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怠け者たちによる恋愛小説の凌ぎ方  作者: ピークデュー
8/9

第8話 添付ファイル:焼肉のやつ 8/x

「さあ先輩、次ですよ、次」

「いや、流石に帰る。明日も学校だし、アラカワもほどほどにな」

 気付けば、二十三時を回っていた。

 ネットで見られるのは便利だが、歯止めがきかないのはいけない。

少年が立ち上がると同時にアラカワがいった。

「先輩、帰るといってももう終電ないですよ」

「噓だろ」

「先輩、家は上り方面でしたよね?」

「そうだけど」

「じゃあ、やっぱりないですね、諦めてネイサンたちの雄姿を見届けましょう」

 そういってアラカワは少年の袖を引っ張った。少年が慌てて調べると、確かにどのサイトを見ても次の出発時刻が朝の五時過ぎになっている。本当に終電はないらしい。

「マジか、この間の打上げの時は日付変わってからも何本か電車あったのに……」

「上りと下りじゃあそもそも終電の時間が違いますよ」

「そうなの?」

「夜に下って帰る人はそれなりにいますが、上る人間はあまりいないですからね」

 少年は二歩歩くと膝から崩れ落ちた。

 幹線道路の方に行けば漫画喫茶やカラオケがあるが、恐らく未成年はこの時間利用できないだろう。歩いて帰れないことはないが、間違いなく十キロ以上は離れている。今からそれを決行するのはあまりにもしんどい。

「アラカワは終電の時間を知っていたのか?」

 少年は若干恨めしくアラカワに尋ねた。

「ええ、まあ」

「いってくれよ」

 少年は力なく崩れて床に伏した。

「だって寂しいじゃないですか」

 そういったアラカワの方を見ると、抱きかかえたクッションに顔を埋めながらいじらしくこちらを覗いている。

「泊めてくれるってことでいいのか」

「特別ですよ?」

「本当に助かる」

 ドッと疲れがでた少年はその場で大の字になった。

「その代わり今夜は寝かせませんからそのつもりで」

 アラカワはそういうと、少年に近づき、少年の足を引きずって卓の前に引っ張ろうとしたが、思いの外重かったようですぐに断念した。


       


 一時を過ぎて、十話まで見終わったところでどうにも話が終わる気配がないことに気付いた少年とアラカワはエピソードリストを確認した。すると一クール二十四話だったことが発覚したので、二人は視聴を一旦断念した。

しかし、この頃には深夜特有の高揚といえばいいのか、ドラマを一クール完走するつもりでいたエネルギーの納めどころがなく、勢い余って借りてきた映画を追加で一本見た。その後もYouTubeで互にのお気に入りの動画を見た。少年は「全然知らねえ電車で全然しらねえ駅に降りる」という人生のプレイングを解説した動画を勧めて、敢えて予測不可能なことに身をゆだねることで得られる未知の経験の素晴らしさを力説したが、反応は鈍かった。

結局三時頃になってもスクリーンは輝いていた。

そのくらいになると「寝かせない」と豪語していたアラカワはソファーで横になっていて、誰がどう見てもうつらうつらとしていたが、少年が横になろうとすると、起き上がって「寝かせませんから」といって邪魔した後、また横になってうつらうつらとしていた。

 四時になり、夜が白み始めて少年の眠気もいよいよ限界を迎え、座ったまま瞼を閉じていると、寝言のようにおぼろな声で「先輩、起きていますか」とアラカワが囁いた。

「もう寝た」

 少年がそう答えるとアラカワはくすくすと笑った。

「そうですか、もう寝ていますか」

「ああ、もう寝ている」

「寝ているなら仕方ないですね」

 アラカワがそういって笑うと少年もつられて笑った。それからやや間があって、アラカワが静かに、「先輩は私のこと嫌いですか?」といった。少年は突然どうしてそんなことを聴くのか分かりかねて、そのまま、「どうした突然?」と聞き返した。するとアラカワは「なんとなくです」と意図を濁したので、少年は諦めて「嫌いじゃあないな」と伝えた。

 するとまたアラカワが尋ねた。

「じゃあ私のこと好きですか?」

 少年は「そうだな」といって意味もなく頷いた。するとすぐアラカワは「恋愛として?」と聞き返した。少年は少し考えて、「そうではないと思う」と返した。

 すると少し間が空いてアラカワが「噓は意味がありませんよ」といった。

ムッとしているのが可笑しくて少年が「どうして?」と尋ねると、アラカワは「だってこれは夢ですから」と笑っていった。

少年が「そういうもんか」というとアラカワは「そういうもんです」と返した。

またアラカワが切り出した。

「それでどうです?」

 少年は「やっぱりそうではないと思う」と答えた。

 アラカワは一言、「そうですか」といった。

 それからまた間が開いたので、思い切って少年は聞いてみることにした。

「逆にきくが、アラカワはどうしてこんなことを?」

「先輩に私を小説にして欲しいのです」

「どうして?」

「なんとなくです」

「本当は?」

「……笑いませんか?」とアラカワが問い返した。

「まあ夢だからな」と少年が返すと

「そういうものですか」といってアラカワはくすりと笑った。

 それからアラカワはぽつぽつと語り始めた。

「私は寝付けない時思い出すようにしているんです。楽しかったこと。素敵だったこと。心踊ったこと。でもやっぱりそれらは時間が経つとぼやけてしまう。その度に、当時の胸のときめきや風や光や香りは自分の中にはもうないんだなって思い知らされる。同時に思うんです。私自身もそうなんじゃないかって。誰の心からも私はいなくなってしまうんだって。それでなんだか少し寂しくなるんです」

「そうか」

「それで、この間の先輩の相談で思い付いたんです。私に心底夢中な人が私を書き留めて残してくれるならそれは慰めにはなるんじゃないかって」

「なるほどな」

「変だと思いますか?」

「んー、よく分からんというのが正直な感想かな」

「だから言わなかったのに……いいんです。理解されようとは思っていませんから」

「例えば写真とか動画じゃだめなのか」

「私が見た目だけ美しい人間であればそれで事足りるのですが、残念ながら私には歌にあるように写真には映らない美しさも兼ね備えていますから……」

「あれってそういう美しさか?」

「細かいことはいいんです」

「そうだな」

 また少し間があって、少年はぼんやりとしていた。それからアラカワが「しりとりでもしますか」といった。


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