第5話 添付ファイル:焼肉のやつ 5/x
少年が部室に入ると既にアラカワが待っていた。
「すまん、待たせたか」
「いえいえ、こちらこそ」
「先輩、それは」
アラカワは少年が掲げている袋に目をやった。
「麩菓子だ、食べるか?」
「大丈夫です。……今麩菓子って流行っているんですか?」
「そんなことはないと思う。なんで?」
「いやなんとなくです」
少年は次の言葉に困った。
アラカワが少年に惚れさせるという話について積極的に話を振るのは恥ずかしく、だからといって他愛もない話をするのも白々しい気がした。
そうは分かっていても少年は気後れした。
「惚れさせる」ということはつまりアラカワが能動的に動いて少年が恋をするように何かを働きかけるということで、それについて自分から聞くのは「俺にどんなアプローチを?」と聞いているのに他ならない。実際の興味の有無は置いといてそれはなんだか恥ずかしい。
少年は相槌とも繋ぎとも取れるような「あー」を発しながら辺りを見渡し次の言葉を探した。しかし見慣れた部室に今さらそんなインスピレーションを与えるものはない。それで結局少年は「そうか」と結んだ。
それから鐘がなった。
それは最終下校時間を告げるもので、ほどなく「とっとと敷地から出ていけ」という旨の学内放送が流れた。
「先輩、歩いて帰りましょう」
放送が終わるとアラカワがいった。
少年が通う学校は丘陵地にある。丘陵はざっくりいえば、山地より低く、平地よりは高い半端な土地で、学校の主な施設はその中でも唐笠山と呼ばれる小山の中腹に位置している。つまりはアクセスが悪い。校舎から最寄りの駅までは約3㎞あり、それでいて道中そこそこ傾斜のキツイ山道を下って行かなければいけない。
少年は気晴らしにしてはやや距離が長いと感じたが、アラカワの提案を快諾した。
この時間帯のスクールバスは時間いっぱいまで部活に励む生徒が一斉に押し寄せてくるので山手線のピークタイムに匹敵する乗車率になっている。そんな不快なものに乗るくらいならのんびり歩いて帰る方が幾分かマシだと少年は考えた。
山道は両側に背の高い木が茂っているが等間隔に設置された灯りが足元を照らすので意外に明るい。それらは提灯のようで少しだけ祭りのような趣がある。少し歩いて最終バスが少年とアラカワを追い越していくと風が吹いて葉が揺れる音がした。
不意に会話が止まると、二人の足音だけが響いた。
それからアラカワは突然少年の前に出て「先輩」といってはにかんだ。
アラカワが少年に近づき、ぐいと、顔を突き出したので、少年は思わず顔を逸らした。
するとアラカワは「やっぱり」といってまた少年の横についた。
「まずはその癖を直しましょう」
少年は「癖?」と聞き返して首を捻った。
「先輩は人の顔を見るのを避けていますよね?」
「いや、今のは急にきたから」
「普段からおおむねそんな感じです」
少年は自覚がなかったから少しだけショックを受けた。
「先輩にはしっかりと見てもらわないと困りますから」
そういうとアラカワはくるくる回って少年の前に出ると顔を寄せてきた。
「どうです?」
いきなり顔を突き出して「どうです?」と感想を求められてもと少年は思ったが、素直に思っていることを答えた。
「どうって、まあ、可愛いんじゃないかな」
少年がそういうとアラカワはため息をついてまた回って横についた。
「先輩が私に惚れてもらった暁には小説を書くんですから、それではいけません。どこがどう可愛いか、文字だけでも私の可愛いさが十二分に伝えられるようになってもらわないと」
「え、俺が書くの?」
「そうです。それが条件ですから」
そういうとアラカワは鼻から息を吐いて小さく笑った。
少年は思い返して、確かにそのようなことをいっていたような気がしたが、アラカワが勘違いしている可能性もあったので一応尋ねた。
「小説を書きたいのは俺じゃなくて友人なんだけど」
「それでも書いてください。私を見るのはその人ではなく先輩なのですから」
「俺は小説なんか書いたことないぞ」
「構いません」
「まあ、それでいいなら……」
アラカワは再び顔を寄せてきた。
「それを踏まえてどうですか?」
少年は改めてアラカワの顔をジッと見た。
目が大きく、鼻筋が通っていて唇がえろい。輪郭がはっきりとしていて少し面長だから大人びた印象になってもおかしくないのにどこか子供みたいに幼い。
肩につくかつかないかのボブのせいか、瞳の輝きからか、人相か、雰囲気か。
これらを踏まえてどうかと考えると……
「まあ、可愛い、かな……」
結局少年はそれしか出てこなかった。
アラカワはあからさまに肩を落としてため息をついた。
「これはトレーニングが必要ですね……」
「善処する」
「そうだ、先輩、今日この後時間ありますか?」