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5-2



「ヴぉえええ......ごぼえええ......げほっごほっ......ぷっは......っええええゲロゲロゲロ」


 朝からエンジン音より喧しい声で目が覚めた。

 最悪の朝だ。


 ただでさえ飲み過ぎて不快極まりない気分を余計にビロビロと助長させる、渦を巻くような粘りっこい嘔吐の声。


「げげ。起き抜けになんてもの見せてくれるんだよ……」


「おぅおぅおぅおぅ。初めてのわりにたくさん飲んだもんな。よくやった。海と空の男に相応しい見事な吐きっぷ」「エゲロォぉォぉオオおおえっへ」


「......やれやれ」


 デッキの手すりから遙か下の海に向かって壮大にゲロってるマードックと、その背中をさすりながら満面の笑みのレックス職長に、げんなりする。


 なんか、元の世界もこっちの世界でも、ブルーカラーの仕事の人ってこう......こういうとこあるよね。うん。


「おはようハルキさん。どうよ。マードックが一人前になったよ。それもこんな大海原の空の上で」「見りゃわかる」


 ドアから半身を出している俺に気付いたレックス職長が頼んでもいない解説。

 俺はなるべく彼を見ないようにして、空に向かって深呼吸をした。


「ふぅぅぅう。そうだ。昨日の記憶がちょっと途中から無いんだけど、俺、なんかやらかしてないよな。やらかしてないと言ってくれ、頼むよレッ」「えぉろぇぇぇげろげろますたんぐ」


 レックス職長は思い切り噴き出した。鼻水がちょっと出てた。


 そして何か思い出したように、スイッチが入ったように、空に浮かぶ雲をビリビリ震わせるくらいに声を上げてワッハッハと哄笑した。


「あれれ、覚えてないか、そうか。あんたも、ちゃぁんと海の男になってたよ!」と目に涙を溜めながら、まだ笑い続けている。


「  え  」


 それって? どゆこと?


 どーゆーこっちょ~~~?


 男にって、あんた、男って言ったらもうそれしか、ドゥッフフフフ、ねえ?


 くんずほづれつれっつらごーだわよねえ?


「それも、寝ながらってさ」


「ぶにりん!?」


 言葉にすらなってねーよファッキンマイセルフ。


「ま、まさか俺その、俺......まさか、やらかしたの」


 コクリと頷かれる。

「股間を見てみな」ニヤリとした。


 視線を落とすと、七色の絵具で描かれた美しい絵画が広がっていた。


「マードックより派手に、ぶちまけてた。しかも座って寝たまま」「ごヴぉぇぇゲロゲロ」


*     *     *     *     *


「ざぷちょー、バカ」

「え?」

「ストレートバカ」

「シンプルに刺さるなおい」

「げろばか」

「もう許してください……」


 なんで幼女に罵倒されて謝ってんだ俺は……。

 そしてなんでそれほど嫌じゃないんだろう俺氏……。


「我を忘れるほど、記憶が飛ぶほど飲むのが悪い。ねー、ミーシャちゃん。こんな下品な大人になっちゃダメよミーシャ」

「うん。こんなくちゅくちゅぱぁな大人、きらい」


「それに関しては......返す言葉もございませぬ」


「ちょっと。ヘラヘラ笑ってないで、水汲んできて。ほら、早く」


「はーいはいはい。よっこらせ」


 水を汲みに行くのは、少し楽しみになった。

 

 前に文字が浮かんで見えた空缶などの材料を文字通り切ったり貼ったりし、デール技師に半田付けの技法を指導してもらって、新しい飲料タンクを造ったんだ。


 見た目は不格好だけれど、使っている材料は商品に使う缶なので完璧に清潔だし、何より手作りだから愛着がある。造ったらすぐに海水を蒸留して得た真水をたっぷり充填し、今やそこは船内のオアシスと化している。


