第6話 添付ファイル:焼肉のやつ 6/x
少年とアラカワは寄り道してレンタルビデオショップに寄った。
「おお、これが」
アラカワはレンタルショップに入るのが初めてとのことだった。少年は「噓だろ」と思ったが、すぐに自分もここ数年利用した記憶がないことに気が付いた。
「どうだ、感想は」
「そうですね」
そういってアラカワはぐるりと辺りを見回した。
「なんだか空気がよどんでいます」
「醍醐味だな」
店内を少し回ると少年は感心した。
レンタルビデオショップの店舗数は年々減少していて、大手も事業から撤退するとか既にしたとか。それに加えて、ネットレンタルとサブスクリプション型の動画配信サービスが充実する現在では一層利がなく、いずれレンタルビデオショップという業態はなくなってしまうのかも知れないと聞いていたから、随分と寂れているものだと少年は思っていた。
しかし予想に反してこの店は活気があった。
広い店内には天井に届きそうな高さのラックが無数に並んでいて、そのすべてに商品がぎちぎちに詰まっている。また量だけでなく品揃えも凄い。最新の作品はないものの、見たことも聞いたともない映画やアニメ、ドラマ、テレビ番組からライブ映像、ドキュメンタリー他思いつく限りの映像ジャンルの作品があってVHSまで未だに貸し出している始末だった。
最早、店というよりは博物館に来た気分になった少年とアラカワは大いに盛り上がり、勢いもあって即日会員になることを決意し、その日借りる作品を探した。
「先輩、あののれんの向こうにもなにかあるみたいですよ?」
少年が知らない子役が表紙を飾る「ホームアローン4」の裏面に夢中になっていると、アラカワがひとめ翼を生やしているように見える数字の「18」の上から「/」が入ったロゴがプリントされたのれんを指さした。
少年は「あれはスタッフルームだから俺たちは入れないんだ」とアラカワを諭した。
のれんの向こう側は男性にとっては楽園だが、女性にとっては男の欲望がむき出しの過酷な新世界。ある意味レンタルビデオショップの醍醐味ではあるものの、敢えて今見る必要はないと少年は判断した。しかしアラカワは引き下がらなかった。
「でも明らかに私服の殿方が」
「次のシフトなんじゃないか?」
「のれんの向こう側から出てきましたよ」
「退勤したんじゃないか?」
少年がいうとアラカワは男性の後を追いかけ、少しして戻ってくると少年にこういった。
「レジに向かったようでしたが」
「従業員だって仕事が終われば客でもある訳だからな」
「先輩、見てきて下さいよ」
そういいながらアラカワは少年をのれんの方へ押してくる。
のれんの向こうについて正しく伝えてもいいが、ここまで引っ張ってしまうと、そのことを少年が必要以上に気にしていると誤解されるのではないか。それはなんだか釈然としない。
さてどうしたものかと思って少年はアラカワの方を向くと「あ」とアラカワが呟いた。
アラカワは少年を押しながらもう一方の手でスマホを構えていた。
恐らくアラカワはのれんの向こうから出てくる少年を撮影したかったらしかった。
「小学生みたいなことをするんじゃない」
いたずらと気付いた少年は安堵し、アラカワの頭を軽く引っ叩いた。
それからも店内を見て回り少年とアラカワはそれぞれ五本ずつ借りた。とても一週間で見切る気はしなかったが、「五本以上で割引」の誘惑に少年は屈した。
会計を済ませて店を出ようとするとアラカワが少年を引っ張って止めた。
「先輩、ユーホーキャッチャーがありますよ」
アラカワは入口に設置された真っ黒のカプセルがいくつか入った小さいUFOキャッチャーに目を付けた。筐体の隣には鍵の掛かった透明なロッカーがあり、そこに景品が並んでいる。カプセルの中にはロッカーの鍵が入っていて、それを取り出すことで景品を手にすることができる仕組みになっている。
景品は最新の家庭用ハード、名作ゲームソフト詰め合わせ、大型液晶テレビに遊園地ペアチケット、等。ワンプレイ百円には不相応な商品たちは、筐体に張られた獲得者の顔写真では誤魔化しきれない、世の中の汚い仕組みを物語っているが「それでも自分なら……」と思わせる魔力がある。
「やってみるか」
少年には勝算があった。
少年が対峙している筐体は機械に設定された金額以上の入金がないと、そもそも獲得できるポイントに到達する前にアームが開くようになっている。
要は運や実力では絶対取れないようになっているらしいのだが、一定の操作をすることで、筐体内で想定されている座標と実際の座標がずれ、上手くやれば取れるらしい。
所謂裏技である。
少年はそういう動画を見たことがあった。
現在、ほとんどの筐体は既に対策が講じられているらしいが、そこに設置されているのは随分と年季が入っていた。さらに業者が場所を借りて置いているものではなく店が設置しているようようだったから、そういう対策を怠っていてもおかしくない。
少年は「貰った」と心の中で叫び、百円玉を投入した。
それからすぐに千五百円が消えた。
筐体は少年の想定通り座標をずらすことができるものだったが、肝心の「上手くやる」というのが全然出来ない。
当然だが、その部分にも動画でははしょられただけで技術が求められるようだった。ただ回数を重ねるごとにコツのようなものを掴んできたような気がしないでもない。
少年は当初の目論み通りにことが進んだのもあって惜しみなく百円を投資し続けた。
間もなく四千五百円が溶け、少年は千円を手に両替機へ向かった。
ここが少年にとっての分水嶺だった。
ここでとってもリターンはまだまだ大きいが、取れなければもう財布にまとまった金がない。細々とした小銭をアラカワに両替してもらえれば、数回はプレイできるが流石にそれは情けないし、既にもう若干引いているような気がしないでもない。
こんなことなら数回プレイして駄目だった時点で潔く手を引くべきだった。
少年は将来、ギャンブルには絶対手を出さないことを決意し、筐体に戻ると、聞きなじみのない音楽が流れた。
その直後、
「先輩、取れました!」とアラカワがいった。
聞くと、入ってきた客がプレイしたそうにしていたので場所取りも兼ねて一度やってみたところ取れてしまったらしい。恐らく少年の六千円で筐体に設定されている金額に到達したのだろう。「一体なんて間が悪いんだ」と少年は悲しくなった。
少年が肩を落とすと「どうぞ」といってアラカワは少年にカプセルを差し出した。
少年は正直それを素直に受け取りたかったが、あくまでも取ったのはアラカワなので、少年は見栄を張って断った。
アラカワがカプセルから鍵を出し、該当するロッカーを見つけると「ランドのペアチケットです」といった。
少年は「よかったな」と答えた。
最新家庭用ハードだったら心にしこりが残って寝つきが悪かっただろうから心の底から少年はそう思えた。
それから二人は自販機でアイスを買って店を去った。