか偶然か、汁気が多い食べやすいものが出され、みんなほぼ掻き込み飯だった。


 ほとんだ毎日が暇なミーシャは、いつも俺に付きまとってきては「遊べ」だの「おんぶ」だの要求が多くて参る。


「ざぷちょー、ノリ悪い。時化(しけ)るぞ!」


「忙しいんだから仕方ないでしょ。冷や汗かかせないでくれる? ストレスでハゲちゃうわもう」


「はげちょー見てみたい!」


 無邪気に笑ってくれるなよ......。

 デリケートなんだよそういうの。


「グモアの漁網を外して、物資積み込みスペースにして。一号艇から三号艇までは生活雑貨とか食料、四号艇から六号艇は船内のゴミ搬出、七、八号艇は陸で荷捌き。荷捌きは雑務工に振って。さあ、テキパキ動く!」


 船長から渡された指示書に従って、雑務長の俺とレックス職長、マードック漁撈長、そしてフレア職長は各々の部下に指示を出す。

 いつもの業務と違う作業に、みんなどこか浮かれ気味だった。


 やがて、役職者である俺達は一番最初に地上に下ろされた。

 

 俺はこれで初めてこの世界の陸地に下りた事になる。


 建物は元の世界でいうところの北欧風といった雰囲気で、道路は石畳だけど、ちょっと不揃いなタイルで無造作に舗装され、車もちゃんと走っていた。

 元の世界の車より古風な感じで、排気ガスが真っ黒で悪臭を放っている。


 民家が結構たくさん密集して建っていて、馬に似ているけど、首がキリンみたいに長くて、綺麗に生えそろった毛皮の動物がどの家にも一、二頭飼われているらしく、俺のスキル曰く『ダプ・推定一六〇キロ』と出る。


「この動物ってなに?」

 

 俺は前を歩くフレアに訊いた。


「ダプよ。一家に一匹買う事が戒令で決まってて、畑仕事や荷運びに使ったり、乳を搾って飲んだり、毛皮を採ったり、肉や内臓を食用にしたりするの。あと、俗なやり方だけど血は漢方薬になるし骨は印鑑や筆記用具になる」「ひいい、もうおっけ、おっけー」


 マジ。

 ダプ、すっげーな。

 馬、牛、豚の全ての機能を備えた最強の家畜というところか。


 それにしても愛嬌があるし、どの個体もとても清潔感がある。

 なんというか、ある種の家財としてとても大切にされているのが分かる。動物を大切にするのはとてもいい事だ。


 すると、コツ、コツ、という音と共に「ウェーゲルヴェルトンの方ですかな」というしゃがれ声が下の方からした。

 見ると、とても小柄な老人が、杖をつきながら俺を見上げているではないか。


「ああ、はい。そうです」


「見たところ監務員殿かの。その制服はもう見慣れましてな。新人さんですかなあ?」


「えっと......まあ、そんなとこです。新米雑務長のハルキと申します」


「ああ、私はここの中継補給局局長のハーシェン・クーパーと申す者です。毎度、お世話になっております」


 俺が丁寧に挨拶しているところへ、間からフレアが割って入ってきた。


「クーパー局長、お久しぶりです!」「おおおおおお! フレミアちゃん久しぶりじゃの」「フレアです!」


 そうか、彼女はこの船に何度か乗っていると言っていた。

 という事は、この島には何度か来た事があるのかな。


「もうこれで三回目ですよ」


 フレアは少し声を尖らせたが、顔は笑っている。


「すまんすまん。歳と共に人の顔や名前の区別が出来なくなってきてな。特に最近の若い人はファッションも髪型も顔もみんな同じに見えてジジイじはもう目が回る。参った、参った」


