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「うそでしょ。そんな事、ほんとに出来るの?」
フレアの疑問は、みんなの期待を一気に湿らせた。口々に「そうだ、もともとのつくりと違う事をしたら故障するかも」「暴発したらどうする」と反対意見がさながら雨のように俺を襲う。
さらに、デール技師も舵を握ったまま「それに雑務長どの、この雨では火薬が濡れるから銃はそもそも無理ですわ!」と銃撃級のダメ出し。
「……」
俺は感情を押し殺し、なるだけ冷静に、目を凝らしながら辺りを見回す。絶対に解決方があるはずだ。
--漁網のゴシャゴシャ絡まった残骸、木の板、蟹を網から外すバール、釣り具、飲み物の缶、誰かの靴--
「あ、あった」
『開く 被せる 防ぐ』
神の助けに思えた。
信じてよかったぜ。
俺は錆びついた燃料の空き缶を拾い上げ、それをさかさまにして甲板に置くと、思い切り防水ブーツの踵落としを食らわせた。
メコッ!という音と共に拉げ、缶の底が抜ける。
「なにしてるの?」「ざむちょー、壊した?」
困惑するフレアに「これ持ってて」と銃を預け、両手で力を掛けて缶の形を整える。みんな黙って俺の様子をただただ見守っている。
今までほぼ横殴りだった雨風が真正面からまともにくるようになった。デール技師が機体を風に立てたのだ。
「みんな、ハルキさんの前に出て、壁になるんですよ! はやく!」
状況を察したマードックがみんなに声を掛け、俺に雨がかからないように盾になってくれた。
角型の缶を腕力で歪めて円筒のような形にして、散雲器の薬剤カプセルの端子を本体から引っこ抜き、それと銃の弾丸倉とを付け替える。
後は銃身部分に別の底が抜けた燃料缶を被せ、漁網を解いた縄でグルグル縛って固定して完成だ。
「よし、どうだ。即席の散雲砲だ! 上手く機能するか知らんけど!」
確証なんか求めてる余裕は今は無い。見切り発車でもやるしかない。
俺は誇りを込めて皆を見回すと、誰からともなく自然に拍手が巻き起こった。
空気の塊がはっきりと目に見えそうな暴風の中で、まるで一筋の陽光が差し込んだような神秘的な気分だった。
「それじゃ、さっそく試してみないと。躊躇ってる時間はないわよ!」
フレアは立ち上がり、雲の方向に目を細めた。
改めて見ると、全身が竦み、鳥肌が立った。
先ほど遠巻きに見ていた雲がすぐそこにあり、しかも上下方向に視界に入らないくらい長い。
自然の恐ろしさ、貫禄を目の当たりに、全身全霊で戦わなければならないと脊髄が警鐘を鳴らす。
「見える。もう少し高度を下げて……これじゃ高すぎて弾が逸れるかも!」
「あいほいさぁ!」
デール技師は高度調整レバーをぐいっと下げて、同時に出力を制御するアクセルみたいなダイヤルを絞った。みるみるグモアの高度が下がり、それに従って風も雨も激しさを増す。
「中心に近くなると、やっぱり勢いも凄まじいな!」固有船員の一人が慄いているとも、喜んでいるともとれる弾んだ声を上げた。
――けれど、何かがおかしい。
高度が下がるほどに、雨が上からではなく横から、そして、下から上に向かって降っているのだ。
これは常識的に考えて不自然だ。
「やっぱり……ものすごい上昇気流……」
フレアには何が起きているのか全て分かるらしかった。
「ミーシャ、飛ばされないようにしっかり掴まってなきゃダメだよ」「うん、おっけ」
俺はミーシャと自分の身体を繋いでいるロープがちゃんと結ばれているか、何度も確認しなきゃならなかった。そして、そのロープの長さを少し調節し、危険が無いくらいの長さにした。
デール技師が顔を前に向けたまま「おい、この辺でいいんじゃないか」と声を張った。彼が握る舵が小刻みに震えていた。
不謹慎だが、前に観た『タイタニック』の劇中で、氷山に衝突したタイタニックの舵が同じような揺れ方をしていたなと思い出した。
「ありがと。銃を貸して、あたしが打ち込むから」と腕を伸ばした彼女に、固有船員の一人が「いや」と待ったをかける。
「この銃は反動が強すぎます。女性では肩をやられる。雑婦長どの、ぜひ引き金を」
固有船員は険しい顔で俺を振り返った。
彼の目がそう訴えかけてくる通り、銃を改造したのは俺だ、俺が引き金を引くのが筋だろう。
「お、おう。任せてくれ」「僕が撃ちます」
まさか、と思ったが、急にマードック漁撈長が立ち上がった。
「あんた、銃の取り扱いなんか知ってるの?」
俺はどうしてもこの男が銃を扱えるように思えず、変な声が出てしまった。しかし当の本人はやけに落ち着き払って、
「実は僕、趣味で狩猟やるんです。それで十二歳の頃から父に猟銃を教わってまして」と意外な言葉を口にした。
そこまで言われたらさすがに「おっけー、お任せ」というしかないっしょ。
いくらチート掛かった身とはいえ出しゃばり過ぎるのは変にやっかみを買う可能性もある。
ここは経験者に道を譲るのが賢明だろう。
「いいかい、頼むよ」
俺は銃の肩ひもを握って、マードックに手渡した。
「このままじゃ舵が折れる! 急げ!」
船はいよいよ強烈な上昇気流と、叩きつける雨風に耐えがたくなってきたようで、エンジンが全力で回ってなんとか今の位置にホバリングしているようだ。
「ワシと同じ老いぼれのエンジンを積んどる。サクッと終わらせてくれにゃ全員が蟹のエサになっちまうぞ!!」
「わわわ、わかったんでちょっと脅さないでくださいよ! 外しちゃうんで!」
「頼むよマードック、しっかり!」
「はいはい、わかりましたってば!」
マードックは、確かに射撃経験者らしく素人にも美しく見える姿勢で銃を構えると、十秒ほど狙いを定めてから引き金を引いた。乾いたパン! という音と共に白く光る物体が
飛んでいき、黒い渦に巻かれてから三秒くらいしてから弾けた。
辺りがぱあっと青白い光に包まれ、風の具合が瞬間的に弱くなった。
予想通りだ。風であちこちに飛ばされずにピンポイントで撃ち込むから、その分、効果は濃厚だろう。
「ああああ、くちゅくちゅぱぁ……」
ミーシャが怯えたような声を出す。
「大丈夫、大丈夫。俺たちが頑張って戦ってるから、怖くないよ。ミーシャにも、強い気持ちを持っていてほしい。それが、俺らのパワーになるから。いい?」
俺はミーシャの肩に手を置いて、しっかりと目を見て語り掛けた。彼女は少し上目がちに、また戸惑いながら「う、うん……ぬくぬくする、ミーシャも戦う」と言ってくれた。
「ありがとう。信じてるよ、ミーシャ」
「ええぞ、もっと撃ち込んだれ! 続けろ!」
デール技師が必死に機体を安定させながらこちらを煽る。
「い、いいですか!? い、いきますよ!!」
マードックはさらに続けざまに三発発射してから、金具をガチャガチャやりながら俺を振り返る。「弾ァ、弾切れですっ!」
こちらに倒れ込むようにして銃身を押し付けられた。
「熱ッ! なんだよ、ちょっと!!」
たった四発発射しただけで、銃身がものすごく発熱していた。
「す、すいません!」
「弾を込めるからちょっと待ってくれ」
「……くっそー、まるで戦場だな……」
固有船員の一人がさも恨めしげに空を睨む。