「船で透明な水が飲めることがこんなにありがたいなんて。身を以て実感したよ」


「飲料タンクが新しくなった事は本当に、偉業ですよ偉業!」


 フレアと親しいリアナは、俺が修繕した新しい飲料水タンクを前に、思い切り俺をヨイショしてくれた。素直ないい子だよホント。


 最初はどんな人物かわからなかった雑務工員らも、日々接するなかでそれぞれの個性が見えてくるようになった。


 こんな俺にも、心を開いてくれている証だ。


 リアナはクールなフレアとは違って、元気でムードメーカー的なキャラをしている。


 綺麗な水がタンクから出ると、コップに汲んでそれを豪快に飲み干してみせたりして、その場にいる雑務工や俺を笑わせて場を和ませたりする。

 こういう女子はクラスや職場に一人はいると、男としてはとても心が〝潤う〟よね。


「すぎょ~い! さっきのざぷちょーみたい、イッキ! イッキ! イッキ!」


「ちょちょ、ミーシャ!」「もう~! そんな野蛮な言葉を覚えないの。めっ」


 子供が間に挟まると、もう俺はただの飲んだくれオヤジでしかないじゃないの。なにこの状況。


「子供の前って色々と気を遣うなぁ。意外と大人の会話や絶妙なニュアンスや空気感を、大人以上に察してるんだから」


 俺自身も、子供の時から親の機嫌が悪い時や、親が何か隠そうとしている時はほぼ確実にそれを察知していた記憶、あるもんね。


「だからこそあんたはもっとシャキッとしててよね。ミーシャが大人になった時にあたしらみたいな底辺の仕事するようにならないように、そーゆーとこもしっかりと見越して守ってやってよ」


「えええ、それちょっと荷が重いっすわ職長」


「船の上では管理職であるあんたも実質保護者なんだから、当然でしょ。しっかりしなさいよ」


「う……的を射ておる……しかし保護者か……」


「その顔芸付きリアクション、嵐の時より酔うからやめて」


「お、俺の心が無事、沈没しました」


「えへへ~。この水綺麗。綺麗な水はぬくぬくぱぁ」


 ミーシャは俺たち汚れた大人の会話をよそに、グラスに注がれた水を眺めては嬉しそうに頬を赤らめる。


「ねえ、これすっごいキラキラしてる! 中でおさかな飼えそう!」


 そういやコップで飼えるベタっていう熱帯魚いたなあ。


「そうね。ミーシャちゃんの成長と健康のためにも、こういう健康面はしっかりとしとかないとね。錆が浮いた水なんてハッキリ言って問題外だからね」


 なんか、フレアはミーシャの母親みたいな立ち位置が定着しつつある気がするな。

 気が強くて男勝りな子だとは感じていたけども、母性が強いのは新発見だ。あれかな。こういう子が俗にいう肝っ玉母ちゃんっていう存在になるんだろうな。ああいう人は美しい。


「ほんとだよね~。環境悪すぎるっしょ」「うんうん」


「うんうんって他人事みたいに頷いてないで、今度は食料事情なんとかしたらどうなのよ。アレも改善の余地ありありだから」


「は、はい......」


 俺は管理職のはずなんだがなあ、なんだかなあ。健康を管理する職になってきてないかこれ。知らないうちに仕事がどんどん増えてくブラックなやーつ。

 

 ……ま、いいけどさ、別に。そういう押し付けられ焼く、もう慣れっこだから。

 弱気モノを助けるのが男としての当然の勤めだし。


「せっかく私たち、前より賢くなってきてるんだから。体力もつけておかないとね。お金を稼ぐだけじゃなくて、人としても成長したいもの」と、雑務工の一人が陽気に話している。


 気付けば俺が教鞭をとるようになってから二カ月が経とうとしていた。

 

 最初は悪天候で漁が出来ず、蟹が採れない時だけ内務という態で帳簿につけてやっていたが、いつしかそれが本業の時間に食い込み、船長からの指示で成績がいい子だけ特別時間を設けて勉強させるようにまでなっていた。


 一仕事終えて木箱に腰かけて足を揉んだりしている時に、船長はいきなりタラップを降りて来ては「ハルキ君。ちょっと」と呼び出してきて、ヤケに細かく成績のいい女子について聞き出そうとしたりした。


「成績がいい子にはそれ相応の待遇をしてやらなきゃいけないから、その査定をしているのだ」と本人は言うが、それにしては他の漁師やら工員、船員やらの方には全く顔出ししていないとあのギョロ目が言っていたから、ますます首が傾く。

 

 過去に何か賞与のようなものが出たという話も聞かない。


 さっきの雑務工員が「守るものが出来ると、人は強く凛々しくなれるものなんだね」と同調した。


 この子の友達らしい、鼻の高い、他の子より一歩大人びた美人な子だ。それが「大人になるってきっと、こういうことでしょ」と少しクールな感じで返す。

 この美人はシャーン・グッゲンハイムという名で、元は医学生で陸地で服を作る仕事で学費を賄っていたけど工場が潰れ、休学してこの飛工船に乗ったとのことだった。

 みんなそれぞれの人生模様があり、ドラマがある。今度、みんなと個人面談する時間も設けようかと思った。

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