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「いやぁ驚いた。見事です。一体どうしてここに蟹が居るなんてわかったんですか、雑務長どの?」


 グモアの操縦をしていた中年の漁師が目を輝かせながら俺を振り返る。


 俺はちょっと口ごもり、

「えっと、まあその、勘だよ勘、海の男の直感てやつさ」となんとか誤魔化す。


 我ながら苦しい言い分だが「さっすが、監督職ともなると、持ってるものが違うや!」

と勝手に前向きに解釈してくれたから、もう後は流れにゆだねるとしよう。



 うん、イイものはそのまんまにしときゃいいんだよ、ね。


 わざわざ自分で温度を下げちゃう必要なんて、無いんだもんね!



「こりゃ、漁獲高の不振を埋め合わせるのに十分すぎるほどだ! ごった混ぜにしても、この高級のチョコバシリガニなら文句を言う人はいまい! 五目缶詰じゃあ! こいつはただの保存食とは訳が違うぞい!」

「そうさ。なんたって高級品だからな、今までこの蟹は完全に運任せで行動も読めなかった、まぐれで獲れてもせいぜい一度に五十匹が最大で、みーんな幹部連中がくすねてしまってたからな」

「そうそう。この量なら軽く三千匹は居るに違いない。今夜はみんな、大宴会だぞ!」


 漁師さんたち、すっかり浮かれている。

 俺も嬉しいぞ! 


 こんなにまで誰かの役に立てたと実感したこと、ましてやその手応えに酔いしれた事は初めてだ。思わず感動して涙が出そうになる。



 ああ、毎日同じ事の繰り返し、いつも半分寝ぼけたような状態で工場の仕事をしてたかつての自分、俺、こっちに転移して本当によかったかも......この高岡春樹、二十五歳にして初めて、ヒトの役に立つ事のヨロコビに震えております……!





 しかし、すぐに次の獲物の気配を感じ取る。



「あ、次はこっちに網を刺してください」


 うほ。

 引っ張りダコってこういう事ね、なんかいい気分♪


 そこにはなんか知らんけど『オドリウズシオ』ってのがいるらしいんだよね。

 どんな生き物かしらないけどさ。




「おおおおおおおお!! オドリじゃねえかぁ!!」



 いや。


 海老だったのね。

 こりゃびっくり。


 オドリウズシオってなんか、前の世界のシオマネキみたいなのイメージしてたけど、なんかもろにロブスターだな。これは興味深い。こっちの世界も、元の世界も、いろんな生態学や物理学のテンプレ同じの使ってるんじゃないかな。パラレルワールド的な?


「最ッ高じゃあないですかハルキ雑務長! すごいよあんた!」

「ええ、最高ですとも」



 うう、感無量です。

 私今、蟹缶......間違えた快感に震えておりまする。



「ようし、この調子でどんどん行くぞ! こりゃ、一週間で今季4カ月分のノルマの二万函狙いだ!」

「え、四カ月で二万なんですか?」


 監務する側の俺が訊くのは変だろうけども、流れ作業で缶を二万作るだけってのは、意外とキツくないように思えちゃう。


「ああ。一函につき四個×四個を四段、六十四個。これを二万函。まあ単純に一二八万缶だな。これくらい作らないと元が取れねえ、北洋漁業っつーのは厳しい世界だ」


「え、そんなに採算とるの大変だったの……?」


 俺はたとえ異世界であっても〝現実〟の厳しさは変わらない事に激しい眩暈を覚えて、グモアの手すりに摑まるので精一杯だった。




「うぅ~たぁ~げぇ~じゃあああああ! 宴じゃあああああああ!!」「飲め飲め~! 波

に呑まれる前にこっちが飲んじまえ~!」「太鼓鳴らせ! 鳴り物無いなら工具を鳴らせ!」



 日が沈むと、いつもより早めに仕事を切り上げ、機械の蒸気を抜き、グモアの整備を終え、漁師さんをはじめ、女子工員や男性工員、さらに機関士や船員など、職務の垣根なくウェーゲルヴェルトンの全乗組員が広い船内工場に詰めかけ、今日の大漁を祝った。

 停止したベルトコンベアを名がテーブルのようにしてそこにご馳走や酒を並べ、皆が思い思い、好きな人や仲のいい人と座って盛り上がっている。


 その宴の中心にはもちろん、俺が置かれる事になった。

 酒の力抜きにしても、その王様扱いにすっかり酔ってしまった。

 

 こんな経験、ほんと、した事ないもんね。



「いやあ、何が起きたのかよくわかんないけど、カイル雑務長があの日、気絶してからというもの、すっかり温厚になって職場が和んだし、さらにこんな最高の成果まで上げて。まさに得手に帆を揚げた船のようですね」



 誰だか知らん汗臭い作業員のオッサンが、肩を組んでスーパーヨイショしてくる。

(くさ......)という気持ちが顔に出ないように、要注意、要注意。


「今はハルキって呼んでください。それが俺の本当の名前ですんで」

「ああ、失礼しました、ハルキ雑務長どの。さーさ、雑務長も飲んでくだせーよほらあ。ハルキ御大に、カンパーイ!」



 酒か……く、酒か......! 



「ほら、グラス出してください、遠慮なんかせず」と、手首を支えられ、なんていう品種かも知らない、水色の酒をなみなみと注がれた。

「ささ、グイッと。こう、グゥイィ~ッと!」

「お、おう」



 くそう、酒はもう、あの日の失敗が思い出されるから辞めておこうと思ったのに。


 ここでまた泥酔したら元の世界に戻るとかあるかな? 

 そうなったらそうなったで――



 ええい、ヤケクソじゃ!!



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