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4-暴風に巻かれる真実


「あれ。またミーシャの具合が悪いの?」


 俺は目を覚ましてすぐに、誰も居ない部屋で、誰に訊くともなしに声を上げる。


 無理もない、起きてみたら、外がものすごい暴風雨だったのだから。


 慌てて合羽を着込んで防水靴を履き、タオルをポケットに突っ込んで監務室を飛び出すと、横殴りの雨に身体が下から掬い上げられそうになる強風が俺を襲う。


 ここの世界は空気の粘度が高いとか言っていたけれど、その通り空気の塊が思い切りぶつかってくる、としか表現できないような気候だった。


 もう既にびしょ濡れになりながらもミーシャの部屋へ駆け込む。


「ミーシャ......? 起きてる……?」


「ざむちょー、おは」


「ああ、起きてた。おはよう。外すごいよ」


 外とは打って変わって快適な部屋の中では、まだパジャマ姿のミーシャが心配そうに窓の外を覗き込んでおり、作業着姿のフレアが前と同じ席についてマグカップを傾けていた。


「おはよう、フレア」「おはよう」



 ――どうも変だぞ。


 別に、ミーシャの機嫌が悪いわけでもなさそうだ。



「これ、どうしたの。ミーシャ、今、なんか身体が調子悪いとかないの?」


「うん。私、別にぬくぬくぱぁ」


「じゃあなんでこんな天気なのさ」


 答えを求めて無意識にフレアを見やると、彼女はやれやれ、と言った感じで立ち上がってこっちへ歩み寄った。

 しかもすぐ目の前まで――この世界の女性って、なんか距離感が近いよ! 彼女の髪の香りがはっきりと分かる。

 そして俺とミーシャが覗いていた窓を同じように覗いて「アレよ」と、遠くの方を指差した。


 目を細めてその方向を見ると、前方、遙か遠くになにかモコモコとした黒い雲が、煙のように一塊に固まって浮かんでいるのが見えた。それがもう、本当に真っ黒なのだ。

 火災のニュース映像とかで見る黒煙、と表現した方がよさそうなくらい。


「なにあれ? まさか火事? 爆発?」


 俺の答えはどちらも違うらしく、かなり強いツン味を帯びて「海洋雲の、めっちゃタチ悪いバージョン」とだけ教えてくれた。

 言いながら、服装を整えている彼女。


「なにそれ。台風みたいなやつかな」


 目が合う。一瞬の間を置いて「ジロ見しないで」と向こうを向いてしまう。

「……」

「あたしには台風って言葉が分からないけど、たぶんそうじゃないかしら。あれだけ黒いと、ミーシャの能力でも太刀打ちできないから、物理的に対策を講じる必要がある。放っておいて自然消滅することはないから」

 

 何やらヘルメットみたいなのを被り、ゴーグルまで装着している。

 俺は腹の下がザワザワしてきた。


「へ? あ、あの、何かするの? これから」と情けなく混乱を露わにする俺を見て、ミーシャは少し楽しそうなのがちょっと心にグサリとイヤな感じだったけど、彼女は真剣そのもののまなざしで

「あたしの力、見せなきゃいけないかもね。なんであたしがこの船でこの歳で役付きか、ちゃんと教えてあげる」と言って俺と同じデザインの、2サイズ小さい雨合羽をサッと羽織った。


「え、なに、俺も行く感じ? 何があるかぜんぜん知らないんだけど!?」

「行かなくてもいいけど信頼無くすわよ? かっこわる。せっかくだから経験しといたら? 役付きでしょ?」


 ぐぬぬ......この十七歳の姉御に逆らう度胸は俺のCPUには搭載されてはおらぬわさ......。


「お、おう。行くわ、そんなら。何をすりゃいいの」

「ただ見てるだけでいい。今回はね」

「ミーシャも行―く! ミーシャも撃つの、ジュッドドドドびゅわっしゃーんって!」


 やけに色めき立ってジェスチャー過剰なミーシャに、俺は胸騒ぎを隠し切れない。

 撃つって、なにを。


「いーやいや、ダメダメ。何かしらんけど絶対に危ないから部屋に居て」「馬鹿何言ってるの、この子居ないとダメよ!」「ひおっ!?」


 なんか怒鳴られたんすけどコワー!

 生意気とかそういうのじゃなくて、単純に感情的なのコワー!!


「あたしのスキルとこの子のスキルの両方が無いと、あんだけ成長して真っ黒になったやつは掃除出来ない。いいから口出さないで見て学んでなさいよ! 現状、あんたは名ばかり管理職のハリボテなんだから!」

「は、はいすんません......神妙に、へい」


 チートの副作用につき、上下関係逆転してます......成す術なし。合掌。



「ウェーゲルヴェルトンに載せてあるグモアの正式名は、漁撈ぎょろう用航空推進機グモア型というんだ。まだ導入から二十年も経ってない、まだまだ革新的と言える装備だがクセが強くてな。素人はまともに離陸させる事もままならん」


「型式の名前だったんですね、グモアグモアって言ってるけど。愛称か、通称かとばかり思ってました」


「ああ、そうだ。みんな同じ事を最初は考える。ちなみに今から乗るって時にこんな事を言うのはアレだが、コイツらは元々、(なぎ)の時に低空を飛ぶ用に設計されたモンだから、こんな時化(しけ)の中でちゃんと正確に飛ぶようには設計されてない。さっきも言ったが、相当危

険が伴う、そこは覚悟せにゃいかん」


 スキンヘッドだが顎髭は豊かな初老のデール技師は、どうやらベテランの操縦士でもあるらしく、機関の整備や悪天候での操縦、さらに海に落ちた乗組員をこのグモアで救助した経験もあ

るという頼れる人材だそうだ。


「特に今回のは五年に一度見るか見ないかってくらい黒い。あれの色の濃さは勢力の強さと比例している。気合入れてくぞ、ええか?」


 乗り込むのはデール技師、運転助手の固有船員(缶詰製造に携わらない、船を動かす業務の船員)二人、俺、マードック漁撈長、フレア、ミーシャの七人だ。



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