 なんかよくわからないけど、嫌な感じの人ではなさそうだ。

 良かった。初めての人と関わる時、毎回緊張しちゃうからね。


「あの、何かお手伝いできればと思って人を持ってきたんですが」


「あー。それならこっちで、荷捌きを頼めますかな。よーけ来てもらってますからな。ぜんぶ持っていってくれたらいいですので」


「それは、恐れ入ります」


「さ、女の子さんたち、この年寄りについてきてくだされ」


 船長が作成した名簿に載っていた二十人の女子工員をグモアから下ろし、クーパー局長に案内されて建物の中へと消えた。 

 俺とフレアはいったん本船に戻り、そこで船の上での荷下ろしや倉庫への在庫補給というかったるい職務にあたった。


 そして二時間ほどして、別便で下に降りていたメンバーが戻ってきた。

 なぜか数回に分けたピストン輸送で、戻ったメンバーはすぐに三人ずつくらい、別の雑用を振られて駆け回された。


「少しは休ませてやれよな」


 レックス職長がタラップの手すりに寄りかかって溜息をつく。


「ほんとだよ。何であんなに無慈悲なのかな、うちの船長は」


 錆の流れた跡がおどろおどろしい印象を与える、高い船橋(ブリッジ)を見上げた。

 そこでは制帽を深く被り込んだイアン船長が甲板を見下ろしながら、拡声器でせっせと支持を飛ばしている最中だ。


 船長が直接的に俺ら労働者に業務命令なんて、普段はあまりない異例な事だ。


「……そもそも俺が前に乗ってた船じゃあ、もっともっと女の数は少なかったんだ」


 レックス職長は胸ポケットから葉巻と缶型の灰入れを取り出して、火を点けると、濃い煙を吐いた。

 煙は口から出るとそのまま真横に流れていった。


「そうなんですか? この船の乗務は初めてなの?」


「ああ、そうだよ」


「意外ですね。レックス職長はここのベテランに見えたから」


「いやいや、北洋漁業自体のキャリアは長いよ? だからこそ今、職長な訳だし。製缶にいた事もあるし、うちんとこの工員がやってる爪叩きや肉抜きも何年かやったし、漁をした事も何回かあるさ」


「そ、そりゃそうですよね。ごめんなさい」


「いや、気にしなくていいよ。今期からこの船に異動になってみてびっくりしたさ。ここまで女工の数が多い船は他にない。あんた、転移した先がこの〝物件〟でほんと、幸せ者だな」



「そうなんですかねぇ」


「男ばかりだと、何の楽しみもねえからな」


 仕方なく、また理由もなく、おたがいにそよ風に吹かれた草のようにサラサラと笑い合った。

 笑いが引いてから「だけどな、いいことないよな」と顔色を一転させた。


「若い女が多いところは、学校や、カフェだろ。こんな陸から遠く離れたバカ寒い海の上の、錆びたオンボロ飛工船にさ、思春期の女子がこんなに閉じ込められて、こうして家畜みたいに走り回らされて。とても見てられないんだ俺には。俺は野郎どもの管理で良かった。女の子らを十時間も働かせるなんて、俺にはとても」


 目を逸らして、思い切り溜息をついた

 その口に再び、太い葉巻を咥えた。先端が赤く燃える。


「……それはまあ、ね……」どういっていいのか分からなかった。


 船長と、ラブロウの顔を思い浮かべる。

 あの二人は立場からして、ここの労働状況を把握していないはずがない。

 それでいて、ああしている。


 ――平気なのだ。


 自分たちさえ、よければ。


 数字を、利益を、売り上げを、生産性を――最もといえば最もだと思う、だけど支配者側はいつも、どこの世界でも、どうせ相手は大人しくしてるさと。

 その括りつけられたタカを更に、締め付ける事が上手なんだな。


「俺の顔、前よりやつれと思わないか?」


 レックス職長が、自分の頬に手を当ててきいた。


「いえ、そもそも出会ってすぐですし、前を知らないのでなんとも」


「そうか、それもそうだな。ははは」


 片手でヒラヒラ宙を漕ぎながら、どこかへ行ってしまった。


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