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4-1



「フレア職長、散雲器は持った?」


 ギョロ目のマードックが制服の上からガサゴソと合羽を着込みつつ尋ねる。

「ええ、ちゃんと持ったわよ」という彼女の手には、消火器のような筒状のボンベの先にノズルがついたモノが大切に抱えられ

ている。

 

 ――すると、俺の視界にまた例のアレが現れた。



『詰める  撃つ  消化』



 俺は乗り込んだグモアを降りて、その文字が浮かんでいる場所に行くと、一目でそれと分かるもの――銃がバンドで固定して置かれていた。

 俺は銃にはそんなに詳しい方ではないけれど、元の世界のものとは細かいところに違いがあるものの、銃はやっぱり銃の形をしているらしい事がわかる。


「雑務長、なにしとる! 出発しますぞ!」


 デール技師がエンジンを吹かしながら大声で俺を呼ぶ。


 俺はエンジン音と暴風に負けないよう大声で「デールさん、この銃って何に使うんですか?」と聞いてみると「空賊の撃退用ですわ! それは今回は要りませんぞ! こんな天候じゃ奴らも大人しくしとるゆえ!」との返事が。



 ――しかし、どうだ。俺の目の前にある銃は誇らしげに輝き、文字が消えないじゃないか。

 細かい事は、行動してから分かるものだ。俺は俺を信じさせてもらう事にする――



「ちょっと、何してるの? 銃は要らないって言われたでしょ?」


 フレア以下六名の怪訝な視線を跳ね返し、俺は「いいから、いいから」と笑顔を返す。


「遊びに行くんじゃないのよ」


「いいから、気にしないで」


「時間が無い。出ましょう」


 射出フックを握った固有船員に急かされ、グモアは母船を離れて荒れ狂う空に身体を投げ出した。


 機体が射出フックを離れた瞬間、支えを失った事で風に煽られて大きく傾き、ものすごい力で横に流された。悲鳴とどよめきが機体を包む。


「こ、これは想像以上にヤバいじゃないですかあ! まだ死にたくないですよ俺え!!」


 まだ若いマードック漁撈長の上ずった悲鳴が、暴風雨に吸い込まれていく。

「死なせはせんわい! ええから丸くなってないで備品が飛ばされんよう押さえとれ!」とデール技師が一喝する。


「ミーシャ、絶対に手を離すなよ。こんなの、落ちたらひとたまりもないぜ」


 俺はミーシャを抱きかかえるようにして操縦席の陰に移動させ、そして近くにあったロープでミーシャの腰と自分の腰をしっかりと結び、飛ばされないようにした。


「よし、これでとりあえずは大丈夫かな。苦しくないよね?」「うん。ミーシャだいじょぶだよお、天気の事は怖くないもん」

「そうか。えらいぞ、俺たちを助けてくれよな、頼りにしてるから」


 頭をしゃかしゃか撫でてやると、「ミーシャもみんなとお仕事できる、だから頑張る!」と、暴風雨の中とは思えないくらいキラキラの笑顔を返してくれた。

 なんか、それが心の底からたまらなく嬉しかった。今までにかけられたどんな言葉よりも、彼女の全てを信頼するようなその笑顔が、俺の心にスッと浸み込んだ。


「おい、ええかみんな」とデール技師が呼ぶ。


 灰色の空を指差す。

「見てみ、大きく渦を巻いて風が吹いとるだろ。風向きに逆らうように機体を立てて飛ばさんとたちまち小ッ葉みたいにキリキリ舞いして制御不能になった挙句は海面に叩きつけ

られるぞ。この高度から落ちたら衝撃で即死か、でなきゃ低体温症で死ぬ。皆、蟹のエサになりたくなかったらしっかり掴まっとれよォ!」


 デール技師は頑丈そうなゴーグルを掛け、インパネのダイヤルを回してエンジンを最大まで吹かした。

 叩きつける雨を、四つのプロペラが切り裂き、目に見えない塊となった風が機体を様々な方向から、まるで紙をクシャクシャに丸めるように揉んでイジメた。空気の粘度というのは想像以上に恐ろしいようで、

まるで丸めたタオルが身体に投げつけられているような、とても物理的な脅威を感じた。


「きた、近いです」と一人の固有船員が低い声で呟いた。

 暴風雨の中なのに、その声が不気味に広く響いて聴こえ、鳥肌がぞわっと騒ぐ。


「バンクしとる! 安定(スタビ)装置(ライザー)展開!」デール技師の指示に合わせて、船員が何やらハンドルを回して補助翼のようなものを出し、機体を安定させていく。


 しかしその翼もまた、今にも折れそうなくらいに揺られ、軋んで鳴いた。

 雨が局所的に強くなったり、弱くなったり、正面から来たり、真横から来たりした。


「ねえ、あの雲にどんな対処をして、嵐を消すわけ!?」


 俺は手すりを握り締めて雲を睨みつけているフレアの横顔に怒鳴る。


「この散雲器を風の上流から吹き付けて、イオンの流れを変えて風の渦に対して逆回りの気流を作り出して物理的に雲を霧散させる。これが一番効果的」


 うわ、なんかよくわからん。

 元いた世界とは違った化学技術が使われた道具らしいことはわかる。


「じゃ、じゃあさ、思い切りあの雲に近づかないといけないって事か!?」


「それしかないでしょうね。アタシは温度や風の流れが見える特殊体質だけど、視力が良いわけではないから、ある程度近づいてもらわないと対処できないの!」

「危険すぎる! よく考えてよ、今、この距離でこの状態だよ? 危ないにも程がある!」

「仕方ないでしょ! みんなや船の為にもやらなきゃいけないの! それが仕事なんだから!」


 ぐぬぬ......なんかないのか。


「この消火器みたいなのってどういう仕組みなのさ」


 俺は散雲器を自分で手にもってみた。思ったより軽い。500mlのペットボトルくらいの重さしかない。


「ノズルを持って把手を握ると、タンク内のハンマが稼働して薬剤カプセルが中で割られて、カプセル内の薬剤が圧縮ガスで押し出されて空気中に散布される仕組みです」


 近くにしゃがんでいた固有船員の一人が咄嗟に答えてくれた。


「それじゃあ、この銃の構造は?」


 固有船員はあからさまに怪訝な顔をしてから「これも似たようなもので、この取り外し式の弾丸倉と火薬倉を取り付けて引き金を引くと、中で必要な量の火薬が充填されて発射される

仕組みです」


 やはり、俺の知ってる銃とは微妙に構造が違うな。


「これ、今見て思ったんだけど、薬剤カプセルの差し込み端子と、銃弾の弾倉の取り付け部分って同じパーツが使われてるよね?」


 固有船員二人は目を見張り、「ほんとだ」「知らなかった」とガチに驚いている様子だ。

 忘れていたとかではなく、元から知らなかったんだろう。


 マードックも覗き込み、何かを察して「もしかして、雑務長......」と俺を見る。

 俺はコクリと頷いた。


「この銃で、カプセルを撃ち込む」


 暴風雨の中にも関わらず、場の空気が一瞬、シンとなったのが分かった。



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